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「疲れたぁ。何年ぶりやろ、こんなにはしゃいだの」
旅館の部屋に着くやいなや、一番に畳へ寝転んで大の字になったのは空やった。
……いや、空は別部屋をとったんやんな? 荷物ごとここに置いているってことは、結局こっちで寝るつもりなんやろうか。俺としては、自制がきくからありがたくもあり――正直に言えば、少し残念でもある。
「女将さんが、ご飯の時間選べるって言うてたよ。ご飯か温泉、どっち先にする?」
「……お前ら、はんちゃんと一緒に入れると思うなよ?」
返事をする前に、寝転んだまま肘で頭を支えてこちらを睨む空から、鋭い牽制が飛んできた。
「そんなもん、空さんが来た時から期待してへん」
「……来る前はしとったってことやろ! そもそも、はんちゃんとのお泊まりで露天風呂付きの部屋とか、ハッスルしすぎやろ!?」
空が目くじらを立てて、元に喧嘩を売っている。けれど、元は楽しそうに笑っていた。これが空なりの冗談なのだと、もう見抜いているらしい。
「でもさ、露天風呂言うても四人はきついやん? 二組に分かれたらいいんちゃう?」
はんちゃんがさらりと言った言葉に、心臓が跳ねた。
それって……確実に、元と俺がペアになるってことやん。
「決定! それにしよ」
空がさっきまでのダラダラが嘘のようにシャキッと立ち上がり、風呂の用意を始めた。「先にシャワー浴びた方がええよな?」とか「一緒に浴びる?」とか、もう俺らの反応なんてお構いなしや。
「え、ご飯はどうするん? 俺、ご飯は四人で食べたい」
意外やった。
俺が露天風呂のペアのことで頭がいっぱいになっているのに、元が四人で食べることにこだわっていたのが。
……それくらい、空の存在が自然になったんやな。
あんなに警戒して、はんちゃんを奪い合うライバル視していたはずやのに。
いつの間にか四人でいる時間を望むようになっている元の変化に、驚きを隠せなかった。
「あー、じゃあご飯は一番ラストの時間にしてもらって、もとちゃんと二人で外散策してくる? 出店もあったし、楽しそうやったやん」
「確かに。夜しか味わえへん雰囲気もあるしな」
空とはんちゃんの提案。ほんまは嬉しいはずやのに、俺は心底乗り切ることができなかった。
だって、元こそ、はんちゃんと行きたいんじゃないの?緊張してご飯も食べられへんくらい楽しみにしてたはずやのに。二人きりになれるチャンスを、全て俺が奪ってる感じがする。
「……俺、ご飯食べてからゆっくり大浴場に行ってくるわ。散策も、ご飯の時間までにみんなで行かへん?」
「……まあそれもええけど。なぁ? もとちゃん?」
空の圧が怖い。わかっている。二人がしっぽり露天風呂を楽しみたいのも、俺に協力しようとしてくれているのも、痛いほどわかる。
「元はどうしたい?」
思わぬはんちゃんの問いかけに、緊張が走る。
「……俺は、もとちゃんとゆっくり散歩してくるから。はんちゃんと空さんも、ゆっくり露天風呂入って?」
その笑顔は、本心なんやろうか。
ほんまやったら、自分がはんちゃんと露天風呂に入れていたはずやのに。
あまりに健気に見えて、俺の方が泣きそうになった。
「……ごめんな? こんな形になって」
宿の外に出た途端、抑えつけていた申し訳なさが夜風とともに込み上げてきた。
そんな俺を、元は相変わらずの笑顔で「何が?」と振り返った。
「……はんちゃんと露天風呂、入りたかったやろ?」
「あー、もとちゃん! 俺の事下心ありありや思ってたやろ! ていうか、もとちゃんも、入れんで残念でしたぁ」
しししっと、本心かどうかわからん笑い方で誤魔化される。
もう、俺はどうしてええかわからんわ。
「……試したかっただけやから」
「……え?」
「俺さ、男の人を好きになったのは、はんちゃんが初めてやったんよ。それまで、好きになるのもお付き合いするのも、全部、確実に女の子やった」
「……うん、それは俺も一緒やわ」
口ではそう同意しながら、俺の胸の奥は騒がしい。俺は今、十年ぶりに目の前の男の子に、痛いくらいときめいてしまっているんやけどな。
「……はんちゃんのこと好きやなって思い始めて、ほんま二、三年考えててん。これはなんなんやろう、恋なんか、友情なんかって。で、これは確実に恋や!って突っ走って告白してみたんやけど……。声に出して言うたら、あ、なんかちゃうな、って二秒後に取り消した」
「え……」
なんやそれ。結局、はんちゃんのことは友達として好きやったってことか?
ということは、男である俺が、元に、恋して好きになってもらえる勝ち目なんて……最初からどこにもないんか。
「多分さ、俺、はんちゃんのことを女の子というか……可愛い生き物として見てるんちゃうかなって思って。一回、はんちゃんの裸を見て、何とも思わんかったら、そこで一旦気持ちをリセットできるやん?」
「……まあ、確かに」
あー、もう。俺の恋、始まった瞬間に終わったわ。
そりゃそうや。幼馴染の俺らは、はんちゃんと小さい頃から当たり前に一緒にいて、恋に変わることも自然な流れやった。けど、元は元の普通の世界を、真っ当に生きてきたんやもんな。
急にあんなに可愛い男の子が目の前に現れたら、そりゃ、脳だってバグるよな。
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