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#異世界転移
花月夜れん
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ユキ
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第七十四話 言えなかったこと
九月に入って、少しずつ夏の暑さが和らいできた。
蝉の声もいつの間にか減って、
朝晩には少しだけ
秋の気配を感じるようになっていた。
けれど、湊と紬の間には、
まだ夏の終わりに
置いてきたような気持ちが残っていた。
連絡を取る回数が減った。
会うことも少なくなった。
それだけだった。
喧嘩をしたわけでもない。
嫌いになったわけでもない。
ただ、お互いに忙しくて、
「今は大丈夫だろう」と思っているうちに、
言いたかったことを言うタイミングを失っていた。
そんなある日の夕方。
紬からメッセージが届いた。
『久しぶりに会わない?』
湊は画面を見つめた。
少しだけ迷ってから、
『会いたい』
と返した。
送信した瞬間、
胸の奥に溜まっていたものが
少しだけ軽くなった気がした。
待ち合わせ場所は、二人がよく歩いた川沿いだった。
夏の頃とは違って、
風が少し涼しい。
湊が先に着いていると、
遠くから紬が歩いてくるのが見えた。
「久しぶり」
「うん。久しぶり」
たったそれだけの言葉。
なのに、顔を見た瞬間、
会えていなかった時間が
一気に戻ってくるようだった。
「最近、忙しかった?」
「うん。大学のこととか、いろいろ」
「そっか」
「湊は?」
「俺も。撮影とか、勉強とか」
二人とも笑った。
いつも通りの会話。
だけど、どこかぎこちなかった。
川沿いを並んで歩く。
しばらく無言が続いた。
湊は何度も口を開こうとして、
そのたびに言葉を飲み込んだ。
――寂しかった。
――もっと話したかった。
――会いたかった。
言いたいことは、ちゃんとある。
でも、どれも少し恥ずかしくて、
言葉にするのが難しかった。
すると、隣を歩いていた紬が突然立ち止まった。
「ねえ、湊」
「ん?」
「……私、ちょっと寂しかった」
湊は驚いて紬を見る。
紬は少しだけ俯いていた。
「連絡減って……嫌われたのかなって、一瞬思った」
「え……」
「でも、そんなこと聞くのも嫌で」
小さく笑う。
「だから、何も言わなかった」
湊は黙っていた。
そして、少しだけ息を吐いてから言った。
「俺も」
「え?」
「俺も、寂しかった」
紬が顔を上げる。
「でも、紬も忙しいだろうし……俺から言ったら困らせるかなって思って」
「……同じじゃん」
「うん」
二人で顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
「なんだ、それ」
「ほんとだよ」
「ちゃんと言えばよかった」
「私も」
たった一言。
「寂しかった」
それを伝えるだけで、
こんなにも心が軽くなるなんて思わなかった。
少し歩いたところで、
湊はカメラを取り出した。
「写真、撮ろうか」
「うん」
二人が並んで立つ。
まだ紅葉には早いけれど、
木々の葉は少しずつ色を変え始めていた。
シャッターを切る。
一枚。
そして、もう一枚。
最後に湊は、
二人が歩いてきた道を振り返って撮った。
「何撮ってるの?」
「今日の景色」
「今日の?」
「うん」
湊はカメラの画面を見ながら答えた。
「今日、ちゃんと話せたから」
紬は少し照れたように笑った。
「じゃあ、その写真……大事にしてね」
「もちろん」
秋の風が、二人の間を静かに通り抜ける。
夏の終わりに言えなかったこと。
それは、離れていた証じゃなかった。
大切だったからこそ、
失いたくなくて言えなかった言葉だった。
これからは、
ちゃんと言葉にしよう。
会いたいなら、会いたいと。
寂しいなら、寂しいと。
大切なら、大切だと。
そうやって二人は、
少しずつ未来へ進んでいく。
📷 Photo.074「言えなかったこと」
撮影日:9月14日
夏の終わりに言えなかった気持ちを、
秋の始まりに、ようやく言葉にした一枚。
――次回、第七十五話「秋の写真展」へ続く。
コメント
1件
みぅ🤍🥀です。第74話、読みました。 「寂しかった」って、たった一言なのに言えなくなる気持ち、すごくわかります。お互いに相手を思うからこそ、言葉にできなくてすれ違ってしまうところが切なかったです。でも紬が先に「寂しかった」って言えたから、湊も素直になれて、二人とも軽くなれたんだなあって。写真に「今日の景色」を残す湊、すごく優しかったです。秋の風が似合う回でした。次回も楽しみにしてます🌙