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「……何ですか、コレ?」
ギルド支部の前に積み上げられた荷物を見て―――
私は呆気に取られていた。
「ドーン伯爵からの『お詫びの品』だとよ。
よっぽどシツケとやらが効いたらしいな。
あと、お前には『血斧の赤鬼』グランツ討伐の
賞金と、商売についての書類が来ているから、
さっさと中に入れ」
ギルド長はそう言って私の肩をぽんぽん、
と叩くと、建物に入っていった。
領主様との会談から一週間後―――
確かに一応、今後の方針は『話し合い』で
決めておいたが、まさかこのような事態になるとは
思ってもみなかった。
大量の荷物の山を前にざわつく冒険者たちを尻目に、
ギルド長の部屋へと向かう。
中には、もうすっかりいつものメンバーと化した
レイド君、ミリアさんもいて―――
取り敢えず私はジャンさんの正面に座る事にした。
「領主様はいったい何を送ってきたんですか?
あんな大量の荷物って……」
「大半は消耗品だ。
ギルドに支給される備品とか医薬品とかだな。
嫌がらせで滞っていたんだが、今回の件を機に
やっと送ってきやがった。
ま、『ジャイアント・ボーア殺し』を何とか
俺からなだめて欲しいっていう下心だろう」
ギルド長はテーブルに出されていた飲み物に
少し口を付けると、静かにそれを置く。
「お話は伺ってますけど……
変わり身が早いですねえ」
「ほんとッス。
シンさんもあの時、骨の1・2本は
もらっておいても良かったッスよ」
両側に立ったままの若い男女2人の言葉に、
初老の男2人は苦笑し、次の話題へと移る。
「シンに対しては―――
例の魚や鳥についての『提案書』が来ている」
「あれ? トイレについては?」
「それがどこにも書いていない。
まあそれは諦めたんじゃねえのか?」
ギルド長から書類を渡され目を通すと―――
・魚や鳥の受け渡しは、町にある伯爵の
御用商人を通して行う。
・魚や鳥の取引価格はシンの言い値とする。
・魚や鳥の引き渡し数はシンに一任する。
「ゼロか百しか無いんですかねあの人は……」
その条件に思わず頭を抱えてため息が出る。
私が1匹金貨10枚って言ったら払うのか。
「ギルド長に対しては嫌がらせ程度で止めてたって
感じッスけど、シンさんに対しては完全敵対ッス
からねえ」
「戦闘タイプのゴールドクラスを2人も怒らせたら、
命がいくつあっても足りませんよ」
でもあまり恨みを買うのもよくない。
そこそこの値段に留めておくか。
「あと、『血斧の赤鬼』グランツの報奨金だが、
王都から金貨5千枚と、それに加えて領主様から
1千枚、合計6千枚が支給された」
「……はっ!?」
い、一億二千万円……!?
確かに命を張った結果としては、決して安いとは
思わないが……
自分が驚きを隠せず動揺すると同時に、レイド君と
ミリアさんも声を上げる。
「うは、いきなり大金持ちッスね!」
「ゴールドクラスでも、そんなに報酬が入る事って
たまにしかありませんのに」
という事はたまにはあるという事か……
それを聞いてジャンさんはひじをテーブルについて
大きくため息を付き、
「当たり前だ。
あんな事、しょっちゅうあってたまるかってんだ」
「う~ん……
それだけあれば、下水道が作れるかも……」
思わず出た私の言葉に、3人は不思議そうな
顔をして、
「ゲスイドウ?」
「何スか、それ?」
「シンさん、また何か作るんですか?」
期待と好奇心―――
特に若者2人がそれらが入り混じった表情をして、
聞き返してきた。
「え、ええとですね。地面の下に
空洞というか道を……」
私は、つたないボギャブラリーの中で彼らに
説明し始めた。
10分ほど話した後、ギルド長は難しい顔をして
腕を組み、うつむく。
「うむむ……」
「あの、やはり難しいですか?」
立っていた2人も左右に別れて座り、意見を述べる。
「そんな事は無いッスよ?
ただ地面の下に穴掘って川に繋げたい
だけッスよね?」
「土魔法がそこそこ使える人なら大丈夫かと……
何がそんなに問題なんですか、ギルド長?」
ギルド長は顔を上げると、
「いや、町の防御を考えるとな。
そんな抜け道みたいな物を作っていいのかどうか」
あー……
平和な世界から来たせいか、その辺りを
失念していた。
あんな事があったばかりなのに。
「う~ん……排水のためにあればいいので、
町の地下部分なら、上から細い穴が通っていれば
いいだけなのですが。
もちろん整備は必要なので、人一人入れる通路を、
門の近くにでも作って頂ければ」
「門ならどっちにしろ門番が見張っているし、
まあそれならいいか。
しかし、何でそんな事までして水を流す必要が
あるんだ?」
今まで、それが必要の無い生活をしてきたのだ。
ギルド長の疑問はもっともだろう。
水洗トイレの概念と、そしてもう1つ―――
ある事のために使用するためだと伝えると、
ミリアさんが食い付いてきた。
「それは必要です!
絶対必要です!!
シンさんの言う事なら間違いありません!!!」
ジャンさんとレイド君が半ば引く中、
彼女はぐいぐいと押してくる。
「そ、それでですね……
今まで自分が溜めたお金と、今回の報奨金で
それを作りたいんですけど足りますかね?」
さすがに一大工事になるのだ。
下手をすれば半年、いや1年かかるかも知れない。
と、不安そうにたずねる私の問いに……
「まあ、そりゃ金は必要だが、多分金貨300枚も
かからんと思うぞ?
ゲスイドウとその設備だけなら、それに必要な
魔法使えるヤツを集めて、10日もあれば出来る
だろうし」
「そーッスねえ。
どちらかというとシンさんが言ってた、
細い管を作る方が手間暇かかりそうッス」
え” その程度で済むのか。
さすが異世界。魔法バンザイ。
「じゃあじゃあ、アタシはさっそくギルドの皆に
募集をかけてきまーす!!」
そして疾風を残して、ミリアさんの姿は消えた。
「あ、あはは……
やる気があるようで何よりです」
「トイレの件もそうだが―――
確かに女に取っちゃ、魅力的な提案だろう」
ギルド長が追認するように話し、
残されたもう1人の若者に声をかける。
「じゃあレイドは―――
さっきシンが言っていた管を業者に
依頼してきてくれ」
「了解ッス!」
「あ、ちょっと待ってください。
えーと、コレも」
私は説明の際に書いた簡単な絵とメモを渡す。
それを受け取った彼は部屋を後にし、アラフォーと
アラフィフの男が残された。
「しかし、大丈夫か?」
「?? 何がですか?」
ジャンさんの微妙な顔をしながらの質問に、
意図がわからず困惑する。
「いや、だってお前さん川で魚獲ってんだろ?
なのに、川にトイレの排水を流すって……」
「ずっと下流につなげてもらいますよ!!
心配しないでください!!」
焦って言い訳のように大声を出す私を見て、
ギルド長はカラカラと笑っていた。
―――2週間後。
下水道は完成した。
思ったより時間が掛かったのは、傾斜をつける事と、
排水を川に流す事への風評被害を避けるため、町から
500mほど離れた下流に水路を繋げたからだ。
なお、2つの理由で水は引き入れていない。
ひとつは防衛面で、町の地下までの道が多く
出来てしまうのを避けるため―――
もうひとつは、水魔法を使える人は結構多いので、
その人たちの仕事を奪わないためだ。
トンネルはまず土魔法を使える人に掘ってもらい、
その間は風魔法を使える人に風を送ってもらう。
酸欠とか話してもわからなそうなので、暑さ対策とか
適当に理由をつけてやってもらった。
後、水魔法を使える人に通路の表面を柔らかく
してもらい、次に土魔法を使える人に石を薄く
コーティングしてもらって、後に火魔法を使える人に
焼いてもらう。
そして地上のトイレから、手桶で水を流す手動方式
ながらも、立派な水洗式トイレが完成した。
この時に使ったのが地下に繋げる管で、いわゆる
S字タイプの、水を途中で溜める事が出来る物。
匂い封じと小動物がはい上がってこれなくするための
物だが、これも例のごとく土魔法+火魔法で作成、
石材製の菅のような物が出来上がった。
現在このトイレは、町はずれにある公共トイレ、
ギルド、そして自分の泊まる宿屋『クラン』に
設置してもらっているが、希望があれば洋式便器と
セットで順次増やしていくと、町に通達済みである。
そして、もう1つ作っていた物がある。
それは―――
「シンさん! こっちも準備が出来たと、さっき
レイドから連絡があったよ」
「あ、はい。すぐ行きます。
リーベンさん、上がってください」
町の外、門を出てすぐのところにマンホールにあたる
上から直通の通路を作ってもらい―――
リーベンさんともう一人、火魔法が使える人と一緒に
通路の確認を終えて上がってきたところに、門番兵の
マイルさんから声をかけられた。
このマンホールの下は傾斜角度では一番上、
下水道の行き止まりになっており、ここから
町の地下を通じて、反対側の川へ排水される。
一週間に1度は水魔法でここから大量に水を
流してもらい、メンテナンスする予定になっている。
ちなみにリーベンさんには、匂い対策のため2日に
1度、下水道に風を送ってもらうつもりだ。
「すいません、見張る場所が増えてしまって」
ペコリと頭を下げる私に、ロンとマイルさんは
片手を腰に当てて―――
「構わんよ、すぐ近くだし」
「つか、『ジャイアント・ボーア殺し』に頭を
下げられたら、こっちの立つ瀬がないよ」
彼らに手を振って別れを告げると、『準備が出来た』
先へ、急ぎ足で向かう。
そこは、町中のギルド支部からそう離れていない
場所にあり……
その建物に入ると、顔見知りの女性が
待ち構えていた。
「まったくもう、人使いが荒い新人だね。
ま、お金さえもらえればやるけどさ」
「すいません、女将さん」
そこには宿屋『クラン』の女将、
クレアージュさんがいた。
もうひとつの『ある事』には、彼女の協力が
必要不可欠だったのだ。
それは―――
「おう、シンか。
先に入っているぜ」
「いやもう最高ッス!
広いお風呂が、こんなに気持ちイイものとは」
脱衣所で衣服を脱いで奥へと向かう。
そこには、ジャンさんとレイド君がすでに―――
『湯舟』に浸かっていた。
そう、もうひとつの『ある事』とは、公衆浴場を
作る事だった。
大きな浴槽そのものは、ある程度地面を掘る&
囲いを作って、そこを火魔法で焼いてもらう事で
すぐ出来たのだが……
大量の水を排水する必要がある。
だからどうしても下水道を作る必要があった。
それと、水を適度な温度にする魔法を使える人は
少なく、一番腕のいい人はクレアージュさんだと
いう事らしい。
ただ、さすがに彼女1人で大量のお湯を用意する事は
非現実的なので―――
多少、温度調整に難のある人でも来てもらい、
水魔法で適温まで薄める事で、何とか大量の
お湯の確保にこぎつけたのであった。
「しかし、あの女将さんがよく協力してくれたな?
あの宿は風呂が一番の売りだろうに」
ジャンさんは目をつむりながら、クレアージュさんの
宿屋の事を心配して聞いてきた。
「あー……それなんですが、少人数用の浴槽を
あの宿に作る事で、納得してもらいました」
「なるほどッス。
そーいや、アレもシンさんの村に
あったものッスか?」
レイド君の視線の先には、自然落下方式ではあるが、
簡易シャワーのようなものがあった。
単純に上にお湯を溜め、漏斗のように放出口を
すぼめ、それを時間を掛けて無数の穴で勢いよく
流すだけだが、こちらも好評のようである。
「そうですね。
何かウチの村、お風呂とトイレにはすごく
こだわった人が先祖にいたらしくて」
「まあ納得だ。
こんなのを見ちまったら……」
「これ、町の名物になるんじゃないッスかね。
シンさんの村にはやっぱり、お湯を作れる人が
いっぱいいたッスか?」
その魔法が使える人、という意味だろう。
魔法を使う事が前提の世界だからこそ、そのあたりは
省略される。
聞くまでもない、という感じだ。
「ええ、まあ。
あとは以前もお話しした事があるように……
魔法は使いますけど、それだけに頼る事なく、
補助として道具を使うという事に抵抗が無いから、
でしょうか」
「なるほどッス!」
「まったくだ。
ちょっと一工夫するだけでこんなに快適に
なるとはなあ」
と、ここまでの私の話は表面上の事だ。
本音というか、裏の話をさせてもらえれば―――
『この世界の価値観とぶつからない事』、
これに尽きる。
この世界は魔法を前提とした考えがある。
一切魔法に頼らずに済む『仕組み』は、
目を付けられてしまう可能性が格段に上がる。
それは何としてでも避けねばならなかった。
別にこの世界そのものを否定したいわけではない。
この能力は、目の前で常識以外の事は起きて
欲しくない―――
自分の身に害が起きる事なら、正当防衛として
使わせてもらうだけだ。
だから必ず何らかの形で、魔法を関わらせる事に
したのだが……
この世界に取って、少なからぬ影響もあった。
「そういや、シン。
本当にこの浴場は、ギルドと町の共同運営って
事でいいのか?」
「へ? 何スかそれ?」
この事はジャンさんと町の町長代理とで進めていた。
「まあ、自分はのんびりと鳥や魚を獲れれば
いいだけですから」
というのは建前で、自分が経営するにも
その経験は無いので、どこかに任せる必要が
あったのと―――
魔法を使える用途が格段に増えたからだ。
魔法を使う事が前提の世界だが、同じ魔法でも
強い人と弱い人、また制御が出来ない人は
当然いて―――
そういう人たちが、組み合わせや方法で
活躍出来る場が広がってきたのである。
例えばお湯も、水を熱湯にしか出来ない人は、
水魔法を使える人が薄める事で適温に出来る。
弱い風魔法しか使えない人は扇風機代わりになって、
休憩所を冷やしてくれる。
氷までは作れなくても、物を冷やす魔法を使える
人は、お湯の調整や飲み物など―――
という具合に、いわゆる仕事、職の場が
広がったのである。
「ギルドとしても―――
仕事にあぶれた連中を叩き込めるしな。
それにフトコロが暖まりゃ、バカな考えは
起こさんだろう。
一緒に仕事をすりゃ、ギルドに対する風当たりも
弱まってくれるかも知れんし」
??
何だか、ギルドがあまりよく思われてないような
言い方だが……
「あの、冒険者ギルドって評判悪いんですか?」
私の問いに、バツが悪そうにレイド君が苦笑する。
そして代わりというようにジャンさんが口を開き、
「そりゃ、冒険者って言えば聞こえはいいが―――
要はまっとうな仕事に就けなかった連中の
行き着く先っていう印象はどうしても拭えない。
シルバークラス以上ならそうでもないが、
ウチの大半を占めるブロンズクラスはまあ―――
『そういう』連中だ。
俺やレイド、ミリアはこの町の出身って事も
あるから、そんな目で見られる事はないけどな」
あー……確かに。
ギルドの加入条件には出身も条件も無かったし。
現に私が異世界出身だ。
それに対する信用やイメージはそんな物かも
知れない。
「それより、話を元に戻すが……
お前さんの言っていた条件―――
本当にアレだけでいいのか?」
「ええ、それさえ守って頂ければ。
後はまた何か出てきたら応相談という事で」
ジャンさんは軽く挨拶を交わすと、『先に出る』と
一言短く言ってお風呂から上がった。
「シンさん、条件って―――
ここの浴場の事ッスか?」
後に残されたレイド君が、さっきのジャンさんとの
話が気になったのか、聞いてくる。
「ええ、なるべくみんなに入ってもらいたいので、
入浴料金をなるべく安く抑えて欲しいと頼んで
いまして」
とはいえ、人件費が結構掛かる。
初期費用は全てこっち持ちとはいえ、どれくらい
町で負担してもらえるか……
その手の交渉は全部ジャンさんに丸投げしてしまって
いるけど。
「そうッスね。
もし安くなるんだったら、たまにチビたちも
連れて来る事が出来るんスけど」
「?? 弟さんか妹さんでもいるんですか?」
まさか子供がいるようには見えないが、失礼に
ならないように聞いてみる。
「んー……まあ、似たようなもんっつーか。
話した事無かったッスか?
俺もミリアさんも、町外れの孤児院の出身で……」
「あ……」
頭をかきながら話しにくそうに語る彼に
恐縮してしまう。
さっき話したばかりじゃないか。
まっとうな仕事に就けなかった連中の
行き着く先って……
この世界であれば、身寄りの無い人間も
当然それに含まれてしまうのだろう。
「申し訳ありません、配慮が足りませんでした」
「いや固いッス!
シンさんの村には、親のいない子供とか
いなかったッスか?」
村というか国というか―――
一応いるにはいたが、一定の保護下にあって……
少なくともこちらとは比べるべくもなく。
「そ、そうです。
実は条件がもう1つあったんですが―――
ウチの村では、こういった公衆浴場とか施設は、
子供は無料だったんですよ。
ですから、こちらでもそうしてもらえるよう、
頼んでいるんです。
なので、レイド君の言うその子供たちなら、
無料でここに通えると思いますよ」
「マジッスか!?」
飛び上がらんばかりに喜ぶ彼に、いくらか罪悪感も
和らぎ―――それを抜きにしても良い事をしたという
達成感のような物を感じる。
「ああ、でも―――
保護者同伴が必須ですからね?」
「それなら、男は俺が、女はミリアさんが
連れて来ますから大丈夫ッス。
職員の人もいますし」
ふう、といったん顔を手ぬぐいで拭き、
「そういえば、多いんですか?
その、人数は」
「チビどもッスか?
今のところ男は5人、女は7人ッスね」
「結構いますね……
こう言っては何ですが、生活とかは」
「まあカツカツッスけど、ギリギリではないッス。
ギルド長もよく目をかけてくれてますし、俺や
ミリアさんも仕送りしてるッスから」
少々長湯になってしまいながらも、情報収集に
努め―――
その日はそれで彼と別れた。
―――さらに一週間後。
私は町の職人に頼んだ道具を手に、レイド君と
ミリアさんを連れて、孤児院へと案内して
もらっていた。
「それ何なんスか、シンさん」
「まあ、実際に見てもらった方が早いので……
ご協力お願いします」
本当は、一番先にジャンさんに試してみて
もらいたかったのだが―――
基本的にギルドの中心メンバーはギルド長と
この2人らしく、それが揃って不在には出来ない、
という事で断られた。
「あの~、アタシも必要なんですか?」
おずおずと、ミリアさんも不安そうにたずねてくる。
「お願いします。
男女ともに、需要がある事だと思いますので」
若い2人は顔を見合わせると、とにかく目的地へと
足を進めた。
建物に着いたところで、私は彼らと共に取り敢えず
荷物を下ろす。
前に聞いていた通り、町外れにあるそこは―――
宿屋とは比べ物にならない、大きな汚れた
倉庫といった感じだ。
ただボロ屋とまではいかず、造り自体はしっかり
しているように思えた。
「先生ー、いるッスか……ってうわっ」
レイド君が声をかけると、中からわらわらと
黄色い声と共に、小学校低学年から10歳前後
くらいの子供たちが駆けつけてきた。
「レイドにーちゃん!」
「あ! ミリアおねーちゃんもいるー!!」
あっという間に取り囲まれた彼らを呆然と
見ていると、初老の女性から声を掛けられた。
「あの、どなたでしょうか?」
私は頭を下げると、彼らに持たせていた荷物を
手の平を上に上げて差し、
「あ、冒険者ギルドでレイド君とミリアさんに
お世話にっております、シンといいます。
取り敢えずこちら、お土産で……」
その言葉に、今度はこちらへ子供たちがダッシュで
寄ってきて、地面に置かれたそれを取り囲む。
「うわ! 魚ー!!」
「鳥もいるよー! お肉お肉ー!!」
ううむ、さすがは好奇心と食欲の権化子供様。
取り敢えず生きた魚10匹と、鳥5羽を差し入れにと
持ってきたのだが、好評のようで何より。
ただ彼らを良く見ると、男女問わず健康面には
問題無さそうだが、お世辞にも着ている服は
清潔とは呼べないもので……
「ありがとうございます、外じゃなんですから
取り敢えず中へ……
コラ! あんたたちも!」
こうして、ようやく私とレイド君と
ミリアさんは―――
建物の中へと案内された。
「……それで、今回はどのようなご用件で」
応接室らしき部屋に通された後、二言三言挨拶を
交わし、本題に入るよう促される。
「えーっとですねえ、口で説明するのはちょっと
複雑でして……
あの、何か床に敷くものとかありますか?」
言われるがまま、レイド君が床に薄っぺらい布団を
敷き、そこに持ってきた道具を配置する。
それは私が職人に依頼して作らせた物で―――
陸上競技で使うハードルのような木製のそれを
布団の両側に手すりのように立てかける。
「えっと、院長先生、でよろしいですか?
そこにうつ伏せになって寝て頂けますか」
不思議そうな顔をしながらも、その初老の女性に
横になってもらい―――
「あと、子供を一人呼んで欲しいのですが」
私の言葉で、すぐに10歳くらいの少年が
呼び出され……
次の指示を彼に説明する。
「えっ!? 先生を踏むの!?」
「べ、別に先生に酷い事をするわけじゃ
ありませんよ?
これは私の村で行われていた事で」
目を丸くして泣きそうになる男の子を何とかなだめ、
決していじめるわけではない、私の村の風習で……
と言い訳しつつ、乗っかってもらう。
手すりをつかませ、最初は全体重を掛けないように
させつつ、腰の上あたりを足踏みさせると―――
「……んっ、ふっ、ふぅ」
腰を踏まれている先生は、痛がるような声ではなく、
息を漏らすように反応し始める。
そう―――これは足踏みマッサージだ。
食事すらあまり取らなくても済むような環境
だからこそ、こういうマッサージのようなものも
無いと踏んでいたが、正解だったようだ。
ギルド長を連れてきたかったのは、一番歳上の
彼に試してもらいたかったという理由もあった。
「せ、先生、大丈夫ッスか?」
「苦しいなら、すぐ止めてもらって―――」
若い男女は心配そうに声をかけるが、ここであえて
自分の方からアプローチする。
「えっと、もう少し上とか下とか、踏んで欲しい
ところはありますか?」
「あっ、はっ、はい……
も、もう少し、し、下……」
それを聞いて、上の少年に注文通りに
やってもらうよう指示を出す。
「ど、どういう事ッスか? コレ」
「先生、何が起きているの?」
混乱とも困惑とも取れない彼らを置いて、ひとまず
10分ほど踏んでもらう事にした。
その後、先生を起こし改めて感想を聞くと―――
「腰がすごく軽くなったような気がします……
一体これは」
「私の村の風習で、元々は神様に捧げる儀式だったの
ですが―――
神様が子供の姿を借りて、それに踏んでもらう事で
魔力に刺激を与えて活性化させる、という体で
やっておりまして……
あ、レイド君とミリアさんも試してみてください」
適当に魔力と理由付けして納得してもらう。
まあ元いた世界でも気だの何だの言う人もいるし、
似たようなものだろう。
その後、2人にもマッサージの素晴らしさを知って
もらうため―――
別の子も呼んで踏んでもらう事にした。
―――10分後。
「あ~……何スかこれ、最高ッス……」
「おふぅうう……き、効っくぅう~」
試しに、腰以外にも肩や背中、足も踏ませて
みたが……こうかはぜつだいだ。
特にミリアさんはデスクワークだし、相当腰には
きているだろうしな……
そして、改めて大人3人を交えて本題に入る。
公衆浴場で、子供たちにサービスとしてこの
足踏みマッサージをやってもらえないかという事。
もちろん有料で、子供たちの収入獲得にも
なるから―――
と、提案しに来たのである。
レイド君とミリアさんは乗り気だが、院長先生は
顔に陰が差し、
「お言葉は有難いのですが……
子供たちが相手ですと、値切ったり、お金を
もらえなかったりするのでは……
乱暴な目に会うとも限りませんし」
多分、最後の言葉が本音だろう。
保護者として当然の心配だし、確かにそういう
危惧はある。
ならばいっそ、入浴料金に上乗せするかと考えて
いると、若い男女が―――
「それなら心配無用ッスよ!
何せ『ジャイアント・ボーア殺し』の
シンさんの発案ッスからね!」
「あの『血斧の赤鬼』も討伐した町の恩人の
する事に、そんな真似をする命知らずは
いませんよ~」
すると院長先生は私の顔を見つめ―――
「あ、あの、『ジャイアント・ボーア殺し』……?」
と言うとそのまま後ろにひっくり返り―――
3人で慌てて介抱に追われる事になった。