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第3話 言えなかった一言
放課後の教室は、少しだけ世界が遅くなる。
チャイムが鳴って、人が居なくなって、
ざわめきだけが遠くに残る。
日本は、席に座ったまま動けなかった。
窓の外では桜が揺れている。
花弁がひとつ、ふたつ落ちていく。
それはまるで、
言葉にならなかった想いの数みたいだった。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯『日本まだ帰らないの?』
声がして、顔をあげる。
そこには、私の初恋の人が居た。
その後ろは⎯⎯パラオ。
『うん!ちょっとだけ…』
私は笑う。
とても上手くできた笑顔で。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『そっか。じゃあ俺ら帰るわ。』
『また明日ね!日本!』
2人は自然に並んで、教室を出ていく。
日本はボソッと。
『明日なんて⎯来ないで…』
2人の背中は、1つの絵画みたいに完璧だった。
日本の入る余白なんてどこにも無い。
今までも、これからも。
ドアが閉まる。
その瞬間、教室はしんと静まり返る。
日本は立ち上がる。
そして⎯⎯
1歩、踏み出す。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯今なら…まだ間に合うかも
廊下に出れば、きっと追いつける距離。
名前を呼べば、振り向いてくれる距離。
胸が強く鳴る。
足も、ちゃんと動く。
でも。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯『⋯あ、』
声が出かけて止まる。
喉の奥で何かが引っかかる。
それは小さな骨みたいで、
無理に飲み込めば痛いし、吐き出すこともできない。
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頭の中に、いつもの未来が過ぎる。
『好き』と言った未来。
困った顔をされる未来。
関係が壊れる未来。
そして──
もう二度と、
『おはよ』って言えなくなる未来。
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それは嫌だ。
その気持ちが、
1番強かった。
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『…辞めよ』
小さく呟く。
それは諦めというより、
選んだ沈黙だった。
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夕暮れの教室。
1人で座る日本。
その背中は、
まるで”言葉を飲み込んだ分だけ重くなった”
みたいに、少し小さく見えた。
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