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#ワンナイトラブ
暴風雨が窓ガラスを叩き
落雷の閃光がほとばしる
台風のと或る日
深夜のオフィス
広大なオフィスには
私達二人だけ
二人並んでソファに座り
二人して啜る温かい紅茶
隣数十センチの距離に
社長がいる
社長の匂いがする
社長のワイシャツに身を包み
社長の匂いに包まれる
伝わる社長の熱気
喉を伝う紅茶の熱気
上半身裸の社長と紅茶から
立ち昇る湯気
社長のワイシャツをワンピース代わりに
ワンピースのみの出で立ちの私
一つのスーツを
分割して
共有する
お互い欠損した出で立ち
二人で一つのスーツ
その不格好な自分に
恥ずかしさを感じつつ
嬉しさも感じつつ
社長の淹れてくれた
温かい紅茶に舌鼓を打つ
私の緊張が
私の鼓動が伝わらないか
心配になるほど
距離の近い二人
「あの……ありがとう御座います、タオルもシャツも紅茶も……」
「全然大丈夫ですよ、こんな時はお互い様です」
「それと……あの時助けてくれて本当に有難う御座います」
「私、何もお礼も言えてなくて。どうお礼を伝えたら良いかもよく分からなくて……」
「……」
少し物思いに耽るように
しばらく黙ったまま
社長は紅茶を啜った
「とにかく無事で良かった、お礼なんて不要ですよ」
「あなたの……水川さんの境遇は心配で気に病んでますが……」
気に病む?
私を?
社長は何を言ってるんだ?
社長は私の何を知ってるんだ?
「社長はどうしてそこまで私を気に掛けてくれるのですか?」
「他の……全社員に対しても同じですか?」
社長の言葉には
解せない事が多い
今日に限っての話ではない
前からどこか
気になる物言いをする
「それは……それは明確に違います。水川さん……いや、瑠奈!」
「君だけは特別です。それは短絡的な額面通りの意味ではなくて」
「私からすれば、ずっと昔から君だけは違うんだ」
瑠奈呼び……?
社長の立場を
同社に勤める同僚である立場を
まるで無視したかの様な物言い
私だけ?
特別?
昔から?
もう意味が分からない
混乱する頭
高鳴る鼓動
「どうして……ですか?どうして私なんですか?」
「あの時……どうしてあの場所に居合わせたんですか?」
とめどなく溢れる
理解できない疑問
質問してもしきれない程の
無数の疑問
全てが分からない
「そう感じたからだよ、だから一目散に駆け付けた」
「それだけ。それ以上でもそれ以下でもない」
社長は察知し
意図的に駆け付け
私を助けた
私だけが特別?
何故?
もう全てが分からなかった
「瑠奈には分からない事もあるだろう、不思議に感じる事もあるだろう」
「でもね、私からすれば全てが必然で定められた運命なんだ」
「昨日今日の話ではなく古く昔から、私の体内奥深くから、心の底から……」
理解不能な社長の言葉
何故か高鳴る私の心臓
ドドーーン!!
——と
その最中
近くで落雷が落ちた
ほとばしる閃光とともに
遅れて轟く轟音
その瞬間
全ての電気が一斉に消えた
ブレーカーが落ち
全ての電力が遮断された
途端に包まれる漆黒の闇
窓から差し込む僅かな光に
映える社長のシルエット
灼熱の体温に立ち昇る湯気
——そして
どこか懐かしい
既嗅感のある
匂いがした
自然的で
野性的な
オスの匂い
僅かに聞こえる社長の息遣い
一瞬
雲が晴れ
差し込む月光
私は
何かを忘れている様な気がする
何かを思い出すべきな気がする
私も
何かを知っている気がする
どこかで感じた事がある
どこか記憶の片隅にある
眠った記憶
昔から
定められたように
記憶に
DNAに刻まれた
何か
「……」
何だっけ……?
何かとても大切な事のような……
何でもない事のような……
思い出せない……
何か……
何か忘れてはいけない事があった気がする
「大丈夫ですか?電気……落ちちゃいましたね」
ボーっと考え耽っていた私
「は、はい……私は平気です」
「しばらくは動けなくなっちゃいましたね」
そう言ったまま
会話は半ばのまま
漆黒の暗闇の中
お互い無言になった
しばしの沈黙の後
先に切り出したのは私だった
「あの……ここに来る以前から社長は私の事知ってましたか?」
「私達、前にどこかで会ってますか?」
もしそうだとすれば
忘れている私が失礼にあたる
だから
切り出す事を少し躊躇した
でも
正直に言うべきだと思った
この二度とない機会に
率直に聞くべきだと思った
と、
僅かな風の揺らぎを感じ
熱をまとった体が
私の体を覆う
「——!?」
「少し冷えるね……こうすれば温め合える」
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