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#読み切り
ruruha
277
151
#すれ違い
ruruha
422
『君との愛は嘘じゃない』
午前七時。
教室には、まだ誰もいない。
この時間が、好きだった。
誰とも関わらなくていい、静かな空間。
同じクラスに、あの人はいるけれど。
特に関わることもない。
ただ、同じ時間にここにいるだけの存在。
それでよかった。
――星羅ろろん。中学三年生。
「笑顔が得意」なんて、言いたくはないけれど。
私は、笑うのが上手い。
……そうしないと、生きていけないから。
私は、虐待を受けている。
……いや。
これは、本当に“虐待”なのだろうか。
母は言う。
――「愛」だと。
イラついたから殴る。
ムカつくから殴る。
そんな単純なものじゃない。
もっと、ぐちゃぐちゃしていて。
でも、私はそれを否定しきれない。
もし、これが愛だと信じられたら。
どれだけ楽だっただろう。
母は、どんどん壊れていく。
それを見ている私も。
きっと、同じように壊れている。
……分かりたくない。
分かってしまったら、終わる気がするから。
午前五時三十八分。
朝の光が、部屋に差し込む。
やけに眩しくて。
まるで、外に出ろと急かされているみたいだった。
「おはようございます、お母さん」
「おはよう、星羅ろろんさん」
フルネームで呼ばれる。
理由は分からない。
ただ、気持ち悪いと思った。
気づけば私は、家族に対しても敬語を使っていた。
母に押し付けられたものが、
そのまま、体に染み付いてしまったみたいに。
腕には、包帯。
隠す気があるのか、ないのか。
――いや。
多分、どちらでもいいのだと思う。
「……今日は、殴らないんですか?」
母は、微笑む。
「……なんでそう思うの?」
「……いえ」
「行ってきます」
午前六時五十八分。
教室に入ると、いつもの人影があった。
「おはよー」
軽い声。
「……おはようございます」
「相変わらず、ひどい傷やなぁ」
「……いえ」
「転けすぎやろ。ドジやなぁ」
この人は、松田 あまねさん クラスでいじられる側の人間だ。
からかわれているのか、いじめられているのか。
その境界は、曖昧で。
大変そうだとは思う。
でも。
(……私の方が、つらい)
そう思ってしまう自分が、嫌だった。
でも。
――事実だ、と。
どこかで言い聞かせている自分もいる。
「いつも思うんですけど」
気づけば、口が動いていた。
「お腹、空かないんですか?」
「……え、なんでそう思ったん?」
「朝早く来て、ご飯食べてないですよね。
授業中、お腹の音……聞こえてます」
「まじか〜。結構隠せてたと思ってんけどな〜。
ろろんさんにはお見通しやな〜」
――なんで、話しているんだろう。
「 人生、大変やな〜」
「……急に、なんですか?」
「別に。なんもないで」
その言い方が、少しだけ引っかかった。
「……黒板、消すの手伝います」
「え〜優しいな〜。惚れてまうかも〜」
「……棒読みやめてください」
少しだけ、笑ってしまった。
「……」
その時。
彼が、一瞬だけ黙った気がした。
「……かわいい」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
視界が、ぼやける。
嫌ではなかった。
けれど。
“恥ずかしい”という感情が、自分の中にあることに驚いてしまって。
言葉の意味よりも、そのことの方が頭を占めていた。
「おーい、ろろんさーん?」
「あっ……すみません!」
午前七時三十分。
少しずつ、教室に人が増えてくる時間。
――どうしてだろう。
ほんの少しだけ。
この空間が、崩れてしまうのが寂しいと思ってしまった。
(……気持ち悪い)
こんな感情。
持っていいはずがないのに。
もし。
この温かさを、母にも向けられたなら。
そんなことを、思ってしまう自分がいた。
「おーす!また2人でいんの?」
中野りょうた。
松田あまねとよく一緒にいる人。
それ以上でも、それ以下でもない。
「らぶらぶだね〜」
にやにやと笑いながら、こちらを見る。
「そんなんじゃありません!」
思わず、声が強くなる。
席を立つ。
「……ごめん、嫌やった?」
「あ、あの……」
「ごめん。空気読めんくて」
また。
自分を下げる言い方。
どうして、この人は。
――そんな顔をするのだろう。
胸の奥が、少しだけ締め付けられる。
でも。
(……私の方が、つらい)
その思考で、全部を押し込める。
鍵をかけるみたいに。
「い、いえ!今のは私が悪いです!」
「そう?……ほんまごめんな」
似た者同士。
そういう言葉が、頭をよぎる。
自分のことが分からない人間が。
今、ここに二人いる。
――からかわれて、恥ずかしい。
そんな感情が、もし“恋”なのだとしたら。
私は。
恋なんて、してはいけない。
好きな人を見て見ぬふりをして。
自分の方が可哀想だと、言い聞かせて。
それは本当に、“好き”なのだろうか。
分からないから。
私はまた、自分に鍵をかける。
――その時だった。
ふと。
視線を感じた。
「……」
松田あまねが、こちらを見ていた。
さっきまでの軽い表情はなくて。
少しだけ、目を細めている。
――何かを、考えているような顔。
あまね
そして。
ほんの一瞬だけ。
ろろんの方に向けられた視線に、
言葉にできない感情が、混じった気がした。
(……なんやそれ)
自分でも分からないまま。
胸の奥が、少しだけざわついた。
――面白くない。
ただ、それだけが、はっきりしていた。
コメント
1件
第1話、読ませていただきました。 朝の静かな教室の空気感から、一気に引き込まれました。星羅ろろんさんの「笑顔が得意」という台詞が——そうしないと生きていけないから、という繋がりが胸に刺さります。母との関係、「愛」と「虐待」のあいだで揺れる心の描き方が本当に繊細で……。 そんな中での松田あまねさんとの軽やかな会話の応酬。「かわいい」のひと言で、ろろんさんが一瞬硬直してしまうところ、すごく好きです。自分に“恥ずかしい”という感情があることに驚く、その発見が切なくて。 最後の、松田さんの一瞬の視線——なんだか気になります。「面白くない」というろろんさんの内心が、なにかを予感させる終わり方で。続きがとても気になります。しろみさんの描く距離感、とても好きです。