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「おー、何だお前?
高校デビューってかあ?」
私の回りを、いつものメンバーが取り囲む。
薄ら笑いを浮かべながら、いつものように因縁を
付けてきて―――
どうやら、私の高校入学―――
正確には中学校卒業直後の頃か……
いかにもな茶髪と髪型、百面相かと思えるほど
表情を歪めた顔を、近付けてくる。
「オイ、何だその目はよぉ、あ?
そーいう目してたらさ、顔面パンチの一発でも
飛んでこなかったかなー、あぁん?」
握りこぶしを作り、顔面に近付け―――
にやにやゲラゲラ、いかにもチンピラといった
嫌な笑い方をしながら―――
「……あぁ、正当防衛だけはしていいって
言われたから。
で? 自分の相手は誰だ?」
「あ?」
「今までは、殴られても蹴飛ばされても手は
出すなって親父に言われてきたけど―――
その親父がさ、義務教育終わってまで善悪の判断が
付かないバカはいないだろうって。
で、自分の相手は誰だ? お前か? お前か?
それともお前か?」
一人一人指差しながら、顔を見て回り、
「ほら、早く殴れよ。いつもやってきただろ?
それから自分もケンカ出来るから」
すると、取り囲んでいた5人ほどの元『同級生』は
後ずさり、
「な、何だよ……急に怖くなっちゃってない?」
「どうしちゃったってんだよ、ったく……」
「…………」
目が覚めると、いつものベッドの中にいた。
宿屋『クラン』の、もう3ヶ月はお世話になっている
部屋で、見慣れた天井を見上げる。
「久しぶりに見るあちらの夢が、これですか……」
上半身を起こすと、独り言のようにつぶやく。
別にトラウマになるような事でも無かったと
思うのだが―――
私の父はかつて、陸上自衛隊の結構上の地位に
いたらしい。
らしい、というのは、父はその事についてあまり
話してくれなかったからだ。
そして、私が通う小中学校は―――
『平和教育』とやらが盛んな学区であった。
なぜかこの国の平和を唱える連中は、国を守ろうと
する行為、もしくはその任務に就く人たちを目の敵に
する傾向がある。
その家族までも、だ。
そんな場所だから、父親からすれば……
息子を守る手段として、『目立たない事』を
徹底させたかったのだろう。
殴られても蹴飛ばされても手は出すな、と―――
それが親父の指示であり命令だった。
理不尽とは思ったものの―――
正直、同年代に何をされようが、親父に逆らう事に
比べれば流せる程度であったので、そこは大人しく
従っていた。
かくして、小学校高学年から中学校卒業まで、
されるがままにしてきたが……
義務教育が終わり、学区から離れる事が確定した時、
やっと父親から正当防衛の許可が出た。
これでようやく反撃が出来る、一方的に
やられずに済む、そう思った私に待ち受けて
いたのは―――
一方的な暴力が『終了』しただけであった。
あくまでも正当防衛が前提なので、相手から
襲い掛かってきてもらう必要があるのだが……
正当防衛なら出来る、と言った途端、
「上等だ! やってみやがれ!!」
「面白ぇ、かかってきな!!」
と手を出してきた人は、ゼロ。
それまで、私に絡んでくる連中は―――
だいたい5人から8人くらいのグループで、それが
さらに4つほどあった。
体格も、彼らと比べて決して恵まれていた
わけではない。
今の身長も170cmほどだし、当時私よりも
10cm以上高いヤツだって数人いた。
そんな連中も含めて20人以上、私に好き勝手
してくれていたにも関わらず、
ただの一人も、誰も―――
以前は顔を見つけた途端、繁殖期の昆虫のごとく
私に群がってきたというのに、その後は遠目で
こちらを確認した途端、姿を消すようになった。
ケンカ好きなヤンキーや、後には引かない
不良など、どこにもいなかったというわけだ。
アニメや漫画の中では今でも忙しそうだが……
親父にその顛末を話すと、「すまなかった、
無意味な事をさせた」と謝られた。
「不完全燃焼なのは、確かでしたけどねえ」
次の年、初めての同窓会で『平和教育』
とやらを説く先生に、私の『その事』について
どう思っているか聞いてみたところ―――
次の年からは同窓会の通知が来なくなった。
まあ先生も、自分がされていた事は知っていた
だろうが、泣き寝入りしてくれると見て放置して
いたのだろう。
それを蒸し返されても困る、といったところか。
そして同時期、困った事も発生した。
どうやら元『同級生』たちは、自分の事を
『後輩』にも、まるで武勇伝のように語っていた
らしく―――
その『後輩』たちが中学卒業後、よく女連れで
私に絡んでくるようになった。
まあ女連れと言っても、男5人+女2、3人くらいの
パーティー編成といった感じで、だが。
多分、高校進学後に彼女を作ったり、同類の女の前で
格好つけたかった、というのもあるのだろう。
ただそれに、付き合う理由も義理も私には
無いわけで。
また、
『無抵抗の時は一方的に暴力を振るっていたが、
正当防衛を宣言された途端に絡むのは止めた』
という情報はなぜか共有されていなかったらしく、
こちらが、
「で、何が言いたい?」
「何がしたいわけ?」
「あ、君たちもう高校生だよね?
義務教育終わっているよね?
ケンカなら一発殴ってくれれば出来るよ?」
と聞くと、
「聞いてねぇよ、こんなの……」
「何だよ……話がちげーよ……」
と戦意喪失してしまうので、やはりケンカには
ならなかった。
まあ、年下とはいえ不良グループに、一人で
物怖じせずに対応する事自体、『話がちげーよ』
という事だったのだろう。
そして、一緒にいた女の子たちのそれに対する反応は
辛らつなもので、
「はぁ?
サイッテー、急に大人しくなっちゃうの?」
「こっち何人いんの? あっち一人なんだけど?」
「相手にすらされてねーじゃん、バーカ」
と、その場で男言葉で罵倒される彼らは、気の毒を
通り越して哀れですらあった。
彼らには強く生きていって欲しい。
女性陣も、仲間割れは後でやるという
プロセスくらいは守って頂きたい。
目の前でやられるとすごく困るから。
そんな、毒にも薬にもならない思い出だが―――
・無抵抗は無意味。相手を付けあがらせるだけ。
・力にしか反応しない人種がいる。
という事を、文字通り『身をもって』知り―――
その経験が今の自分の価値観を形成したのは、
間違いないだろう。
ジャンさんに『場慣れしている』と言われたのは、
恐らくそういう匂いを感じ取られたんだろうな。
でもまあ、悪い事ばかりの半生ではなかった。
私のアウトドア趣味や狩猟の知識は、親父譲りの
ものだし―――
そこそこの『手ほどき』も受けている。
こればかりは感謝すべきものだろう。
「さてと、今日はどうしますかね……」
あの孤児院に行ってから、1週間ほど経過し―――
基本的に自由に動くのは休日だけなので、
サイクル的にはこの日も休日にあたるのだが……
取り敢えず、この宿屋『クラン』に設置された
浴場へ向かおう。
もう昼過ぎだし、今日どう動くかは風呂に入って
ゆっくり考えるとしよう。
私は取り敢えず外向きの服に着替えると、
下の階へ行く事にした。
20分後―――
お風呂に入った後、昼食兼朝食を取っていると、
聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「シンさーんっ! いますかー?」
キツネ目のセミロングの少女が、元気いっぱいに
手を振って宿屋に入ってきた。
「メルさん?
今日は仕事ではありませんけど、どうしました?」
食べる手をいったん止めて、彼女に向き合う。
「ギルド長がですねえ、シンさんの言っていた物が
準備出来たので、確認に来てくれって」
「確認って……ああ」
孤児院に足踏みマッサージの話を持っていた後、
ギルドでジャンさん・レイド君・ミリアさんを
交えて、改めて話し合いをした。
リベラさん―――孤児院の園長先生の話を受けて、
子供たちに依頼する以上、安全上の面でなるべく
危険を排除する必要があると思ったからだ。
そして、自分からある提案をした。
商売である以上、それなりの用意はしなければ
ならない。
こう言っては何だが、小汚い孤児院から、ボロ服を
まとった彼らが来たところで、まともに相手をして
もらえるとは言い難い。
見た目が全てとは言わないが、ある程度はきちんと
しなければならないのもまた現実だ。
そこで、2つの準備をする事にした。
一つは孤児院の改装。
ゆくゆくは、孤児院でも足踏みマッサージの
サービスをしてもらう事も含めて、それなりに
きちんとした建物にしてもらう。
もちろん水洗トイレや浴場も付けて、だ。
もう一つは服装だ。
物質的に売る商品は無いので、どこかで特別感を出す
必要がある。
このサービスに対し、お金を払ってもいいと思える
ほどのものを―――
そこで、口から出まかせであったが、元々は
神様に捧げる祭りであったという設定を思い出し、
神主の装束のような服と袴を用意して
もらう事にした。
もちろん、こちらの神様とは何の関係も無いが、
スカートでもズボンタイプでもない袴は、恐らく
目を引くだろう。
装束は白で男女一緒だが、袴は男の子は青、
女の子は赤で区別し、制服としての統一感も出す。
この件に関しては自分が言い出しっぺなので、
金貨1000枚を経費として孤児院に提供する事に
したが、そのままポンっと出したら孤児院側も
警戒するだろうとジャンさんに注意され―――
・下水道工事の費用が思ったより浮いた。
・ギルドと町への貢献により、私をシルバークラスへ
ランクアップさせる事と引き換え。
という事にして、話を進める事になった。
「じゃあ、食べ終わったらさっそく
冒険者ギルドへ……」
「あ、孤児院の方へ向かってくれと言ってました。
そちらに準備した物も届けられたので」
まあ確かに、何もかもギルドで確認する必要はない。
しかし孤児院へ行くなら、何かお土産が欲しいな……
「メルさん、お時間ありますか?
孤児院へ行くなら、ちょっと魚を獲って
持っていこうかと思いまして。
その間ここで待っていて欲しいのですが……
あ、もちろんお金は払いますよ」
「別にいいですよー。
シンさんにはいつもお世話になってますし♪」
こうして、彼女には宿屋で待機してもらい、
臨時に川へ魚を獲りに行く事にした。
1時間ほど後―――
私は獲った魚を持って宿屋へ戻り、急いでメルさんに
魚の入った手桶に新鮮な水を補充してもらう。
川に罠カゴを仕掛ければ、基本的に30分から
1時間もすれば魚は入っており、それを最低限の
水に浸すようにして、急いで運搬する。
今回はあまり相手を待たせるわけにもいかないので、
10匹程度に止め―――
さっそく孤児院へ持って行こうとしたが、メルさんが
「それくらい私が持ちますよ。
臨時収入のお礼です!」
そう言ってくれるのは嬉しいし、身体強化を使うので
あれば頼みたいところだが……
さすがに女性に全部持たせるのは気が引けるので、
半分ずつ持っていく事にした。
孤児院に着くと、まだ改修中らしくところどころ
柱がむき出しになっていたり、壁に穴が開いている
箇所が見える。
実のところ、穴を掘って作る下水道よりも、木材や
石材を使う建築物の方が、高くつくし時間もかかる
らしい。
多めにお金を渡しておいてよかった……
取り敢えず入口まで着くと、中に向かって
声をかける。
すると―――
「あー! シンおじさん!」
「鳥と魚の人ー!!」
「あれー? こっちのおねーちゃんは?」
子供たちが男女問わずわらわらと出迎えてくる。
何か妙なネーミングをされているようだが……
とにかく院長先生のリベラさんを呼んで欲しい、
と頼もうとすると―――
「きゃー!! 何コレすっごく可愛いー!!」
メルさんはそう言いながら一人を捕まえて
抱きしめる。
そう、子供たちは例の衣装を着て出迎えてきたのだ。
ミニ神主さんと巫女さんといった感じで、
彼女の反応を見る限り、効果は上々のようである。
そして玄関脇に魚の入った手桶を置いて―――
奥へと進んだ私の目に飛び込んできたものは……
「……えーと、ジャンさん?」
「お、おう……その声は、シン、か……」
そこには、衣装に身を包んだ子供に
足踏みマッサージをしてもらっている
ギルド長がいた。
横にはもう1人、院長先生も同じようにうつ伏せに
なって踏んでもらっている。
さながら、孫に乗っかってもらっている老夫婦の
ようだ。
「あ、シ、シンさんですか?
ちょ、ちょっとお待ちください」
慌てて起き上がろうするリベラさんを止めるように
口を開き、
「あっ、来たばかりなので大丈夫ですよ。
しばらくそのままで……
ていうかギルド長もこちらに来ていたんですね」
「ああ……レ、レイド、と……ミリアに、聞いて、
な……
しかし、これ、生き返る、わ……
治癒魔法、とは、違う、が……気持ち、いい、
ものだ、な……」
踏まれながら、満足気に感想を口にする。
「あ、やっぱり治癒魔法ってあるんですか?」
「あるにはある、が……そういう、ヤツ、は、
王都に、上がっちまう、し、な……」
確かに、病気やケガを治せるのなら、人が多く
かつ需要があるところが一番いいだろう。
同じ魔法を使うのなら、お金持ち相手の方が……か。
そこは別に非難するべき事ではない。
自分を高く買ってくれる場所を目指す権利は、
誰にでもあるはずなのだから。
「そう、いえ、ば、な……
あの、公衆、浴場、に……
お前の、言って、いた、のが、出来上がった、
とか……」
「お、終わってからでいいですよ?
落ち着くまで待ちますから」
こうして、15分ほど待つ事にして―――
改めて私と、ジャンさんとリベラさんが
相対して座って話をする事になった。
「そうですか……
という事は、準備は出来た、という事ですね」
「だいたい、お前さんの要望通りになったはずだ。
脱衣所の前の休憩所か?
あそこの一角に、手すりを含めて6人分の仕切りを
作ってもらった」
後で娯楽や軽食の提供も考えて、休憩スペースは
広く取ってもらったのが幸いした。
「お客様に着てもらう分は……」
「それもあっちに配達済みだ。
俺やリベラも着てみたが問題ない」
気の利いたマッサージ店だと、着替え用に
ゆったりした衣類を用意していた。
それを思い出し、お客様用のマッサージ服も作って
もらったのだ。
町の人たちの経済状態も考え―――
衣服を傷めたくない人のために、またマッサージを
気軽に受けてもらえるように……
薄い無地の浴衣のような感じになったが、
先ほどまでギルド長と院長先生が着た上で
踏んでもらっていたのだ。
質や耐久性は大丈夫だろう。
何より、今この時点でもテストしてもらっている
最中だし……
「ひうっ、おうっ、ふぉおお……っ、
も、もちっと、下っ、そこっ、そこ~……」
何かと勘違いされそうな声を出すメルさんを
横目に、こちら側で話を進める。
「では、上から年齢順に男女―――
8才以上の8人にやってもらいます。
練習はこの1週間、みっちりやったと
思いますが……
どうでしょうか?」
リベラさんに話を向けると、
「この足踏み自体が初めてですので、
上達したかどうか判断は出来ませんけど……」
「まあ、アレを見りゃ十分じゃねーか?」
官能的なうなり声を上げるメルさんをジャンさんは
指差して―――
互いに顔を見合わせ苦笑する。
「うあぁぁああ……
キミ、ワタシの弟にならない?
毎日ご飯食べさせてあげるからぁ~……」
「そこまでにしとけ。
ったく……」
少年を抱きしめて離さないメルさんを、ジャンさんが
引き離すと、彼は逃げるように部屋を退出した。
ご飯といえば―――
以前、最低限の食事さえ取れば、後は身体強化で
維持出来るという認識でいたのだが……
それは大人の話で、まだうまく魔法や魔力を制御
出来ない子供は、やはりそれなりの量の食事が
必要になるらしい。
幸いにも穀物や芋類は安価で手に入るようで、
常にお腹を空かせている状態では無いらしいが、
肉や魚など夢のまた夢で―――
私が狩猟や漁をするようになってから、
レイド君やミリアさんがたまに差し入れを
するようになったそうだ。
そろそろ鳥にしろ魚にしろ、誰かに手伝ってもらって
もっと多く確保したいところだが……といろいろ
考え始めたところ、ギルド長が現実に引き戻す。
「おい、シン。どうした?」
「あ、いえ……
じゃあ、兼ねてより話していた通り、
浴場であれを子供たちにやってもらいましょう。
今夜から、です」
そこへ、ようやく夢心地から復活したメルさんが
参戦し、
「アレは絶対受けますよ、シンさん!
で、い、いくらくらい?」
「料金も含めてあちらで説明しますので……
リベラさん、子供たちの引率をお願い
出来ますか?」
話を振られた院長先生は、少し困った顔になり、
「あの、全員でしょうか?
それに、この孤児院を留守にするわけには」
そこへ、ジャンさんが割って入り―――
「ここなら俺が見ておくから心配するな。
子供たちも、リベラが一緒なら安心するだろう」
と、助け船を出してくれた。
「そういえば、冒険者ギルドは?」
「そっちならレイドとミリアに任せてある。
まあ多分、どちらかが後で来ると思うがな」
何というか、手際がいいというか……
恐らく、院長先生を不安にさせないため、いろいろと
先回りして手を打っていたんだろう。
「あ、ワタシも行っていい?
お風呂上りのコレは最高に気持ち良さそう♪」
「じゃあ、先に行ってた方がいいんじゃ―――」
ないですか? と言い終える前に、メルさんは
光の速さでそこからいなくなった。
そして、30分ほど後―――
院長先生と共に子供たちを引き連れて、
公衆浴場へと行く事にした。
「ン? 何だありゃ?」
「あれ、
『ジャイアント・ボーア殺し』じゃないか?」
すでに盛況となっていた浴場に到着すると、
これからお風呂に入る人、もう脱衣所から出てきた
人たちが、休憩スペースでこちらに注目する。
自分の顔はすっかり有名になってしまったようで、
その点はスルー。問題は……
「何か可愛い服着てない? あの子たち」
「かーちゃん! あの服カッコいいなー」
やはりというか、子供たちのコスプレ……
もとい和装は良い意味で目立つようだ。
実際に足踏みマッサージをする8人以外の子供にも
お揃いで衣装を着せたのだが、浴場まで来る道中も
注目され、いい広告になったに違いない。
そして―――興味津々で集まってきた人たちに
向かって、足踏みマッサージの説明をする。
説明とは言っても、実際にやってもらった方が
手っ取り早いので、その方向で誘導する。
「えーと、ウチの村でやっていた、元は神様に捧げる
お祭りの風習でして……
1回銅貨1枚でやっております」
ざわ、と場内がどよめく。
安いというか安過ぎるが、まずは知ってもらうための
ハードルを下げる。
それくらいなら……と、ほとんどの人は試してくれる
だろう。
1回でも受けてもらえれば、後は説明の必要は無い。
「ただ、銅貨1枚は最低これだけ払ってもらえれば
いいという料金でして―――
もしご満足頂けましたら、いくらか追加して
もらえると嬉しいです。
もちろん、銅貨1枚だけでも構いません」
つまり、後はお心づけというわけだ。
「ご興味があれば、こちらに用意された仕切りに
おいでください。
中でそれ用の服に着替えて頂いて、それからは
彼らにお任せを……」
そして、休憩所の一角、仕切られたマッサージ用の
空間に子供たちを連れて行く。
中は6つの小部屋に仕切られ、それぞれ床に布団が
敷かれ、それを挟むように手すりが設置されている。
また、小道具として砂時計も発注しており、だいたい
10分間の目安で1サービス、としてある。
「銅貨1枚なら、まあ……」
「別に家帰ってもする事ねーしな」
「あの、女性でもいいのかしら?」
娯楽が少ないからなのか、それとも安さに
引かれてか―――
取り敢えずお客さんが仕切りの中に入ってくれた。
「はーい、4名様ご案内でーす。
男女どちらでも大丈夫でーす。
あ、でもお子さんはご遠慮くださーい」
接客口調になる私とその状況を、落ち着かない様子で
リベラさんが見ていたが、
「あの、リベラさん。
もし良ければお風呂入ってきたらどうですか?
こっちは私が見ておきますので」
戦力は8才以上の8人なので、それ未満の4人の
子供たちは手持ち無沙汰になる。
このままジッとしていろというのも酷だろう。
それに、それだけ小さい子なら全員女性用の
お風呂でも大丈夫だろうし。
「そ、そうですか……
それじゃ、お願いします」
そして―――
足踏みマッサージのサービスは幕を開けた。
「ええと……これは」
お風呂から上がり、脱衣所から出て来たリベラさんが
目にしたのは、文字通り長蛇の列だった。
「いや! マジ効くってこれ!!」
「スッゲー体が軽くなったんだよ!」
「俺、追加で銀貨1枚払ったぜ。
これはそれ以上の価値はある……!」
「あぁ~ん、またあの子に踏まれたい……♪」
一部怪しげな感想があるようだが、評判は
上々のようだ。
「もう15人ほど終えました。
大成功ですよ」
「で、ですが……
子供たちは大丈夫でしょうか?」
「疲れた子から休ませるようにしているので、
その点は大丈夫です」
そのために小部屋を6つに限定したのだ。
足踏みマッサージをする子供は8人だが、
彼らの疲労を考慮して交代出来るように
するためで―――
実際にそうして正解だったと心から思う。
そして、浴場に来てから2時間ほどが経過し―――
50人くらいのお客さんを相手にして、初日は
終了した。
余談ではあるが、今回戦力外であった子供たちは
お風呂から出た後、休憩所で待機していたのだが……
あの衣装が目を引いたらしく、女性陣のお客さんに
可愛がられたり、また保護者と一緒に来た子供たちに
羨ましがられたりと、想定外の効果もあった。
「じゃあ後は、お仕事した子供たちにお風呂に
入ってもらって……
それで終わりですね」
「それで、あの……シンさんの取り分は?」
言いにくい事を思い切って切り出した感があるが、
私は首を左右に振って、
「いえ、ですからその件につきましては、
ギルド長と話がついておりますので。
自分がシルバークラスになるのと
引き換えですから。
あ、そういえばどれくらいになったんですか?」
50人ほど来たから銅貨50枚は確定として……
少ない人は追加で銅貨3枚、多い人は銀貨3枚ほど
出してくれたのを覚えているが―――
「銅貨が150枚、銀貨が32枚……ですね」
となると―――
1万5千円+3万2千円で……4万7千円か。
初日だから、というのもあるだろうが―――
1日当たり5万円弱、8人で一人当たり6千円ほど
稼げるとわかったのは大きい。
落ち着いたら多少は下がるだろうが……
それに、たった2時間ほどだが、子供たちもかなり
疲れた様子だったし―――
時間は増やさないよう、後でリベラさんとギルド長に
話しておくか。
「あー……そういえば女の子の方は
どうしましょうか。
男の子は私が見れますけど」
ひと風呂浴びて帰る段階になって―――
院長先生はすでにお風呂に入り終えたのを思い出し、
どうしようかと悩む。
保護者同伴でなければお風呂に入れないのを、
すっかり忘れていた……
メルさんはマッサージの後上機嫌ですでに帰って
しまったし、ここはもう一度園長先生にお願い
するしか、と思っていたところ、
「そこでアタシ参上ですよぉ~♪」
「あ、ミリアさん!」
聞くと、留守番にレイド君を残して応援に駆けつけて
くれたらしい。しかし……
「来てくれたのは嬉しいんですが、その、
足踏みはもう終わっちゃってますけど」
「いや、まあ、それなら……
孤児院で散々やってもらっちゃっていたので?」
ミリアさんは言い難そうに視線を反らす。
練習にもなったろうし、別にいいけど。
こうして子供たちをお風呂に入れる事が出来た
私たちは、無事帰路についた。
「申し訳ありません、こんな事まで……」
「いえいえ、私が言い出した事ですから」
帰り道、すでに小さな子は眠気に負けてしまい、
私とミリアさんとリベラさん、そして年長の子が
おんぶしたり抱っこしたりして歩いていた。
「……でも、今日は本当に夢のような1日でした。
子供たちが、いろんな人に褒められたり、
可愛いって言われたり……
この町で認められたような気がして―――」
「…………」
人権など何ソレ美味しいの? という世界だ。
孤児院の子供たちがどういう認識をされていたのか
なんて、想像するまでもないだろう。
ここまでは、いい。
ただ―――問題はむしろここからだ。
いい話で終わってくれれば嬉しいが、そうは
ならないだろう。
メリットがあれば、当然デメリットもあるのだ。
ギルド長とはすでに相談済みだが―――
明日からでも動いてもらおう。