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プロローグ
かなめが住んでいた家の近くには、
一人の小さな男の子住んでいた
「かなめー!」
転びそうになりながら ランドセルを背負い、一生懸命駆け寄ってくる。
「走ると危ないよ」
そう言いながら、かなめは自然としゃがんで、
その子の頭を撫でた。
「えへへ、かなめだいすき!」
――しの。
小学校一年生。
泣き虫で、落ち着きがなくて、
それでも必死に後ろをついてくる。
そんなこの子を可愛がっていた
「今日は宿題やった?」
「……わかんない」
「じゃあ一緒にやろうか」
そう言えば、
ぱっと顔を明るくして、
尻尾が見えそうなほど喜ぶ
(子犬みたいなやつ)
そう思いながら、
かなめはノートを広げてやった。
頭を撫でて、
褒めて、
少し構ってやるだけ。
それだけの、
短い時間だった。
――だから。
あの日、転校することを告げた時も、
かなめは深く考えなかった。
「じゃあね、しの」
「……え?」
泣きそうな顔をしたその子に、
ひらひらと、ただ手を振った。
それで、終わりだと思っていた。
しのもまだ一年生
そんな顔しなくったても、これから仲良くなる友達だっていくらでもいるだろう
どうせ人生で少し、時間を共にしただけ
浅い考えで離れた子犬が自分に執着する大型犬に育つとも知らずに、かなめは涼しいい風を顔に感じながら新生活に思いを馳せるのだった
第1話
春の大学キャンパスは、人が多すぎて落ち着かない。
「……課題、間に合うかなぁ」
独り言を零しながら、俺――しのは、重たいリュックを背負って歩いていた。
サッカーサークルの練習帰りで火照ったからだを風が冷やす
考えてるのは 3年生になったのに一向に減らないレポートの締切と、
それから――いつものように、考えてはいけない人のこと。
(今日も見つからなかったな)
もう何年も同じだ。
近所の人に聞いて、SNSを探して、苗字すら知らないのに名前を打ち込んで。
それでも、あの人はどこにもいなかった。
「……かなめ」
無意識に名前が漏れる
何百回も呟いた名前
それだけで胸がきゅっとするの、ほんとどうかしてる
(ずるいなぁ)
いつまで経っても忘れさせてくれない
人混みを避けるように歩いていた、その時。
前から来た誰かと、肩がぶつかった。
「っ、すみません!」
反射的に頭を下げる。
視線を上げた瞬間――世界が、一拍遅れて止まった。
記憶よりずっと小柄な体
綺麗な白髪が記憶と同じように光を受けてキラキラ輝き、 思わず息を飲んだ
そんな俺をエメラルドの瞳が、驚いたようにこちらを見上げている。
「……いえ、こちらこそ」
落ち着いた声。
どこか懐かしい。
(――え?)
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「……」
相手は俺を一瞬見上げたまま、すぐに視線を逸らした
「じゃあ」
それだけ言って、立ち去ろうとする
(待って)
「っ、あの!」
思わず、腕を伸ばしていた
自分でも驚くくらい必死な声だったと思う
相手が足を止める
「……何か?」
迷惑そうな声。
ちょっと棘があって、でもそれすら――
(変わってない)
「えっと……人違いだったらごめんなさい」
喉が渇く
心臓がうるさい
「かなめ、……かなめだよね?」
一瞬
本当に、一瞬だけ
かなめの表情が、固まった
「……は?」
低い声。
眉がきゅっと寄る。
「なんで、俺の名前――」
そこまで言って、じっと俺の顔を見る。
上から下まで、値踏みするみたいに。
「……でか」
ぼそっと呟かれた。
「え」
「いや、何でもない」
はぁ、と小さくため息
「悪いけど、人違いじゃないかな。俺は、君のことなんて知らない」
きっぱり言われて、胸がちくりと痛む
でも、不思議と嫌じゃなかった
だって
「そっか……」
にこっと笑う。
「でも俺は、かなめのこと覚えてるよ」
その言葉に、かなめが目を細めた
「……怖いこと言うね」
完全に警戒されてる
それでも俺は、一歩近づく
「小六の頃のかなめさ、宿題教えてくれたよね。
それに転びそうになりながらついて回る俺にさ、『走ると危ないよ』って」
沈黙
かなめの目が、わずかに揺らいだ
「……」
「頭撫でてくれてさ。
『上手だね、しの』って」
――名前を呼んだ瞬間。
「……しの?」
呟く声が、確かに俺を捉えた。
かなめが、ゆっくり息を吸う。
「……あの、ちっこい?」
「うん」
即答する。
「俺、しのだよ。
ずっと探してて。やっと、会えた」
次の瞬間。
「……はぁ!?」
かなめが、思いきり顔を歪めた。
「いやいやいや、待って。
あれ? あの泣き虫?
俺の後ろくっついてきてた?」
「そうそう」
「犬みたいな?」
「そうそう」
「……で」
かなめが俺を見上げる。
「なんで、こんなでかくなってんの」
「かなめが小さいだけだよね」
「喧嘩売ってる?」
「売ってないよ」
にこっと笑って近ずくと、かなめが露骨に嫌そうな顔をした
「……距離近い」
「あ、ごめん」
言いながら、離れる気はなかった
(逃がさない)
心の奥で、静かに決める
今度こそ
もう、離れない
かなめは、そんな俺を見て、嫌そうに、でもどこか困ったように息を吐いた
「…よく覚えてたね、10年以上前のことなのに 」
『それはかなめが初恋だから』
そう言ったらかなめはなんて言うんだろう
すっかり小さくなってしまった想い人を見つめ、俺は思う
一一心の中で10数年燻らせ、淡い初恋の面影なんてない独占欲にまみれた、どす黒く汚い愛情を初恋とは言わないかもしれないけど
昔、何回も思いを伝えた
花だって渡したし、抱きついたりもした
まっすぐに自分の気持ちをぶつけてみても
一一帰ってくるのは、微笑みだけ
それがどうしても悔しくて
自分はただのかわいい年下と告げられてるような気がして
でも
「俺、大きくなったよ」
「言わなくても分かってるよ、でも明らかにデカすぎ」
棘の着いた言い方は相変わらず変わっていない
むしろ酷くなった
でも
その声は、少しだけ、昔より優しかった。