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エリーゼがウィリアム国の王城に監禁されてから5日が経過したが、アゼルが迎えに来る気配はない。
それでもエリーゼは同年代のメイドや従事者たちと仲良くなって、それなりに楽しい日々を送っている。
昼時の休憩時間、今日もエリーゼは中庭で3人のメイドたちと共に談笑していが、ふと我に返った。
(って、私がカイン様に懐柔されてどうするの!?)
ここでの生活も悪くないと思い始めたが、溺愛の呪いによって常にエリーゼの心身はアゼルの温もりを求めてしまう。もはや禁断症状だ。
すっかり打ち解けたメイドの一人が小声でエリーゼに話しかける。
「アゼル様って、どんなお方なのですか? 魔王って呼ばれるくらいですから、やっぱり……」
城の者たちは、エリーゼはアゼルに虐待されたから逃げてきたと思い込んでいる。これはアゼルの残虐性を問う質問だった。
「え? あ、そうなのよ、魔王だからすごいのよ、昼も夜も激しくて……」
エリーゼは質問の意図を勘違いして、アゼルの情熱的な溺愛の激しさを語ってしまう。
アゼルの残虐性を語っていると勘違いしたメイド3人は、揃って顔を真っ赤……ではなく青ざめて反応に困っている。
やがて一人のメイドが目を潤ませながらエリーゼの両手を握る。
「エリーゼ様、大変だったのですね……」
「え、えぇ、まぁ……大変ではあるわね」
エリーゼとしてはアゼルに溺愛されすぎて大変であった。
そんな噛み合わない会話が続く長閑な中庭に突然、カインが堂々とした足取りで近付いてくる。そしてメイドたちの間に割り込んでエリーゼの手首を掴んだ。
「エリーゼ様、ちょっと来てほしいんだ」
そう言うカインはいつもの爽やかな口調と笑顔だが、どこか強い圧を感じる。それはカインの手首を掴む力の強さで分かる。
カインに引っ張られるようにして、そのまま城の裏側へと連れて行かれる。木陰で薄暗い城壁の隅の地面に、地下へと続く階段がある。
「カイン様、ここは……?」
エリーゼが不安げにカインに問いかけるが、カインは無言でエリーゼを引っ張って階段を下っていく。
地下は照明が設置されているが昼間でも薄暗い。埃とカビ臭さに顔をしかめながら進むと、やがていくつもの鉄格子が見えてくる。ここまでくればカインに問わなくても分かる。
(ここは地下牢……なんで、こんな場所に私を?)
空き部屋の牢獄が並んでいる通路を進むと、1部屋だけ扉が開いている。その扉の前には二人の兵が待機していて、エリーゼの姿を見ると両側から強引に腕を拘束した。
「えっ……ちょっと、なにっ!?」
そのまま牢屋の中へと押し込まれてしまい、エリーゼは冷たい石の床に倒れる。同時に扉が閉められて施錠されてしまう。完全に投獄されてしまった。
訳も分からないままエリーゼは上半身だけを起こす。鉄格子の外ではカインの冷たい銀の瞳が鈍く光り、エリーゼを見下している。
「知らなかったよ。エリーゼ様は最強の聖女じゃなかったんだね」
淡々としたカインの口調には感情が見えない。しかしエリーゼは動じない。それは隠す必要もない真実なのだから。
「……そうよ。私には聖女の能力はないの。やっと分かってくれた?」
「うん、分かったよ。フェーリス公爵家に確認したからね」
実家の名を出された途端に強気だったエリーゼの顔色が変わる。
自分を虐げてきたあの家族に今の状況を知られてしまった。もう実家に戻る事はなくても、思わぬ繋がりができてしまった事に恐怖と不安を感じる。
しかし最強の聖女ではないと分かった途端に投獄するとは、カインの恐ろしい本性が次々と見えてくる。
「それなら私はもう不要でしょう。デヴィール国に帰してくれない?」
エリーゼとしてはアゼルの所に帰りたい。しかしカインは冷たい微笑みを浮かべ続けている。
「帰すわけないでしょ。アゼル様にはエリーゼ様が最強の聖女だと勘違いしたままでいてもらう」
つまりアゼルが勘違いを続けている以上、彼は他に聖女を探して再婚しようとは考えない。聖女を持たないアゼルは最強の魔王ではない。カインはアゼル以上の戦力を備えて、いずれデヴィール国を侵略しようとしている。
(カイン様の、このアゼルへの敵対意識……やはり前世が干渉してるの……?)
前世の記憶はないはずのカインだが、潜在意識にはアゼルへの憎しみが残っているとしか思えない。
だが、愛という意味ではエリーゼに不安はない。アゼルは確かに勘違いをしてはいるが、聖女の能力が欲しい訳ではない。
(甘いわね、カイン様。アゼルはあなたとは違う。私を溺愛しているのよ)
そこがカインとの決定的な違いで、エリーゼが聖女であるかなんて関係ない。そして悔しいがエリーゼもアゼルを溺愛している。二人の愛を繋げているのは呪いとはいえ、それは聖女の能力に勝る最強の力を生み出す。
「……私を幽閉すればアゼルが黙っていないわよ」
「アゼル様は来ないよ。エリーゼ様は『人質』だと伝えたからね」
「なんですって……!」
すでにカインはデヴィール国に通達していた。人質の扱いなら、エリーゼを溺愛しているアゼルは手が出せない。
「……私をどうするの?」
「それを決めるのは僕じゃないよ」
その時、カインの後方に誰かの姿が見えた。暗がりの中で見え辛いが、長い金髪の女性。そのシルエットは先日、城の屋上でカインとキスをしていた女性に似ている。
女性が前に出てきて鉄格子の隙間から目を合わせる。エリーゼと同じ金髪碧眼、白いドレスの貴族女性……彼女が誰かを認識した時にエリーゼは目を疑う。
「セレン……!?」
その女性はエリーゼの妹セレン。状況が理解できないままのエリーゼは反射的に一歩後ろへ下がる。カインは、にこやかに隣のセレンの肩を抱いて寄せる。
「紹介するよ。彼女は本物の最強の聖女、セレン。僕の婚約者だよ」
カインはすでにセレンと婚約していた。それなのにエリーゼとも結婚しようとしていた。
その事実が意味する意図を予想したエリーゼは、浮気以上に恐ろしいカインの思惑に身を震わせるしかなかった。
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