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宮殿の作戦会議室。
皇帝自ら指揮をとり、対ゼゲル戦の準備が着々と進められていた。
「ゼゲルは周辺の村を襲い戦力を増やしながら徐々に南下しております」
「これ以上の前進を許せば帝都に攻め入られてしまう」
「中途半端な戦力を出すのは危険ですね。敵の戦力を増やすだけだ」
今やゼゲルは帝国を脅かす脅威だ。
オレの仕事は物資調達と支援だが、それでもやれることは多い。
「忙しないのう。滅ぶ前の人はいつもこうじゃ」
他人事のように14歳の少女が欠伸をした。
イリスだ。皇帝に連れてくるよう命じられていたのだが、失礼過ぎる。
「おい、失礼のないようにしろ」
「人が滅ぼうがどうでもいいし。そもそも、わし関係ないしのう」
イリスはエルフとサキュバスの混血だ。
人がオークに襲われて滅びようとどうでもいいのだろう。
「あいつとも会えなそうじゃしな。もう、帝国なんて滅んだらいいんじゃ」
そうぼやいた瞬間、皇帝の視線がイリスを捉える。
「カルマよ。先々代皇帝ジークに会いたいか?」
カルマと呼ばれたイリスの動きが止まる。
なんだ、こんなに緊張するイリスは初めて見た。
「え、会わせて。くれるのか?」
困惑と期待で声が震えていた。
皇帝が続ける。
「協力するなら、会わせてやる」
「お、お待ちください。危険です」
慌てて眼鏡をかけた秘書官の女が止めに入るが、皇帝の気は変わらなかった。
「案ずるな、カルマは事情を理解しているし。アーカードだって言いふらすほど馬鹿ではない」
「人類にとって死すべき邪悪であるカルマをこれまで生かしておいたのは、今回のような事態を想定してのことだ」
皇帝は再びイリスに問うた。
イリスの答えは「会いたい、その為なら何でもする」だった。
先々代皇帝ジークが既に死んでいることなど、帝都に住む者なら誰でも知っている。
死んだから代が変わり、次代の皇帝が即位したのだ。
そもそも、生きているとすれば150歳を超えているはずだ。
人間にしては長生き過ぎる。
そのジークに会うとはどういうことだ。
墓に手を合わせるつもりなのだろうか。
「いや、ジークは生きとるよ。今でも生きておる」
「でなければ、会おうなんてせんわい」
薄暗い宮殿の地下を歩きながら、イリスが告げる。
先導する眼鏡の秘書官はぎゅっと口元を固くした。
「こちらです」
案内されたのは、固い鉄の扉だ。
部屋というより牢獄に近い。先々代皇帝を幽閉している?
錠前を外し、扉を開けると。闇が広がっていた。
秘書官が掲げるランタンの光が、部屋の隅で縮こまっていた老人を照らす。
「ジーク!!」
ひと目見たイリスが走り出し、骨と皮だけになった老人を抱きしめる。
「う、ああう。あ」
ジークは何が起こったのか理解できていないようだ。
それでも、イリスはジークを抱きしめ続けていた。
秘書官によると、100年前ジークは女神ピトスと契約し【不死の呪い】を受けたのだそうだ。
かけられたのは不死の呪いであって、不老ではない。
頭はぼけ、身体は衰え、弱り切っても。ジークは死ねずにいる。
「ジーク、会いたかった。会いたかったんじゃあ」
イリスが何を話しかけても、ジークは何も反応しない。
不死ということは800歳のイリスより長生きするのか?
想像するだけで悍ましい。
生き地獄とはまさにこのことだ。
秘書官は語らなかったが、ジークはイリスのことを愛していたのだろう。
長命種であるイリスと同じ時を生きる為に、不死の呪いを受けた。
老いさばらえ、醜いと地下に閉じ込められても、イリスと共に生きたかったのか。
「あ? う、あ?」
だが、それは愚かなことだ。
先ほどからイリスに接触しているのに、イリスの姿が変わらない。
対象の願望を汲み取り、体現するスキル。
【其は願望の影】が機能しないということは、ジークにはもう願望がないのだ。
目の前にイリスがいることすら、気づけないでいる。
イリスとジークはこの痛ましい逢瀬をいつまで続けるつもりなのだろう。
長命なイリスだって、いつかは死ぬ。
その後もジークは生き続けるのだ。
よく見ると、ジークの身体には膨大な傷があった。
殺しても死なないのだろう。
イリスは最近の出来事をジークに語りかけ、ジークの腕を掴んで自分の頭を撫でさせる。ジークは終始遠くを見つめながら、意味不明な言葉を呟き続けていた。
限られた時間を幸せなものにする為、それでもイリスは明るく振る舞い続ける。
最後には優しい口づけと共に、別れを告げた。
「じゃあの、ジーク! また来るからの!」
鉄の扉が閉まると、イリスの笑顔が絶えた。
無理をしていたのだろう。
まるで自傷行為のようだ。
秘書官は「本日はもう帰られた方がよろしいかと」と事務的に告げた。
宮殿を出て帰路につくと、憔悴しきったイリスにぎゅっと袖を引かれる。
「なぁ、アーカード。今日はわしを抱け」
弱り切ったイリスが続ける。
「たまには慰めてくれ。いいじゃろ、それくらい」
オレは断ることができなかった。