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「あ、じゃあさ。はんちゃんとはどこ行ってんの?」
「はんちゃんかぁ……」
元は下唇を軽く噛んで、少し空を仰ぐように考え込んでいる。
親友のはんちゃん相手でも、遊びに行った場所を思い出せないなんてことがあるんやろうか。
「はんちゃんとは遊ぶっていうより、休憩時間に一緒にご飯食べるとか、帰りに一杯飲みに行くとかやから。こうやってわざわざどこかへ行くのは、初めてかも」
あー、残念。はんちゃんをダシにして、「俺もそこ一緒に行きたい!」って会話を広げるつもりやったのに。
……いや、待てよ。仕事帰りに一杯ってことは、元はお酒が飲めるんか。なら、おすすめの居酒屋に連れて行ってもらうっていうのもええな。
「じゃあ、今度――」
意を決して、次の言葉を紡ごうとした俺の視界に、ぬっと手が割り込んできた。
「はい、元。チョコとイルカのチュロス~」
「うわ、可愛い! イルカのチョコついてる!」
現れたのは、ニコニコ顔のはんちゃんだった。元はもう、さっきまでの俺との会話なんて忘れたみたいに、チュロスに夢中になっている。
続いて、空から「これ、もとちゃんの」と、プレーンのチュロスを渡された。
「もとちゃん、甘いの苦手やろ? やからトッピング、全なしにしてもらったから」
「……これ、砂糖すらついてへんねんな?」
もうすでに一口齧り付いているはんちゃんのチュロスには、これでもかってくらいトッピングチョコがかかっている。空のは言わずもがな、ストロベリーチョコが綺麗にコーティングされていた。
「え、トッピングってその場でしてもらえるん?」
「うん。店員さんはシュガーをかけようとしてくれたんやけど、くうちゃんが『それ、全部振り落としてください!』って」
「ほんま、お前はいっつもいっつも、いらんことばっかりするな? そういうもんはプロに任せとけ!」
ふざけ混じりに空を叱ると、当の本人は手を叩いて大喜びしている。
……え? ところで、空のチュロスはどこ行った?
見れば、いつの間にかはんちゃんが、空の持っていたはずのストロベリーチュロスを頬張っていた。
「……はんちゃんって、たまにジャイアンに見えるよね」
俺がはんちゃんの持っている、空のストロベリーチュロスに釘付けになっていたら。元もそれに気づいて、ぼそっと俺に耳打ちしてきた。
「……しずかちゃんの皮を被ったジャイアンやな」
ふっと吹き出して、無味のチュロスを口に運ぼうとした――その瞬間。ポイっと、何かを口に放り込まれた。
「ん!? な、何!?」
あまりの恐怖に、元の方を向いて確認する。びっくりしすぎて、噛むことすら怖かった。
「俺のイルカさん、あげるわ。それでちょっとは甘くなるやろ?」
舌の上に、じんわりと甘みが溶け出してくる。俺がまだ驚いた顔のまま固まっているのを見て、元は「しししっ」といたずらっ子のような悪い笑顔を浮かべた。
「ほんま、びっくりしたやん! 悪いこと禁止!」
子供を嗜めるみたいに「めっ」とデコをぺしっと叩くと、それすら嬉しそうに笑っている。
「……ん。でも、美味しいかも。俺、甘いの克服したかもしれん」
ポリポリと少し硬めのイルカを噛み砕きながら、チュロスを口に放り込む。
……うん。俺、甘いのはいけるようになったけど、無味が苦手になったわ。
「ほんま!? じゃあさ、俺の家の近くにいいカフェあるから一緒に行かへん? もとちゃん、ブラックコーヒーしか飲まんから、誘うの遠慮してたんよね」
満面の笑みで、俺のことを誘っている。
え……? 誘われてる? これ、誘われてるやん!!
「行く!! 絶対!! 約束な?」
思わず元の手を取って、ブンブンと振り回す。やった! 今日と明日だけじゃない。これからも、俺らは続いていけるんや!
突然、イルカショーの開始を告げる音楽が会場に鳴り響いた。
ずっと楽しみにしていたショーを、今、好きな人と見ている。こんな幸せなことって他にあるか?
……いや、待て。俺、はんちゃんと席を入れ替わったままやわ。
元だって、楽しみにしていたショーは好きな人の隣で見たいはずやろ。
「……元、ごめん忘れてた。席変わるわ。はんちゃんの隣、行き?」
できる限りの声を絞って耳元で話しかけたけれど、「ん?」と聞き返されてしまった。
音楽にかき消されたのか、それとも。
「……ううん、なんでもない」
そんなに可愛い顔で、子供みたいに笑って。
ごめんな、元。
もうちょっとだけ、無神経な友達のままでいさせてな。
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