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車で約三十分、辿り着いた先は隣町にある十階建てのマンションの敷地内。
駐車場に車を停めた航海くんに降りるよう促された私は車を降りると、嬉しそうに部屋の鍵を手にした彼に付いていく。
「あの、ここに今日から航海くんが住むってことですか?」
「そう。ようやくなんだよ。ずっと憧れてたんだよなぁ、マンション暮らし!」
「そう、なんですね」
確かにこんなに立派なマンションに住むのは嬉しいかもしれないけど、そこまで喜ぶことなのだろうか。
何だかよく分からないままエレベーターに乗って航海くんが住む部屋のある五階へやって来ると、降りてすぐの場所にある部屋の鍵を開けて中に入る。
「おー! やっぱいいなぁ、灯りはセンサー式だし、床暖房完備! ボロアパートとは大違いだぜ」
どうやら航海くんの元の家は古めのアパートだったようで、マンションの設備に感動しながらリビングへと歩いて行く。
部屋の中には家具など生活に必要な物一式が揃っていて、この部屋に住むことはついさっき決まったはずなのに、何故生活が出来るよう整えられているのか謎だった。
「今飲みもん淹れるから、愛結はソファーに座ってて。コーヒーでいい?」
「え? あ、それなら私が……」
「いいって。いいから座ってな」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
リビングに入り、飲み物の準備をしてくれる航海さん。
してもらってばかりで申し訳ないけれど、手伝いを断られてしまった私はソファーに座って彼が来るのを待つことにした。
「ほら、熱いから気を付けろよ」
「ありがとうございます」
コーヒーを淹れ終えた航海くんが二つのマグカップのうちの一つを手渡してくれると、彼は私のすぐ横に腰を降ろした。
そして、ゆっくり一口飲んで一旦カップを置くと同じくカップをテーブルに置いた航海くんが、
「早速本題に入るけど、愛結をそんなにした奴は、誰なんだよ?」
「…………」
私のこの傷跡について聞いてきた。
「これは……転んで……」
「あのな、そういう嘘はいらねぇから。つーかさ、お前そんなにされてんのに庇うとか正気な訳? いいから、隠さねぇで言ってみな」
初めはそれに「転んで出来たもの」だと説明したけど聞き入れてはもらえず、本当のことを話すよう再度尋ねられる。
勿論、私のこの傷だらけ、痣だらけの顔や身体は転んで出来たモノではない。
ただ、それを口にするのが怖いだけ。
これまでも、本当のことを口にしてそれが発覚するたびに、余計に殴られてきたから。
それを思い出しただけで身体がガタガタと震えだす。
「おい、大丈夫か?」
「……っはぁ、……」
そんな私を心配そうに見つめながら「大丈夫か」と問い掛ける彼にゆっくり頷いて見せてはみるけれど、震えだけではなくて呼吸も荒くなり、息苦しくなってくると、
「――落ち着け。ゆっくり深呼吸しろ。大丈夫、ここに居れば安全だから、もう殴られたりしないから」
身体をふわりと包み込むように抱き締めてくれた航海くんが、優しく背中を撫でながら「大丈夫」を繰り返してくれた。