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#くらげの寄り道
海月 凛@誤フォローすみません
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配信を終え、ヘッドホンを外した悠佑が、ちらりと見えた。
「…まろ?」
リビングの入口で立っていると、アニキが俺の様子がいつもと違うことに気づいたのか、心配そうに顔を向けた。
仕事帰りで、ネクタイは緩み、疲れているはずなのに、妙に体が熱を帯びていた。
「ただいま、悠佑」
「おかえり。飯、温めよか?」
「その前に」
ゆっくりと悠佑へ近づいた。
いつもとは違う。
三ヶ月に一度のエイジングを迎えたとき特有の熱。
意図していないのに喉が、こくりと鳴った。
「…今日か」
「うん。朝からずっと、悠佑のこと考えてた」
「無理していかんでもでもよかったのに」
「無理なんかしてないよ。悠佑にポアしてほしくて、急いで帰ってきた」
悠佑の腰に腕を回すと、悠佑は俺に体を委ねた。
グラスである悠佑の身体は、俺の香りを受け入れるように熱を持っていく。
「…まろ、今日は強いな」
「嫌?」
「嫌やったら、こんな近くにおらんて」
つれない言葉とは裏腹に、悠佑の手は俺のシャツをつかんでいた。
「悠佑、俺のこと欲しい?」
「のぼせんな。」
「答えて」
「…欲しいから、言うてんねん」
低く返され、表情が一瞬で崩れたのが自分でも分かる。
ライブでも見せないほどに口角が上がっていく
「じゃあ、ちゃんと見ててな」
悠佑の顎に指を添え、逃がさないように顔を上げさせる。
悠佑は眉を寄せながらも、目を逸らさなかった。
「するなら、加減せえよ」
「分かってる。悠佑が苦しくならないようにする」
「…お前は、いつもそればっかりやな」
「だって、悠佑は俺の大事なグラスだから」
その言葉に、悠佑の耳が赤くなる。
「物みたいに言うな」
「じゃあ、俺だけの悠佑」
「それも大概や」
文句を言いながら、悠佑は俺の胸元へ額を預けた。
「…まろ」
「ん?」
「…はやく」
「うん」
悠佑の背を抱きしめ、ゆっくりとポアを始める。
もう匂いに当てられて、酔ってきたのか舌っ足らずになってきた。
・・・
気づくと、悠佑は俺の腕の中で、すっかり脱力していて、幸せそうに目を細めていた。
頬は赤く、瞳は潤み、焦点も少しぼやけていた。
「悠佑、もう終わりにするよ」
「…やぁ」
返事が、ひどく舌っ足らずだった。
悠佑は俺の服をぎゅっとつかみ、そのまま胸元に抱きついてくる。
「もっと…まろ、もっとほしぃ…」
「悠佑」
「まら、たら…へん」
甘えるように頬を擦り寄せ、俺の首元へ腕を回してくる。
けれど、その動きにはもう自分で加減する力が残っていない。
俺は一瞬目を伏せ、それから悠佑の背中をゆっくり撫でた。
「今日はもう、だめ」
「なんれぇ…」
「悠佑が酔いすぎてるから。今の悠佑の『もっと』は、明日の悠佑が覚えてないかもしれないでしょ」
「おぼーてぅもん…まろ、すき…」
「うん。知ってるよ」
「すきやから、もっと…」
悠佑はしがみついたまま、何度も同じ言葉を繰り返す。
語尾は溶けて、寝言のようだった。
悠佑の身体を抱き上げ、ベッドへゆっくり横たわせる。
「ごめんな。でも、しないよ」
「まりょぉ…」
「水飲んで、少し休もっか。明日、悠佑がちゃんと覚えていて、それでも欲しいって言うなら、そのときにする」
「…あしたも、してくれるん?」
「悠佑が元気で、ちゃんと望んでくれるなら」
ぼんやりとした目で俺を見上げた。
「…約束?」
「約束」
「じゃあ…だっこ」
「それなら、」
俺が隣に座ると、悠佑はすぐに抱きついてくる。
胸元に顔を埋め、安心したように息を吐く。
「まりょ、あっちゃかぁ…」
「悠佑が熱いんだよ」
「ぎゅっ…もっと」
「はいはい」
俺は悠佑をしっかり抱きしめる。
それ以上は何もせず、水を飲ませ、冷たいタオルで頬を冷やし、酔いが落ち着くまでそばにいた。
翌朝。
目を覚ますと同時に襲ってくる頭痛に頭を抱えた。
「…痛っ」
喉が渇いている。身体が重い。胃のあたりはむかむかするし、口の中にはまだ濃いアルコールの余韻が残っていた。
最悪の二日酔いだった。
「起きた?」
ベッドの横から、まろの声がする。
ゆっくり顔を向けると、まろは水と薬、それから小さなボウルまで用意して、心配そうにこちらを見ていた。
「…まろ」
「水、飲める?」
「誰のせいやと思ってんねん」
声を荒げた途端、頭痛がひどくなった。
「っ…うぅ……」
「ほら、怒鳴らない。まだ酔いが抜けきってないんだから」
「誰がそうさせたんだよ!」
まろから水を受け取り、一口だけ飲んだ。
冷たい水が喉を通ると、少しだけ楽になる。
けれど、昨夜のことを思い出すにつれて、顔が赤くなっていった。
「…やりすぎやろ」
「ごめんな」
「ごめんで済むか。俺、途中から何も覚えてへんぞ」
「覚えてないの?」
「覚えてるか! まろが『まだ大丈夫?』って聞いてきたとこまでは覚えてる。その後は、気づいたら朝や!」
「ちゃんと何回も確認したよ」
「確認したら何してもいいわけちゃうやろ!」
まろはしゅんと肩を落とした。
「…ごめん。エイジングで浮かれてた」
「浮かれすぎや!」
散々怒鳴ったせいで、また頭がずきずきと痛む。
眉間を押さえながらベッドに倒れ込んだ。
「もー今日はどこも行けねぇ……」
「ないこに休む連絡はしておいたよ」
「…勝手に?」
「悠佑、昨日の夜からずっと『明日は絶対無理』って言ってたから」
「…俺が?」
「うん。それから『まろのばか』も、たぶん十回くらい」
「それは覚えてる」
まろが苦笑する。
「でも、怒ってる悠佑もかわいかった」
「これにかわいいはどうかしてる。」
「俺のグラス」
「それ、今言うな!」
枕を投げつけるが、まろはすぐに枕を受け止め、代わりに悠佑の額へ冷たいタオルを乗せる。
「水、もう少し飲んで。あと、今日はもう絶対ポアしない」
「当たり前。」
「明日も?」
「…明日も」
「明後日は?」
「調子のんな」
内心怒りながらも、差し出された水を素直に飲んだ。
まろはその様子を見て、ほっとしたように笑う。
「ほんまごめん。次からは、もっとちゃんと止める」
「次がある前提なんやな」
「だって、悠佑は俺のネクターでしょ」
「…それとこれとは別」
そっとまろの服の裾をつかんだ。
「今日は、ここにおれ」
「うん」
「水、切らすな。あと、胃に優しいもん作れ」
「はいはい」
「それから…」
「まだある?」
甘やかす気満タンのまろが苦笑しながらこちらに顔を向ける。
俺は、顔が熱くなってくのを抑えるように少し黙り、顔を背けた。
「…次は、加減せえよ」
目の端で移ったまろは一瞬きょとんとして、それから柔らかく笑った。
「もちろん。悠佑が嫌になるほどは、絶対にしない」
「嫌になったとは言うてへん」
「うん。知ってる」
「ほんま、腹立つわ…」
まろは苦笑して、ベッド脇の水を手に取った。
「今日はもう、アルコールの追加なし。水を飲んで、少し何か食べて、ゆっくり休む」
「当たり前だろ。」
「お粥、作ってあるよ」
「…食べられるか分からへん」
「一口だけでもいいから」
まろに背中を支えられながらゆっくり身体を起こした。
けれど、まだ頭の中はぐらぐらしている。
視界が揺れた気がして、反射的にまろの腕へしがみついた。
「っ、待って…動いたら気持ち悪いかも」
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
「…まろ」
「ん?」
「俺、昨日ほんまに変やった?」
「変というか、ずっと俺にしがみついてたよな」
「それは覚えてへん…」
「水を持ってくるだけで不安そうにするし」
「…」
「俺の顔を見て笑うし」
「もう言うな」
「ずーっと『すき?』って聞いてたし」
「忘れろって!」
耳まで熱くなっていくのが分かる。
まろは笑いをこらえながらも、手のひらで俺の背中をゆっくり撫でた。
「でも、ちゃんと止めたからね。悠佑が酔いすぎてからは、何もしてないよ」
「…ほんま?」
「ほんと。水を飲ませて、寝かせただけ」
「なら、ええけど…」
ほっとしたように息を吐く。しかし、何かがおかしい。
次の瞬間、眉をひそめた。
「いや、よくない。そもそもそこまで酔わせたんがあかんねん!」
「はい。反省しています」
「もっと早く止められたやろ」
「うん」
「俺が『まだいける』言うても、止めるべきやった」
「うん」
「…素直やな」
「怒ってる悠佑に反論したら、また頭痛くなるでしょ」
「誰のせいやと思ってんねん…」
ぼやきながら、まろの肩に寄りかかった。
まろはしばらく黙っていたが、ふと俺の額に手を当てる。
「熱はなさそう。でも、気持ち悪さが強くなったら教えてな」
「ん…」
「お粥、少しだけ食べる?」
「まろが食べさせて」
「え?」
「…二日酔いで動くん面倒なだけやからな」
「分かってるよ」
まろは小さく笑い、器を手に取った。
「はい、あーん」
「子どもちゃうぞ」
「はいはい、何でもいいから口開けて」
文句を言いつつも、素直に口を開ける。
温かいお粥が胃に落ちると、少しだけ身体の力が戻ってくるような気がした。
「…うまい」
「よかった」
「でも、これで許したわけちゃうからな」
「はいはい」
「今日は一日、俺の面倒見て」
「もちろん」
「水なくなったらすぐ入れて」
「はい」
「寝るときも、どっか行かんといて」
語尾が段々と小さくなっていく。
まろは一瞬だけ目を細め、優しく頷く。
「今日はずっとそばにいるよ」
「…約束やからな」
「約束」
俺の体は安心したように力が抜け、そのまままろの肩に頭を預けた。