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王都近郊のとある森――
私は両手を組み、神に祈りながら体内の聖なる気を高めていく。清らかな気を『神聖術』として発露し、私を中心として徐々に周辺へと広げる。すると、辺り一帯に生じていた魔が晴れていき、森が清浄な空気に包まれるのを肌で感じられるようになりました。
全てが済むと森に籠り始めていた魔の気配が完全に消え、私は立ち上がって、護衛として随伴してきた騎士の方々へと顔を向けました。
「お待たせしました」
「聖女様はいったい何をされておられるのですか?」
その騎士達の中で見覚えのない若い騎士が私に疑問を投げかけました。配属されたばかりの方のようです。
「これは大地を侵食している魔を浄化し、この森に神の祝福を施しているのです――」
この世界には魔が絶えず循環しています。しばらくすると魔が大地に蓄積され、やがて滞留した魔が他所から魔を呼びよせます。それらの魔が1つの塊となると、そこから魔獣が生まれてしまうのです。
魔獣を討伐すれば魔は祓われますが、こうやって魔を浄化し、土地に祝福を施していれば魔獣が生まれ難くなります。しかも、他の地より魔獣が近づいてくることも少なくなります。
「――だからこうして定期的に王都近郊で魔が蓄積しやすい場所を浄化しているのです」
「はあ……そうなのですか?」
私の説明に若い騎士はあまり得心がいかなかったようで、首を傾げてしまいました。
「森の空気が清らかになったのを感じませんでしたか?」
「申し訳ありません。自分にはよく分かりません」
王都近郊は昔から聖女が浄化を繰り返してました。ですから地方と比べて魔の蓄積が圧倒的に少なく、魔を祓ってもその微妙な変化を感じるのは難しいのかもしれません。まあ、そのお陰で王都周辺には魔獣の被害が殆どないわけですが。
王都では当たり前となっているので、この浄化の『聖務』をことさらに誇るものでもないのでしょうけれど。
「それでは聖務にお付き合い下さりありがとうございました」
「いえ、職務でありますから!」
騎士団に守られながら王都へと帰り着くとは私は騎士達に礼を述べて教会のエンゾ様を訪ねました。このところ聖務の他に王太子妃教育で忙しく、エンゾ様のお顔を見ていなかったので無性にお会いしたくなったのです。
「あら、ミレーヌいらっしゃい」
顔を出すとエンゾ様は満面の笑みで私を抱擁してくださりました。
「ご無沙汰して申し訳ございません」
「何を言うの謝るのは私の方。ごめんなさい、大変な聖務をミレーヌばかりに任せてしまって」
「エンゾ様が気に病む必要はございません。私は王国の聖女として聖務に従事できる事を誇りと思っておりますので」
ご高齢のエンゾ様に郊外へ赴く浄化や魔獣と対峙していただくのは心苦しく、これら聖務の大半は私が務めておりました。
「だけど、ミレーヌは次期王太子妃としての責務もあるでしょう?」
「聖女としての聖務に王妃様はご理解がありますので大丈夫です」
確かに妃教育と聖務の掛け持ちはとても大変です。ですが、これも国のためであり、貴族の娘として生まれた責務であり、神より聖女の使命を賜った者の定めであると思っていました。
思えば令嬢時代で、この時が私にとって一番幸せな時期だったのかもしれません。
「そう言えば、ちまたで噂の聖女の話はミレーヌも聞いたかしら?」
お顔を拝するだけと思っておりましたが、引き留められ一緒にお茶を頂いている時にエンゾ様がふと口にしたのは、最近この王都で話題となっている聖女のことでした。
「はい、聞き及んでおります。聖女が市井に現れたとか」
「喜ばしい話なのだけど、既に妙齢の娘との話でしょ?」
「私も詳しくは存じ上げませんが、どうもそのようです」
その事は私も疑問に感じました。
「洗礼の儀式で判明しなかったのがどうにも……」
私の時もそうでしたが、聖女ならば洗礼の儀式で体内の聖なる気が反応を示すはずなのです。
「これが本当で貴女の負担を減らせるのなら良いのだけれど」
「私のことはともかく聖女が増えるのは国と民の安寧にとって喜ばしいことです」
「全く貴女という娘は本当に真面目で頑張り屋さんね」
エンゾ様はくすりと優しく笑いました。
「ミレーヌは私の誇り、私の自慢よ」
「エンゾ様……」
エンゾ様のその言葉だけで私の胸はいっぱいになりました。
「だけど、もう少し弱音を吐いて甘えてくれたら……もっと嬉しいのだけれど」
これは私の我が儘かしらね、と笑うエンゾ様の私に向ける眼差しはとても優しく温かい。
これらのエンゾ様と過ごした日々の思い出は、今でも私の大切な大切な宝ものです……