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目から鱗だった。
ユーリンが言うことは冷静に考えればその通りで、父や母は俺を純粋に褒めていたのかも知れなかった。
子供の頃、小さくて細くて、父には叱られてばかりだった。兄たちと比べられて怒鳴られてため息をつかれて、俺はいつも期待に応えられないことにおびえていた。
兄たちにもからかわれ、馬鹿にされる日々で、あの頃俺は毎日がつらくて仕方がなかった。
そういえば、いつからだろうか。
父にも兄たちにも厳しい言葉をかけられなくなったのは。
初等科の学園に入る時の魔力測定では特に目立ったところはなかったと思う。せいぜい魔力持ちの中には入るという、それくらいだった筈だ。
八年の学習を終えて中等科に入る十五の年には、常に魔法関連の科目ではトップが取れるようになっていたし、その頃には「順位を落とすなよ」とは言われるものの、叱られるということはなくなっていたのかも知れない。
「リカルド様?」
「ああ、すまない」
記憶を掘り起こすのに集中してしまったあまりに、ユーリンをほったらかしにしてしまったようだ。
「そういえば、Aランクの魔物の討伐って進捗どんな感じですか?」
「ああ、これだけ登っているというのに、意外とAランクとは遭遇しなくてな。だが、もう山頂も近い。山頂に飛龍の巣があるのは確実だから、あと二、三日もあれば攻略できるだろう」
この暮らしもあと二、三日か。少し寂しいものだ……ふと、そう思った。
「それなんですけど」
「なんだ?」
「あたし、一緒に行っちゃダメですか?」
「なに!?」
自分でも驚くくらいに大きな声が出た。それくらい、突拍子もない提案だ。
「馬鹿なことを言うな、Aランクの魔物といえば、命を落とす可能性のほうが高い。許せるわけがないだろう」
「それはリカルド様も一緒ですし」
「俺には転移がある」
「じゃあ、転移で戻るときは私も一緒に連れて戻ってくるとか……難しいですか?」
「そう簡単にいくとは限らないだろう!」
ユーリンをそんな危険な目に合わせるだなんて、絶対にムリだ。
「あたし考えたんですけど。あたしって格好の魔物の餌だっていってたでしょう? あたしがいたら魔物が寄ってくるんじゃないかなって」
俺は度肝を抜かれた。
確かにそうは言ったが、自らをおとりにしてAランクの魔物をおびき寄せようだなんて、狂気の沙汰だ。
「だって、狩ってくる魔物のランクも重要ですけど、経過日数も成績には重要でしょう? あたしにできることなんてそれくらいしかないから」
「そんなことをしなくても、あと数日で大丈夫だと言っているだろう」
「たぶん、リカルド様の言う通りなんでしょうけど……でも、やっとあたしも少しは戦える手段ができたし。ちょっとは役に立ちたいなって思っちゃって」
「気持ちは分かるが危険すぎる。頼むから、ここで待っていてくれないか?」
「そう、ですよね……ごめんなさい、わがまま言って」
明らかに落胆した顔を見ると可哀想な気持ちになるが、これだけは流石に是とは言えない。そもそもAランクに挑むのは俺の勝手な都合だ。その危険に彼女を巻き込むことだけはしたくなかった。
すっかりしょげたまま丸くなって眠ってしまった彼女に、申し訳ない思いを抱えながら悶々としていたら、おなじみのザーーーーー……というノイズのような音が響く。
「よっ! そろそろ魔物ゲットしたかぁ?」
「ジェード……またお前か。こう頻繁に念話してくるな。眠れん、迷惑だ」
「うっわ、いつもに増して機嫌が悪い……ってことは、ユーリンちゃんとなんかあった?」
げんなりする。まったく、なんだってこいつはこんなにも察しがいいんだ。
「あちゃー、いい感じで仲良くなってきたなぁと思って安心してたんだけどな。で、何があった?」
「関係ないだろう」
「ま、ないけどねー。で? 本当は結構落ちこんでるんでしょ。オニーサンに話してみなさいって」
俺はため息をついた。本当にコイツには敵わない。俺がうまく言葉にできなくてついつっけんどんな態度をとってしまっている時は、こうして察して重ねて聞いてくれるのだ。正直、申し訳なくもありがたくも思っている。
この勘の良さが俺にもあれば、もっと他者との関係もうまく構築できるのだろう。
「すまない」
「分かってるって。さ、話した話した」
いつも思うが、ジェードの懐の深さには感心する。本当に頭があがらない。
ジェードの親切に甘え、俺は今日のユーリンとのあれこれを、できる限り言葉にする。会話があまりうまいとは言えない俺の話を、ジェードは時に聞き返し、時に整理したりしながら聞き出していく。
「へえ、すごいじゃないか! ついにユーリンちゃん、才能開花したんだ!」
「ああ、凄まじいぞ。俺でも翻弄されるほどの魔力だった。だが……」
「あれ? なんか問題でもあるの?」
「Aランクの魔物討伐に、一緒に行きたいと言い出した」
「うわ、自信がついたのかな?」
「それが、おとりになると言うんだ。さすがにそんなこと、させられるワケがないだろう?」
それを聞いたジェードは、「なるほどね」と呟いたまま、しばらく考え込んでいるようだった。
「……そこまでして役に立ちたいんだね、きっと。連れて行かないっていうリカルドの判断は正しいと思うよ。でもオレは、ユーリンちゃんの気持ちもなんとなく分かるんだよね」
「そんなものか」
「うん。他のことでもいいから、ユーリンちゃんにも頼ってやりなよ」
いつになく歯切れの悪い言葉を残して、ジェードは「じゃ、またね」と念話を切る。
ジェードが言いたいことがうまく理解できていない気がして、俺はいつにも増して眠れない夜を過ごす羽目になってしまった。