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フローラリア王国の王城は、その朝、少しだけ騒がしかった。
「聞いた? 今日、新しい見習いが姫さま付きになるらしいわよ」
「ええ、なんでもとんでもない美人だとか……」
城の廊下を行き交う召使いたちが、ひそひそと噂をしている。
「でもね、問題は――」
「……すごく、おちょこちょいらしいのよ」
その噂の中心人物、イアンはというと。
「よし……!だ、大丈夫……深呼吸……!
わたしはできる、わたしはできる、今日からアロマ姫様に仕える立派なイアン、今日から…」
王城の正門前で、ひとり拳を握りしめぶつぶつとつぶやいていた」
肩までの艶やかな茶色の髪、整った顔立ち、すらりとした姿。
初めて見る人なら、貴族の令嬢かと勘違いするほどの美しさ。
――なのに。
「……あっ」
一歩踏み出した瞬間、靴ひもがほどけていることに気づかず。
ずさぁっ!!
「いったぁぁ……!!」
開始三秒で転倒。
通りかかった兵士が、そっと目を逸らした。
「だ、大丈夫です!だいじょぶですから見ないでください!!」
顔を真っ赤にして立ち上がり、服についた埃をぱんぱんとはらう。
「今日は……今日は絶対に失敗しないって決めたのに……!」
そう。今日は、イアンにとって人生で一番大切な日。
――王国でただ一人の姫、
アロマ姫の見習い召使いとして仕える、最初の日だった。
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