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コウノドリ 短編集

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コウノドリ 短編集

1 - 冷たい言葉

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2025年08月28日

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研修医として初めて産科に足を踏み入れた日、私は背筋を伸ばして宣言した。

「…今日から研修医として入りました。産科医希望で…まだ、未熟ですが…」


教育係に決まったのは四宮春樹先生。冷静沈着で、滅多に表情を崩さない。診察の横に立ち、オペでは必死に手順を追い、ポケットにはメモをびっしり詰め込んだノートが重く沈む。

寝る間も惜しんで復習し、気づけば夜が明けるのが当たり前になっていた。



深夜の当直。

机に突っ伏して、気づかぬうちにノートの上で眠ってしまった。

ナースコールに呼ばれて出ていった四宮先生に気づかないまま。

気づいたときには、すでに帝王切開の準備が始まっていた。


「おい、起きろ。」

肩を揺すられ、飛び起きる。頭がぼんやりして視界が揺れる。

手術室に立ちながら、必死に意識を保とうとした。


――しかし。

メスを差し出すはずの手が滑り、床に音を立てた。


一瞬、空気が凍りつく。

それでも四宮先生は何も言わず、淡々とオペを続けた。

私の胸は音を立てて崩れていく。



オペが終わり、処置室の片隅で再びノートを広げる。震える手で文字を書き足しながら、必死に取り戻そうとした。


その時、背後に気配が落ちる。振り返ると、四宮先生が冷めた眼差しで立っていた。


「…お前、医者向いてないよ。自己管理出来ないやつが他人を管理できると思うな。」


心臓を鷲掴みにされたみたいで、息が止まった。言葉が出ない。


「はぁ…私…医者向いてないなぁ…当直の日に寝落ちして、オペの助手で、ミスして…」

小さな声で零れた弱音に、隣から別の声が重なる。


鴻鳥サクラ先生だった。

「…四宮はあんな言い方するけど、君の努力は本当にすごいよ。」

優しい眼差しで私を見つめる。

「でもね、寝る間も惜しんでする努力は、医者として認められない。努力は時間じゃないよ。」

その声は静かに、けれど胸にしみ込んでいく。

「…少し、努力の方法、考え直してみなよ。」


涙が溢れそうになるのを、必死で飲み込んだ。



季節がいくつか過ぎた頃。

私は再びこの病院に戻ってきた。

研修医を終え、一人の産科医として。


白衣の裾を整え、深呼吸して医局の扉を開ける。

「…今日から産科医として入りました。…まだ、未熟ですが…」

初心を思い出すように口にしたその瞬間。


肩を軽く叩かれた。振り向けば四宮先生が立っている。

「前よりマシになったようだな。医者の顔、してる。」


言葉が胸に響き、頬が熱くなる。

思わず拳を握りしめた。

「…!!やったぁ…!!」


小さなガッツポーズに、四宮先生はほんの僅かに口元をゆるめたように見えた。

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