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「暇だなあ……」
「流石に一週間も一緒にいたら話すこたぁもうねぇよ。九条の旦那ぁ」
九条の隣で呆れているのは、宮大工のゲンさん。種族はドワーフ。そして既に死んでいる。
いわゆる地縛霊だ。王都スタッグの中心である王宮の設計をした内の一人で、建設中の事故に巻き込まれ、他界した。
九条は現在、王宮の地下牢に捕らえられている。人を殺したのだから当然である。
とは言え、罰を与えられている訳ではなく、処分が決まる間の監視付きの留置が表向きの理由。
湿気が多く快適とは言い難いが、それを除けば扱いは来賓クラス。それなりに高価な調度品の数々に、豪華な食事も定期的に運ばれる。
そんな所に先客として潜んでいたのがゲンさんだ。ゲンさんは「自分が見える人がいるなんて」と大喜び。
九条が捕らえられている間、二人は互いに語り合い、その境遇に笑顔を見せたり涙したりと意気投合したのであった。
とは言え、九条は囚われの身。その心境は複雑だ。
(このままぶち込まれるのか、釈放されるのか、あるいは死刑か……)
それは王族と貴族、そしてギルドのお偉いさんの話し合いで決まる。
九条はいざとなれば、いつでも逃げ出せた。だが、そうしないのは、僅かな希望に賭けていたから。
(逃げるのは容易いが、逃亡生活は御免被る。無罪が通れば大手を振って生きていけるのだ)
あの後。九条は全てをありのままに話し、国中が大騒ぎとなった。
九条を除けばノルディックは、この国で唯一の戦闘型プラチナプレート冒険者。その内面を知る者は少ない。故にそれは皆の憧れであり、ヒーローのような存在だ。
それをポッと出の|死霊術師《ネクロマンサー》が殺したのだから、騒ぎにならないわけがない。
第二王女とその派閥の貴族たちは関与を否定。全ての罪を九条に擦り付けた。現場は九条所有のダンジョンだ。その信憑性は高い。
何より、九条は自分で殺したことを証言している。その証拠としてノルディックとマウロの冒険者プレート。更にはマウロの食べかけ——ではなく、食べられかけの遺体と、ノルディックの遺体を提出している。
しかし、ノルディックの遺体は偽物。適当な人骨に肉を付け、ノルディックの鎧と武器を持たせただけの別人である。
この世界に遺体から身元を割り出す技術はない。だからこそ身分証明としてのプレートが存在しているのだ。
もちろん二人がミアを殺そうとしたことも、報告内容には含まれている。冒険者は担当を守らなければならず、やむを得ない状況だったと。
それを第二王女側が受け入れるわけがない。グリンダは九条に死刑を求刑し、第四王女側は正当防衛を主張する。
証人としてミアの出頭を命じられたが、九条はそれを拒み続けた。
(俺が地下牢に囚われている隙に、ミアの命を狙う輩がいるかもしれない。ミアの傍にいてやらなければ、守るものも守れない……)
ミアは九条のダンジョンに匿われている状態だ。もちろん護衛には四匹の従魔をつけている。
(食料の調達はシャーリーにお願いしているし、ダンジョンでの生活は問題ないはずだ……)
そして九条が捕らえられてから、二週間の時が過ぎた。
「マスター。また来ましたよ?」
「今度は何人だ?」
「えーっと……。三十人程ですね」
「終わったら教えてくれ」
「……。終わりました。五分と持ちませんでしたね」
「そうか……。ゴブリンたちには悪いが、また掃除を頼んどいてくれ」
「了解でーす」
それは百八番から九条への報告。九条のダンジョンに度々訪れては敗戦し、慌てて帰っていくのはニールセン公の兵たちだ。
第二王女グリンダが愛してやまないノルディックが死んだのだ。
(その気持ちはわからなくもないが……)
他の誰もが提出された二人の遺体を見て、本人であると断定しているにも拘らず、第二王女だけはそれを頑なに認めなかった。それはノルディックではない偽物なのだと……。
(愛のなせる業なのか、それともただの勘か……)
それを証明するとばかりに、派閥貴族の兵たちからノルディックの捜索隊が結成された。
何か証拠をとダンジョンに侵入しては、そのほとんどが元ノルディックであるデュラハンに惨敗し、戦意を喪失した数人が逃げ帰るという状況が続いていたのだ。
(ノルディックに関する何かを見つければ、貴族である自分たちの株があがる。必死にもなるか……)
訳もわからず殺されてしまった兵たちを憐れむ九条ではあったが、上司に恵まれなかったのを悔やむ他ないだろう。
デュラハンがいるというのは逃げ帰った兵からの報告でもわかっているはずなのに、十分な戦力も与えられず突撃を繰り返しているのだ。
(念仏の一つでも唱えてやりたい気分ではあるが、ここから出れるかが問題だな……)
九条がそんなことを考えながらベッドでごろごろしていると、ガチャリガチャリと近づいて来る足音。
それは九条の独房の前で止まった。
「出ろ」
鍵の束を持った看守の男が、湿気によって錆び付いた鉄格子の扉を開け、金属特有の甲高い音が辺りに響く。
「ようやくか。じゃあな、九条の旦那! 短い間だったが楽しかったぜ。元気でやれよ!」
「ああ。ゲンさんもな」
天井に向かって手を振る九条を見て、看守の男は顔を歪め後退る。
「そ……。そこに誰かいるんですか?」
「……知りたいか?」
九条はニヤリと不敵な笑みを浮かべ意味ありげに聞き返すと、看守は青ざめ「止めておきます」とだけ言って急ぐように地下牢を後にした。
地下を脱すると、今度はお城の階段を延々と登る。
(結果はどうなっただろうか。極刑も困るが、強制労働なんて言われてもやだなあ……)
そして連れていかれた先は、覚えのある貴賓室。そこは勲章を賜った時に使用した部屋。
「九条を連れて参りました!」
「ありがとう。どうぞお入りください」
九条はその声にも聞き覚えがあった。
「失礼します」
豪華な部屋。その中央のテーブルを囲んでいたのは、変わり映えしないいつものメンバー。
「よう、九条! 牢獄生活はどうだった?」
軽いノリで片手を上げるのはバイス。それにクスクスと笑顔を見せるのは、第四王女のリリーだ。
その隣でガチガチに固まっているのがシャーリーで、部屋の片隅に立っているのはヒルバーク。
その雰囲気は穏やかなもの。恐らくは悪くはない報告だろうと、九条は一足先に安堵した。
「ようやく出してあげることが出来ましたね。お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ、滅相もない。俺が勝手にやったことです。むしろこちらこそご迷惑をおかけしまして、申し訳ない……」
「いいんですよ。派閥の仲間を守るのも、わたくしの務めですから」
その笑顔に嘘はない。この人柄こそがリリーに人が集まる所以だ。
「これで、九条は今日付けで無罪放免となったわけだ」
「ありがとうございます。でもよく勝てましたね。正直言って難しいとは思っていたんですが」
「まあ、大変だったよ。最初からほぼ負けは確定していたようなもんだった。ダンジョンの不法侵入のみで人殺しはどう考えてもやり過ぎだし、俺たちの証言は証拠にはならん。正当防衛たる証拠を出せと言われてもそんなものないしな……。なあシャーリー?」
「えええ……ええ……。そそそそそうね……」
「ぶはっ、ギャハハハハ……」
シャーリーの返事を聞いて、なぜか爆笑するバイス。
「どうした? シャーリー」
その質問の答えは帰ってこない。九条を見つめるシャーリーの目は潤んでいた。
何かを訴えかけているようにも見えるが、それがわかれば苦労はしない。
「さっきからこんな感じなんだよ九条。王女様を前に上がっちまってんだろ?」
「そうなのか?」
シャーリーはそれに高速で首を上下に振った。
「あ……あんたたち。なんでそんなに素でいられるのよ。王女様よ? 偉いのよ?」
当然と言えば当然の事。王族になんて、会おうと思って会える存在ではない。シャーリーの反応こそが普通なのだが、逆に九条にはそれが新鮮に見えた。
「初対面で握手を求められた時なんか見ものだったぞ? 九条にも見せてやりたかったよ」
「ガルフォード卿? シャーリーさんに失礼でしょう? 笑うのは止めて差し上げなさい」
「申し訳ございません」
ゲラゲラと笑っていたバイスは、王女に窘められると、一瞬の内に真顔になった。
そのギャップが面白くて、逆に九条が吹き出しそうなほど。
「結局、どうやって無罪放免まで持ってこれたんです?」
その時だ。部屋の扉をノックする音。
「ちょうど来られたようですね。……どうぞ、お入りになってください」
その扉を開けたのは一人の使用人。その後ろから部屋へと足を踏み入れたのは、ギルド職員のグレイスとニーナだ。
二人は王女を前に跪き、深々と頭を下げた。
「二人がノルディックの全てを証言してくれたんだ。まさに逆転勝利って奴だな」
「……そうだったんですか。ありがとうございます。グレイスさん。ニーナさん」
二人は九条に向き直ると、同様に頭を下げ、ニーナだけが頭を上げなかった。
「九条様。本当に申し訳ございませんでした。個人的な罰があればなんでも仰ってください。私はそれだけのことをしました。どんな罰であれ甘んじて受けます……」
九条は驚きを隠せなかった。あの気丈に振る舞っていたニーナが、これほどまでに心変わりするとは思わなかったのだ。
ノルディックに利用されていたとはいえ、相当反省したと見て取れる。だが、九条にはそれだけで十分であった。
「偉そうに言える立場じゃないが、もう罰は十分受けたでしょう。それはミアに言ってあげてください」
ダンジョンで倒れていたニーナは、ノルディックにやられたと聞いていた。あれだけ痛めつけられれば、罰としてはやりすぎなくらいだ。
それで反省したのであれば、九条は何も言うまいと目を細めた。
顔を上げたニーナは泣いていた。それを自分の袖で拭い、また頭を下げたのだ。
リリーは表情を強張らせると、真剣な眼差しで九条を見つめる。
「九条。あなたは確かに無罪となりました。しかし、ノルディックを殺してしまったのは事実。民衆には納得していない人も多いでしょう」
もちろんノルディックだけではなく、九条の名もそれなりに知られてはいる。ノルディックでさえ持っていない勲章を受勲しているのだ。噂にならない方がおかしい。
だが、剣の道を極めた表向きには評判のいい男と、死霊術という怪しい魔法を行使し、あまり表に出てこない男。どちらが民衆の支持を集めるかと問われれば、言わずともわかるだろう。
「ええ。わかっています。用事がなければコット村からは出ないと思いますし、そこまで影響はないかと。それにプレートを隠してしまえば、俺とはわからないでしょう」
それに口を挟んだのはバイス。
「まあ、そうかもしれんが、ギルドからの呼び出しは増えるだろうな。まあ自業自得だが……」
「……え?」
「ノルディックがいなけりゃその仕事は誰がするんだよ。プラチナは少ないんだ。わかってただろ?」
「あ……」
九条が、ノルディックの仕事を心配するわけがない。とは言え、プラチナ限定の仕事は、九条に頼るしかないのが現状となったのだ。
「嫌です」
「嫌です——じゃねぇよ。急に凛々しげな顔して言っても無駄だ」
「そんなぁ……」
情けない表情を見せた九条。それを見ていたニーナとグレイスは目を丸くした。
ノルディックと比べてはいけないと思いながらも、九条のやる気のなさは本当にプラチナの自覚があるのかと疑うほど。
だが、それこそが九条なのだ。冒険者は多種多様。真面目に依頼をこなし高みを目指す者もいれば、最低限生活できるだけの収入があればいいと考える者もいる。
一見ふざけているようにも見えるが、根は真面目である。グレイスはニーナと違い、一度きりだがそれを間近で見ているのだ。
二人は、その激しいギャップに自然と笑みがこぼれた。
ギルドの規約で縛ってはいるが、本来冒険者とは自由なもの。今の九条こそが本物の冒険者なのだろうと……。