テラーノベル
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配信開始のカウントダウンが、やけにゆっくりに感じた。
三、二、一。
「……こんばんは。りつです」
画面に映る自分は、少しだけ表情が硬い。
それでも、声はちゃんと出ていた。
コメント欄が一気に流れる。
〈おかえり〉
〈待ってた〉
〈生きててくれてありがとう〉
りつは一度、深く息を吸った。
「まず……心配をかけて、ごめんなさい」
用意していた言葉を、ゆっくり選ぶ。
全部を話すわけじゃない。
でも、嘘はつかない。
「体調を崩して、しばらく休んでいました。
今は、医師の指示のもとで、無理のない形で戻ってきています」
“心臓”という単語は出さない。
“医者”の話もしない。
それでも、言葉には不思議と重みがあった。
「これからは、配信頻度も内容も、ちゃんと自分の体と相談します。
途中で切ることもあるかもしれません」
少し間を置いて、続ける。
「それでも……ここに戻ってきたかった」
コメント欄が、また流れる。
〈それでいい〉
〈無理しないで〉
りつは、小さく笑った。
「今日は、短めです。
……というか」
画面が切り替わる。
「先輩たちに、監視されてるので」
葛葉〈おい、言い方〉
葛葉のコメントに、少し遅れて、叶もコメントする。
叶〈“見守り”ね。監視じゃなくて」
「同じですよね笑」
叶〈同じじゃないよー?〉
りつは思わず吹き出す。
久しぶりに、自然な笑いだった。
「……でも、ありがとう」
そう言うと、二人は一瞬黙った。
葛葉は照れ隠しのように、
〈無事に戻ってきたなら、それでいい〉
そうコメントした。
そこからは、本当に他愛もない雑談になった。
最近の配信の話。
入院中に見た切り抜きの話。
「勝手にネタにするな」「事実だろ」という言い合い。
りつも、敬語を使わなくなる。
「いや、あれは盛りすぎ」
「盛ってねえって」
「盛ってる」
コメント欄が笑いで埋まる。
〈距離近くない?〉
〈仲良しで草〉
「前からこんなもんだろ」
葛葉が言うと、叶も同意する。
「倒れる前は、無理してただけ」
その言葉に、りつは少しだけ真面目に答えた。
「……今は、ちゃんと頼る」
「それでいい」
二人同時に言って、少し間が空く。
「被ったな」
「被ったね」
また笑いが起きる。
配信終了の時間が近づく。
りつは、名残惜しそうにマイクに近づいた。
「今日はここまで。
改めて……ただいま」
〈おかえり〉
〈これからもよろしく〉
「うん。よろしく」
配信が終わる。
部屋に、静寂が戻る。
胸に手を当てる。
鼓動は、穏やかだ。
もう、一人で抱え込まなくていい。
怒ってくれる先輩がいて、
笑って話せる場所がある。
それだけで、十分だった。
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