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数日後の成田空港。
「……遅いわね、あのバカ」
火野が苛立ち混じりに三本目のタバコを吹かした頃、葉弐が額に汗を浮かべて全力疾走で現れた。
「待たせたな! 効率的にパッキングしてたら逆に時間食っちまった!」
「置いていくわよ」
冷たく言い放つ火野だったが、葉弐がコンビニ袋から「はい、これ」とタバコ三カートンを取り出すと、彼女の眉間の皺がスッと消えた。
「……やるじゃない。あんた、たまには気が利くわね」
「だろ? さあ、行こうぜ!」
だが、保安検査場(セキュリティ)で問題が起きた。アホライダーがゲートをくぐった瞬間、鼓膜を劈くようなブザー音が鳴り響いたのだ。
「お客様、失礼ですがその……頭部の造形物は……」
係員が困惑して近づく中、葉弐がすかさず前に出た。
「ああ、これっすか! こいつ、重度の特撮マニアでして。不治の病で『仮面を脱ぐと精神が崩壊する』って診断されてるんですよ。これ、医師の診断書(自作のメモ)っす。外すとマジで暴れるんで、勘弁してください!」
葉弐のあまりにも堂々とした嘘と、アホライダーの不気味なほどの静止。係員は「……左様ですか」と引き下がり、なぜか同情の目で見送られた。
機内では三人が並んで座った。
窓の外の雲海に目を輝かせる葉弐、コーヒーをすすりながら洋書を捲る火野、そして何もせず一点を見つめるアホライダー。
そこへCAが笑顔で「Beef or Chicken?」と英語で問いかけてきた。
葉弐は「……びーず、おん、きっちん?」とオウム返しにするのが精一杯。
アホライダーに至っては「……呪文か?」と火野を見る始末だ。
「牛肉か鶏肉、どっちがいいのよ」
火野の問いに、葉弐が「ビーフで!」と答えると、彼女は流暢な英語でCAに注文を通した。
「……なんだ今の。魔法か?」
アホライダーの問いに、火野はコーヒーを一口飲み、冷たく言い放った。
「あんたには一生不可能なことよ」
そして十数時間のフライトを経て、三人はラスベガス・マッカラン国際空港へ降り立った。
空港を出た瞬間、不夜城の圧倒的なネオンと、乾いた熱気が彼らを包み込む。
「……すげえ。本当に全部が光ってやがる」
手元に残ったのは、航空券代や雑費を差し引いた、わずか二十万円。
「見てろよ、これを朝までに一億にしてやる!」
鼻息を荒くした葉弐は、大型カジノのフロアへ突撃した。ルーレットの赤に全賭けし、ブラックジャックで無謀にダブルダウンし、スロットマシンに呪詛を吐きながら札を吸い込ませる。
……一時間後。
「……ゼロ。綺麗さっぱり、ゼロだ」
膝から崩れ落ちる葉弐に、火野がウイスキーのグラスを傾けながら冷たい視線を送る。
「……あんた、本当に効率の欠片もないわね。野宿でもする?」
その時、体格の良い酔っ払った白人男性が千鳥足で近づき、アホライダーの仮面に触れようとした。
「おい、なんだこの妙なコスプレは! 剥がして見せろよ!」
アホライダーは無言で、その男の胸元を軽く、だが的確に突き飛ばした。
「ぶべっ!?」
男は数メートル吹き飛び、スロットマシンの台に激突してそのまま気絶した。
フロアが静まり返る中、一部始終を影から見ていた一人の男が歩み寄ってきた。仕立ての良いスーツを着た、鋭い眼光の東洋人だ。
「……いい反応だ。貴様、その姿……見せ物ではないな?」
男はアホライダーを品定めするように見つめると、懐から一枚の黒い紙切れを差し出した。
それは、血のような赤い文字で記された「地下トーナメント」への招待状だった。
「賞金付きの格闘大会だ。貴様のような『飢えた獣』を求めている場所がある」
「……賞金だと?」
葉弐がガバッと起き上がった。
「おい、いくら出るんだ!?」
「優勝賞金は……五十万ドル(約七千五百万円)。……興味があるなら、今夜、指定の場所へ来い」
「ご、五十万ドル!? 七千五百万円!!」
葉弐の目がドルマークに変わった。
「僕も、僕も出れるのか!? 僕だって蹴り技なら負けないぞ!」
「……招待状がない者は、予選を勝ち抜く必要がある。生き残れるなら、好きにするがいい」
男はそれだけ言い残し、人混みの中へ消えていった。
アホライダーは手の中の黒い紙切れをじっと見つめ、複眼を妖しく光らせる。
「……五十万ドル。それだけの金があれば、お前は満足か、葉弐?」
「満足どころか、大満足だ! 効率的すぎる! 行くぞアホライダー、一発逆転だ!」
欲望と暴力の渦巻くベガスの夜。
三人は、さらなる深淵へと足を踏み出そうとしていた。