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第一章 隕石発見第1話 太陽の向こうの点(Day100)
――その日、太陽の向こうから、“何か”が光った。
《アメリカ・NASA/JPL・CNEOS(軌道解析室)》
観測衛星「ヘリオスⅡ」が、太陽方向から異常な反射光を捉えた。
深夜の研究棟に響くのは、機械のファンの音とキーボードの打鍵だけ。
「……博士、変な光です。反射角が普通の隕石と違います。」
白衣の女性、アンナ・ロウエル博士が画面を覗き込む
。 太陽のまぶしさの裏側、微かに瞬く暗い点。尾は短く、氷を含む彗星ではない。
若いオペレーターが息を呑む。
「推定直径、約220メートル……。」
アンナは眉をひそめる。
「アリゾナのグレン・キャニオン・ダムとほぼ同じ高さよ。
あれが横倒しになって落ちてくる
――そう考えれば、その脅威が分かるはず。
小惑星としては“中型”だけど――地球には致命的な大きさよ。」
「衝突確率、3.1パーセント。」
その数字を見た瞬間、室内が凍りつく。
アンナはモニターの端に打ち込んだ。
Object Code:Ω(オメガ)――終わりを意味する文字。
Re: 保留。確度向上まで報告は不要。
上層部の返信は短かった。
「……保留、ね。100日しかないのに。」
《アメリカ・NASA/PDCO(惑星防衛調整)/夜間連絡》
数分後、CNEOSの計算結果がPDCOの端末にも飛んだ。
暫定軌道。暫定サイズ。暫定確率――まだ、すべてが“暫定”だ。
当直の担当官が、低い声で言う。
「……警報の準備に入る。IAWNへ“初動通知”。
ただし、現時点では非公開扱いだ」
誰も大声では話さない。
一言で世界が崩れかねないと、全員が知っている。
《IAWN臨時連絡(非公開)/初動共有》
国際回線に短いメッセージが流れる。
“太陽方向からの新規天体。追跡観測要。衝突可能性、現時点で否定できず。”
《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算室)》
日本ではまだ夜明け前。
白鳥玲奈が、
コーヒーの冷めた紙コップを手に端末を見つめていた。
画面に表示されたのは、IAWNからの短い通知。
そして、その下に添付された“暫定軌道”の数字。
「白鳥主任、NASAのデータと一致しました。」
若手職員城ヶ崎悠真が画面を指す。
太陽方向から接近する暗点。光学観測網でも同じ座標に光が走る。
白鳥レイナ主任は冷静に言う。
「“太陽の方向”から来る物体は、地上の望遠鏡では見えないの。
逆光で、カメラが目をつぶされた状態。」
「じゃあ、ずっと“死角”にいたんですね。」
「そう。太陽の死角。昔からの盲点よ。」
上司が入ってきて言った。
「表向きは“要観測継続”だ。外部への発信は禁止。」
城ヶ崎は歯を食いしばった。
「確率3%、直径220m。……これを黙ってていいんですか。」
「確定していない情報を出せば、パニックになる。」
白鳥は彼を制した。
「感情で動かない。けど――データからも逃げないこと。」
《日本・総理官邸》
「つまり、“隕石が地球に当たるかもしれない”ってこと?」
鷹岡サクラ総理が書類をめくる。
危機管理監の藤原がうなずく。
「確率3%です。まだ“可能性段階”ですが。」
サクラは首をかしげた。
「3%って、大きい? 小さい?」
科学顧問の黒川教授が慎重に答える。
「“宝くじの1等”がほぼゼロなら、3%は“クラスに1人が当たる”確率です。」
「……十分に大きい数字ね。で、どのくらいの隕石?」
黒川は資料を広げた。
「推定直径は約220メートル、誤差はあります。
東京ドームの一辺の長さと同じくらい。
衝突エネルギーはTNT換算で数百~千メガトン級。
広島型原爆なら数万発分、史上最大級の核爆弾“ツァーリ・ボンバ”でも十数発分に相当します。
海に落ちれば近海では沿岸をなぎ倒す巨大津波、
陸なら都市機能が一瞬で消える規模です。」
サクラは静かに息を吸う。
「……つまり、当たれば“人類規模の災害”ね。」
「その通りです。」と藤原。
「なら、“誤差”なんて言葉じゃなく“警告”として受け取りましょう。
でも――国民を怖がらせないように。まだ“確定”ではないから。」
広報官の中園がペンを走らせる。
「“3%は怖いのか?”“なぜ早く見つけられなかったのか?” 国民の質問を、やさしい言葉で整理します。」
サクラはうなずいた。
「お願い。嘘はいらない。ただ、“わかる言葉”で。
——“怖い”より、“わからない”のほうが人を混乱させるから。」
《アメリカ・NASA/JPL・CNEOS(軌道解析室)》
アンナは白鳥にメッセージを送る。
“We see the same track. Keep eyes on sunward data.” (同じ軌道を見ています。太陽側データに注意を。)
すぐに返事が届く。
“了解。政治は遅い、科学は走る。”
アンナは静かに笑った。
「政治も科学も、間に合う保証なんてない。……でも走るしかない。」
世界のどこかで、同じ数字が光っている。
Impact Probability:3.1%
Countdown:100 Days
まだ誰も知らない。
だが、地球の時計は――もう動き出していた。
*本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
*This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.