テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん

28,181
鷹槻れん

5,813
鷹槻れん

4,188
#契約結婚
鷹槻れん

14,125
やがて、清香がふっと肩の力を抜く。
「……お父さんらしい条件ですね」
盛晴が鼻を鳴らした。
「当たり前じゃ」
湯飲みを静かに置く。
「わしは会社も守らねばならん」
その一言に、晴永は小さく目を伏せた。
盛晴は、晴永の祖父であると同時に、角実屋フーズの社長なのだ。
孫の幸せだけを考えているわけにはいかないと、その目は語っていた。
会社。
社員。
取引先。
角実屋フーズという看板。
そのすべてを背負った上で、今、この結論を出したのだろう。
「晴永」
「はい」
「今回の件で、お前は多くの人間に頭を下げることになる」
「……はい」
「それを惨めだと思うな」
盛晴は静かに言った。
「責任を負うとは、そういうことじゃ」
晴永は祖父を見つめ返す。
「お前は今日、自分の人生を選んだ」
「……」
「ならば、その人生に付いて回る責任からも逃げるな」
「はい」
力強い返事だった。
盛晴はそれ以上何も言わない。
代わりに、ゆっくりと立ち上がる。
「藤井田には明日、わしから連絡を入れて先方と会う算段を付ける。――その時には晴永、お前も来い」
その言葉に頷く晴永に続いて、清香も腰を上げた。
「私も同席します」
「好きにしろ」
ぶっきらぼうな返事だった。
けれど、もう先ほどまでの険しさはない。
盛晴は応接室の窓際まで歩くと、西日に染まり始めた庭を眺める。
「……晴永」
「はい」
「小笹さんを泣かせるな」
思いがけない一言だった。
晴永は思わず息を呑む。
盛晴は振り返らない。
「一年待たせるんだ。その一年を、『待っていてよかった』と思わせる男になれ」
晴永は自然と背筋を伸ばした。
「はい」
その返事は、これまでで一番力強かった。
窓の外では、茜色の光が庭木を朱く染めている。
長かった戦いが、ようやく終わった。
そう思ったその時。
「……ああ、それと」
盛晴が思い出したように口を開く。
「小笹さんには、わしからも後日、きちんと謝罪に行く」
「!」
晴永は目を見開く。
「わしの都合で、ずいぶん嫌な思いをさせた。……それに、これからも我慢させる」
それだけ言うと、盛晴は静かに振り返った。
「角実屋フーズの社長としてではなく、お前の祖父として彼女に会わせて欲しい」
その顔には、どこか吹っ切れたような穏やかさが浮かんでいた。
晴永は、祖父が今は亡き祖母をとても大切にしていたことを思い出した。
夫婦の形は、人それぞれだ。
祖父と祖母がどんな結婚だったのか、晴永は詳しく知らない。
けれど――。
あれほど妻を大切にしていた祖父が、恋や愛というものを何ひとつ知らない人間だとは、もう思えなかった。
コメント
2件
祖父がいい感じになった!
第120話、読み終えました!祖父・盛晴さんの「小笹さんを泣かせるな」と「待っていてよかったと思わせる男になれ」の言葉、胸に刺さりました。会社の重責と孫の幸せ、両方を背負う覚悟が伝わってきて…最後に「社長としてではなく、祖父として」謝罪すると言ったのも、すごく温かくて好きです。晴永くんの決意が固まったラスト、清々しかった!次の展開も楽しみです🔥