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16歳の春――

その日、私は両親と共に登城いたしました。


「まあ!」


案内に従い庭園に通されると、最初に満開に咲いたスリズィエが私達の目に入り、お母様が感嘆の声を漏らしました。


「見事なスリズィエですね、お母様」

「ええ、本当に綺麗」


スリズィエ――春になると可憐な薄桃色の花を咲かせ、その美しい姿で私達の目を楽しませてくれる春を象徴する花です。風に花びらがひらひらと舞う姿などは、もう言葉にできない程の心洗われる光景なのです。

それにスリズィエはアシュレイン王国の国花で、更にその5枚の花びらのレリーフが教会にも飾られている神聖な花でもあります。


「ここは特別な庭園でな。このスリズィエは城内でも屈指の大木なんだ」

「そうなのですか?」

「ああ、私もここには数えるほどしか通されたことがない」


お父様の説明では、この庭園は最重要な事柄を扱う時に使用される場所なのだそうです。それだけ私とアルス殿下の婚約に王家は期待しているのでしょう。

そうです、順序は逆になってしまいましたが、今日は私と婚約者となったアルス殿下の顔合わせが行われるのです。見事なスリズィエに目を奪われて気が付くのが遅れましたが、その大木の下には1人の男性が私達を待ち受けていました。


きらりと光るような冷たい白銀の髪に透明感のある淡い青色の瞳を持つとても美しい青年――


「私がこの国の王太子アルスだ」

「お招きにあずかり光栄の至りでございます。クライステル伯爵の長女ミレーヌでございます」


初めてお会いしたアルス殿下はその色調と整った面貌も相まって冷徹な印象を与える方でした。しかし、膝を軽く曲げてカーテシーをすると殿下は優しく微笑まれ、私はその美しい表情に思わず見惚れてしまいました。


「噂に名高い『アシュレインの翠玉』にやっと会えたな。しかし、その様な形容では言い尽くせぬ美しさだ」

「そんな……殿下のご尊顔に比べれば、私など霞んでしまいます」

「ふふふ、花園に舞う美しき妖精達でさえもミレーヌの美貌を知ればこぞって嫉視してしまうだろう」


アルス殿下の蠱惑的な甘い囁きに、私の意思とは別に顔が熱くなるのを自覚しました。この時の私はきっと耳まで赤くなっているでしょう。


「それに、聖女としての清廉な振る舞いも聞き及んでいる。とても素晴らしい女性だ」

「アルス殿下……」


熱くなった私の頬にアルス殿下のひんやりした手が添えられました。それがとても心地よく、私は舞い上がり、つい私は身を預けてしまいました。


この時の私の瞳には間違いなく熱い情念が宿っていたでしょう。

この出会いに……この瞬間に、私は恋に落ちてしまったのです。


ただ、それはアルス殿下に対してではなかったのかもしれません。今にして思えば、私が抱いた想いは恋などではなかったのでしょう。

それは、まだ未熟な少女が己の一方的に描いた夢想と現実のアルス殿下を勝手に重ね合わせた、ただの憧憬だったのではないでしょうか。

私は浅はかにも自分自身の恋に錯覚し、酔いしれてしれていたのでした。


そう、愚かな私は恋に恋しているだけでしかなかったのです……

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