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スマホで色々と情報を見ていると、いろんな広告が出ては消えていく

南雲はそんな広告の海の中で、ふと何かの勘が働き、小さな広告をタップしていた。

【添い寝屋/リラクゼーション・GoodSheep】直訳で【良い羊】だ

確かに、睡眠といえば羊を数えるところからだ、【Good Sleep/良い睡眠】と掛けた店名なのかな…と南雲は勝手に納得した。

たくさんの注意書きの中で、店は【性的行為は、サービス内には含まれておりません。キャストへの性的行為は一切お断りさせていただいております。】と確固たる拒否を表明している

「添い寝って…デリヘルとなにが違うの?って感じだよね〜」

スマホの画面を眺めながら、南雲は独言る

南雲に添い寝だけ…と言って関係を迫って来る異性は、数えきれない程いた。

もちろん、気持ち良ければなんでもいいの精神で随分と楽しんできた…南雲が屈指の殺し屋でなかったら、その異性達に優に100回ぐらいは殺されていただろう

その独り言に誰も答える者はいないが、興味本位でポチポチと適当な情報を入れていく…頼む気はないが、どんな人がキャストとしてこのお店で働いているのだろうか

初回の客は、決められたキャスト内で選択するらしい

多分、誰とでも話せるような気負いしない子…と言う事なんだろう、可愛い系…綺麗系…(僕の方が可愛いし綺麗だもーん)

そんな事を考えながらスワイプをしていると、いつの間にか選択欄は男性キャストに移動していた。

女性キャストと比べるとあまり人数はいないようだが、流し見していた南雲の指が止まった。

【朝倉くん】という名前もそうだが、プロフィールに添えらた顔をスタンプで隠した写真がどうしても…旧友の店にいるワンコに見えた。

「シン君…な、訳ないよね〜!あっはっは〜!!この世には似てる人が3人いるっていうし!!」

自分に語りかけるように、南雲は笑いながら【朝倉くん】をタップし、添い寝を依頼することにした。

南雲という男は、半信半疑でも面白そうであれば、しっかりと備考欄には要望を書き込む男だ

コースは【朝まで添い寝:朝食付き】

訪問時の挨拶は「ただいま」、こちらの呼び方は「なっちゃん」…コレはふざけ過ぎたかな、と思いつつもしっかり書き込んだ

【朝食付き】は、キャストが手作りしてくれる…面倒だがコレもある意味南雲が好奇心に負けた。どんな不味い飯を食わされるかお手並み拝見だ

家に着く前にメールをするように添えて、全ての設定を終えた。

スタンプで大半は隠れていたが、【朝倉くん】も金髪だった…きっと安い脱色剤で色を抜いてギシギシなんだろう

天然の金髪のシンくんとは大違いだ、顔が似てたらちょっと揶揄っちゃおう…似ても似つかない不男なら追い出せば良い

どうせ一回きりなのだから…と、南雲は気楽に考えた。

さあ、一体どんなそっくりさんが自分の家を訪ねて来るのだろうか…南雲は予約した日を楽しみに、ORDERの仕事をこなして行く

いつも以上にルンルンで仕事をしている南雲に、ORDERメンバーも気味悪く思いながら過ごすこと数日…

とうとう、その日が来た。

夕食は客が提供すると書かれていたので、南雲は、いくつかの食事をテイクアウトして置いた。

予定時間が間近になり、スマホのメールフォルダに受信メールが入った。

『GoodSheepの朝倉です。あと五分ほどで着きます。』と簡潔に入っている

今か今かと待っていると─ピンポーン!─と家のチャイムが鳴った。

わざわざドアスコープを確認するまでもない、もし自分に送られた刺客であったとしても、迅速に対応できる自信がある…南雲は扉を開けながら

「お帰りなさい、朝倉くん!」

と声を掛けた。

ドアの前にいた朝倉は「ただいま、なっちゃん!」と返事を返したが、ドアの前には…コレでもかと大きな目を見開いたシンがいた。

マスクで口元は隠れてしまっているが、明らかに動揺して見開かれた目がウロウロとしている

確実に南雲である事を認識し、慌てていた。

「あ…ぇ…?」

「…シン君、だよね?」

「………人違いです!!!」

精一杯声音を変えた朝倉は、回れ右をすると…──走り出した。

もちろん、そんな事をしても南雲が捕まえられないはずもなく…アッサリと捕まり、ズルズルと家に引き摺り込まれてしまうのだった。

南雲は、シンの両肩をしっかりと掴み、向かい合うように対面する…まるで、子供に語りかける親のような体勢だ

「シン君」

「GoodSheepの朝倉です。」

「いや、思いっきりシン君じゃん…朝倉って…もうちょっと捻って名前付けないと」

「…チェンジで」

「キャストが客をチェンジするって聞いた事ないから」

先程から朝倉の視線は明後日の方向を向き、南雲と合わせない

南雲も、期待はしていたが本当にこうなるとは思っていなかったため、対応に困っていた。

朝倉は、唸りながら…長く深く…深――――く息を吐くと……南雲を見つめ返す

こうなればもう知人ではなく客とキャストとして接してしまおう、今日のことは…もう、割り切ってしまおう!

そんな意気込みを南雲は感じた。

「ただいま、なっちゃん!」

「まさか、そこからやり直すとは僕も思わなかった…シン君って意外と根性あるね」

「朝倉です!」

「え」

「あ・さ・く・ら!です!!!」

「めっちゃ頑固じゃん…えっと、分かったよ朝倉くん」

勢いに押され、南雲が折れるという珍しい力関係に朝倉も少し拍子抜けだったようだが、そこはもう突っ込まずにいる事にした。

家に上がった朝倉は、気まずそうにマスクを外す…

もう、見れば見るほどシンであるが、南雲はキャストの【朝倉くん】として接する事にした。

「朝倉く〜ん、お腹空いてる?苦手なものとかない?」

「苦手なものないです!なんでも食べますよ!!」

「そう、よかった…じゃあ、ご飯食べようか」

並べられる食べ物たちに、朝倉の喉が─ごくっ─と動く

それもそうだろう、朝倉の収入では取り寄せられないような肉や酒が、ダークオークのダイニングデーブルに置かれてゆく

コレが南雲からの提供だったら意地になって「要らない!!」とでも言う所だが…今はもう【なっちゃん】と【朝倉くん】なのだ

気兼ねなく食べてしまおうと、朝倉は手を合わせ「いただきます!」と声を掛けた。

「美味しい?」

「はい!すごく美味しいです!」

「え、坂本くんからちゃんと給料もらってるよね?」

「やめろ、設定崩すな」

「え〜……他にバイト掛け持ちしてたりするよね?何で添い寝屋のバイトなんかしてるの?」

「…言わなきゃダメっすか」

「僕の知人に〜」

「社会勉強です!…今までが特殊な環境だったんで、ふ・つ・う!の生活してみたかったんです。」

「それで添い寝屋?君の選択肢おかしくない?」

「…残念な事に、今回の客は普通じゃなかったですけどー」

「ねぇ、他のお客さんとセックスとかした?」

「ストレートに聞きますね…GoodSheepは健全な添い寝屋です!そういった性行為などは一切受け付けていません!!」

「…本当は?」

「俺はそう言うのしませんから!…まぁ、他のキャストは有るっぽいっすけど」

「よかった〜!朝倉くん処女じゃなかったら僕、卒倒してる所だった〜」

「あんまりそう言う対応してると、俺、帰りますからね」

「え!?」

「不愉快な態度取られると、帰るキャストもいるんで気を付けてください」

「はーい…っていうかさぁ、敬語すごく違和感あるから普通に話そ?」

「…嫌です。」

「お客さんの要望でも?」

「じゃあ、次回から備考欄にそう書いて予約してください。」

少しつっけんどんに対応し始めた朝倉に、南雲も深入りし過ぎたようだ…と、少し引く事にした。

こんなに面白い状況になったのだ…是非とも次回も利用させてほしい

黙々とテーブルの上の食事を平らげていく朝倉に、南雲は「お風呂も入るでしょ?ご飯食べたら入る?」問い掛けた。

「なぐ…なっちゃんが先に入ってください、キャストは後で入る決まりなんです」

「へぇ〜、なんで?」

「まぁ、昔の話で…客の前に入ったキャストが襲われかけたっていうのがあったり、客の金品をがめてさっさと寝ようとした奴がいたとか…まぁ、色々ですね」

「朝倉くんが泥棒しても、僕は全然構わないけどね〜」

「しませんよ…なっちゃんは、もうお風呂入ります?」

「ん〜、そうだね!お風呂入ってこようかな?」

食事が落ち着いた頃

南雲がテーブルから立つと、朝倉はカバンから小さなバスオイルのビンを取り出し、南雲を眺めた。

いつもなら人の思考を読んで香りを選ぶのだが、南雲の思考は、朝倉に読めない…どんな香りがいいだろうか

一層のこと自分が好きな香りでも入れてしまおうか…と思ったが、コレでも添い寝の仕事に誇りを持っている朝倉にとって、適当な仕事は自分が許せなかった。

「なぐ…なっちゃん、好きな匂いとかってある…ますか?」

「朝倉くん、もう南雲って呼んでくれていいから!あと敬語もおかしくなってるじゃん、どこぞのピンク髪の幼女だよ?」

「ぜっ……たい!嫌だっ!!」

「も〜…えーっと?好きな匂い?あんまり考えたことないなぁ」

「ハーブ系は?」

「じゃあ、それが好き」

南雲は、そこまでこだわりはないらしく、朝倉はカバンから小瓶を取り出すと「お風呂ってどこですか?」と問い掛ける

風呂場まで案内された朝倉が数滴

溜められた浴槽にオイルを垂らすと、ハーブの香りと花の香りが浴室に広がり、南雲もその香りを嗅いで「いい匂いだね」と返した。

いつも市販の温泉の元を適当に入れているだけだった浴室が、今は、まるで森林の中の花畑にでもいるような香りに、南雲は感心する

まさか、オイル数滴でこんなに変わるとは…

「一緒に入る?」

「入らないです」

「そういうのも備考欄に書いたら入ってくれたり?」

「しないですっ!!」

眉間にシワを寄せて洗面所から出ていく朝倉を見送り、南雲はゆっくりと風呂に浸かる

もしかしたら、機嫌を悪くした朝倉は、このまま帰ってしまうかもしれないなぁ…次の添い寝は受けません!と拒否されたらどうしよう…

まぁ、そうなったら別アカウントを作って別の隠れ家を指定すればホイホイ来てくれるだろ…

そんな事を考えながら南雲は、風呂に頭ごと浸かった。

なにも聞こえなくなる、息を止めて…──

「南雲っ!?」

「!!」

突然、水面の上か声をかけられ

沈んでいた浴槽から浮き上がると…浴槽の外で朝倉がへたり込んでいた。

「どうしたの?」

「全然上がってこねぇから、溺れてんじゃねぇかって見に来たら…マジで沈んでたから…はぁ〜〜、マジでビビった」

「え、そんなに長く浸かってた?」

「…2時間」

「お湯が気持ちよくってつい〜」

「もう一生風呂で寝てろ、俺帰る」

「ごめんごめん!上がる!!シンくんと寝たいっ!!帰らないで!!」

─ざばっ!!─と浴槽から立ち上がった南雲は、朝倉の腕を掴む

このままでは本当に帰ってしまうのではないか…と、不安になった南雲は、朝倉をそのまま抱きしめた。

濡れたままの南雲が抱きつけば、その水分は全て朝倉の服に吸われていく…

すっかりビチョビチョになってしまった服に、朝倉が文句を言うが、今は帰らないようにするのに南雲は必死だった。

「分かった、帰らねぇから!…あ〜ぁ、服どうすんだよ」

「うちの洗濯機使って?乾燥機付だから」

「そうするか…」

「ゴメンね、待たせちゃって…ゆっくり浸かって?」

入れ替わるように浴室に入る朝倉を見送り、南雲は寝室のベッドに腰掛けた。

このまま、うまいこと事に運べば…ワンチャンスあるのでは?

しかし、そんな事をしたら本当に嫌われてしまう気がした南雲は、一人悶々と腕を組み、身体をベッドへ投げる

果たして、自分が添い寝だけで満足できるだろうか…好きな子を抱きたいと言うのは男の性だ

体勢を変えてうつ伏せになると、【GoodSheep】の規定を何度も読み返し、規定の穴はないかと読み込んでいると、寝室のドアが開く音がした。

「あれ?…もう寝てます?」

「んーん、起きてる〜」

「…なっちゃんって、どこか凝ったりとかしてますか?」

「え?」

「一応、寝る前にマッサージするって言うのがあるんですけど」

「ホント?じゃー頼んじゃお〜」

南雲がウキウキと待っていると、肩に手が掛かった。

ゆっくりと揉み込んでいく手付きは慣れており、他の客先でもマッサージをしているのだろうと直ぐに予想がつく…きっと人気もある

あんなに気持ち良く風呂に浸かれて、暖まった身体をこうして解してくれるのだ…好きにならない筈がない、きっと常連の中に朝倉君ガチ恋勢がいる…そうならない筈がない

そんなガチ恋勢に負けないぐらい、南雲も朝倉にガチ恋だった。

「へぇ〜!思ってたより上手!誰に習ったの?」

「宮婆ちゃん」

「あの婆さんもホント長生きだよね〜」

そんな世間話をしていると、あっという間にマッサージが終わり「終わりましたよ?」と朝倉が声をかける

南雲も「ありがとう!身体すごく軽くなった♡」と答え、仰向けになった。

「明日何時に起きる予定ですか?朝食付コースなので、色々準備あるんですけど」

「そーだ!手作りごはん!!楽しみだなぁ〜起きる時間は朝倉くんに任せるよ♡」

「じゃあ、六時半で」

さて、どう寝ようか…と考え出す朝倉に、南雲は首を傾げる

添い寝なのだから隣になるだけかと思ったが…色々とコツのようなものがあるようだ

南雲を横向きにした朝倉は、南雲に背を向けるようにベッドに入り込んだ

「え〜、向かい合って添い寝してくれないの?」

「人って横向きの方が寝やすいんですよ、なっちゃんはすぐ目が覚めちゃうタイプだろうし、向かい合うとどうしても寝返りとかで起こしちゃうので」

「そうなんだ〜」

背を向けた朝倉に近付き、抱き寄せた南雲だが…いつものシンとは違い、逃げない朝倉に少しモヤモヤとした。

他の客にもそうしているのか…いや、添い寝屋なのだから当たり前だ…本当に際どい仕事だ、と──

南雲は、朝倉から見えない事をいい事に顔を険しくさせる

こんな事を他の人にしてほしくない、しかし、朝倉はしっかりと仕事として割り切っている

(きっとこの子は、この仕事辞める気はないな…)

「ねぇ、朝倉くん」

「ん?」

「どこまでオッケー?」

「…抱き枕ぐらいに思ってくれればいいですよ」

「じゃあ、ギューってしよ〜」

抱き枕…なるほど…暖かく柔らかい、確かにコレはよく寝れそうだ

南雲は朝倉の首元に顔を埋め、目を閉じた。


………


その日、おかしな夢を見た。

真っ黒な大きな犬が自分の尻尾を追いかけ、グルグル回っているおかしな情景…ついついそれを見て笑う

犬は駆け寄り、周りをグルグルと走り始め、撫でようと手を伸ばすと、突然飛び上がりその大きな身体で押し倒し、上にのし掛かった。

(お前、甘えん坊だなぁ!よーし!よしよしよし〜!!)

全身でその身体を撫でてやると、犬は嬉しそうに尻尾を振り、甘えるように─くぅん、くぅん─と鼻を鳴らす

しかし、どこか寂しげに見えて、再び撫でてやると『もっと撫でて…シンくん…』と声を発した。

甘えん坊で寂しがりやな大きな黒い犬の頭を撫でる

隠れていた真っ黒な目がキラキラと光っている…泣いているのかと目元を拭ってやるが、ポロポロと溢れ続ける

(なぁ、何で泣いてんの?)

『分からない、でも、いつも悲しいんだ』

(どうしたら悲しくならない?)

『君がいてくれたら、悲しくならない…だから、今は嬉しいよ』

おかしな夢の中の犬は、抱き付いたまま寝息を立てる

そんな背中を撫でていると…──シンは目が覚めた。

スマホで確認した時間は、6時…しっかりとした体内時計に感心しつつベッドを出ようとして、一瞬止まる

動いたら南雲を起こしてしまうのではないか?こんな奴でも一流の殺し屋だ、身動ぎ一つでも起きてしまう…

そう思い、様子を見ようと少し動くが

(なんか、目の周りが赤くなってる)

南雲は起きる気配もなく、本当に熟睡している

狸寝入りかとも思ったが、シンが南雲の腕から抜け出しても起きる気配はなく、ぐっすりと眠っているようだ

日々、散々自分を「殺し屋っぽくないよね〜」などと言っている男が、ベッドから抜け出す人間の気配に気付かず、寝ているままなど…あるのだろうか?

しかし、寝ているのなら好都合だ

キッチンへと向かい冷蔵庫を開けると、日持ちがする少しの調味料とコンビニで買ったような卵とベーコンだけが、寒々しく冷蔵庫に入っていた。

ベーコンエッグとトーストを出せば文句もないだろう…シンはフライパンに油を引き、コンロに火をつけた。


………


「なっちゃん…」

「……」

「…南雲」

「…ん”」

「朝飯、できた…起きろ」

寝室に入った朝倉は、まだ寝ていた南雲の肩を揺らした。

いつもシワのよらない眉間にググッとシワがより、小さく唸ると瞼がゆっくりと上がる

女も男も魅了しそうな気怠げな雰囲気に、朝倉も少し口を結ぶ

しかし、南雲としては、そんなことはどうでも良いわけで…朝倉がいつ自分の腕から抜け出し、服を着替え、朝食まで準備をしたのか

ガバッと起き上がり、頭を掻くその姿は、いつもの飄々とした雰囲気は皆無だった。

「…え、今何時!?」

「6時半」

「え、え?うそ…シン君いつ起きた?え?ご飯、シンくん作ったんだよね?いつ作ったの?本当に6時半?」

「俺は6時に起きたし、お前はマジ寝してたから、勝手に冷蔵庫開けて飯作った。」

「うそ、うそうそうそぉ…マジ寝?僕が?腕の中にいたシン君が動いたのに気付かず?30分も寝た?ありえない」

「そんなこと言われたって、お前熟睡してたし…っか、飯…食うなら食えよ、あと交通費は?それないと規約違反になるぞ」

「…えっと、いくら?」

「2500円」

「僕キャッシュレス派何だけど」

「じゃあ、ペイペイでいいよ」

「うん」

スマホを操り、言われるままに指定アカウントに2500円を振り込んだ南雲は、まだベッドの上で呆然としている

時間を確認した朝倉は、傍に置いていたカバンを持ち上げていた。

「え、帰るの?朝ごはんは一緒に食べないの?」

「オプション外なんで〜、まぁ、初回客なんだし普通に選択できないんだけどさ」

「じゃあ、そのオプション選んだら、次からは一緒に食べれるの?」

「…次が有ればな〜」

「待って、次は絶対に揶揄わないから…次も一緒に寝て?」

「ま、俺のシフト次第ですね」

南雲の柔らかい黒髪を乱暴に撫でた朝倉は「じゃあな!なっちゃん、寝坊すんなよ〜」と声を掛けて寝室を出て行く

南雲は、まだ呆然としたまま、その後ろ姿を眺めることしかできなかった。

その後、朝倉が出て行ったのを確認して

ノソノソと寝室から出てきた南雲は、テーブルの上にあるベーコンエッグとトーストにフォークを伸ばして口に運ぶ

─がりっ─

「…あはっ!殻入りだ〜w」

朝食の好奇心は、殻入りベーコンエッグとトーストのせいでまだまだ尽きることはないようだ



もう何度目になるか分からない通いなれてしまった夜道を、朝倉は歩いている

初めて指名されてからほぼ毎週、朝倉がいれているシフトを埋めるように予約をいれては嬉しそうに出迎えるその姿は、本当にあのORDERに所属している殺し屋なのかと聞きたくなるほどだ

しかし、先々月辺りにパッタリと指名が途切れ…店長からも『何かしたのでは!?』と問われる程心配されたが

坂本商店にも現れないため、仕事が忙しいのだろうとは思っていた。

そして、今日…久し振りに入った指名に少し安堵すると、出迎えはないらしく【備考欄】に『ポストの裏に鍵があるから、先に入ってて』と打ち込まれていた。

一応このメールは朝倉が所属している【GoodSheep】のシフト調整の人物にも見られているため、大変不用心な内容だ

(遅くなんのか…)

先に入れというなら、そうしておこう…

メールにかかれていた通り、ポストに手を突っ込み裏側を確認すると固いものが指先に触れ、それを手繰り寄せると鍵が現れた。

ピッタリと目の前のドアの鍵穴に嵌まる鍵を射し込み回すと、いつもと違う真っ暗な部屋が朝倉を出迎える

ついつい「失礼します。」と言ってしまうのは、店での挨拶が癖付いてしまったからだろう

スニーカーを脱いで上がり込むと、家主のいない部屋の電気をパチッとつけ、ソファーの横に鞄を置いた。

寂しいと感じてしまうのは、きっといつもニコニコと出迎える者が足りないからだろうか…

することもなく、冷蔵庫へと向かった朝倉が戸を開けると日持ちがする調味料以外に、卵とベーコンとチーズ等が入っていた。

何か作ろうかと思ったが、自分の料理のレパートリーが少なく、朝食で作るオムレツぐらいしか思い付かない

冷蔵庫の戸を開けていてもただ寒くなるため、早々に閉めると、玄関の方で―パタン―とドアの開閉音が聴こえ、リビングから廊下を覗き混むと南雲が立っていた。

朝倉のスニーカーを眺めて立っているのを見て「南雲?」と声をかけると、ゆっくりとした動きで朝倉を見た南雲は「あ、朝倉くん来てた~…ごめんね、遅くなっちゃって」と答え

同じくゆっくりとした動きで朝倉の元に向かってくる

普段見かけない南雲の緩慢な動きに、朝倉は近付き南雲が持っている荷物を受け取った。

明らかに疲れているように見えるが、南雲自身がそれに気付いている節はない

「ただいま、朝倉くん…はい、これ!夕飯…先に食べてて?」

「おかえり…南雲の分は…?」

「ん~…今はちょっとお腹空いてないから、後で食べるよー」

ゆっくりと朝倉の横を通り過ぎるついでに軽くハグをすると、寝室に入りベッドに倒れ込んでしまった。

朝倉は暖かい弁当をソファーの前のローテーブルに置き、倒れこんだ南雲の顔を確認しようと目元に掛かった前髪を少しあげる

いつものイケメンだが、その顔色はやはり疲れているように見え

更には、寝息を立てているのを見て、朝倉は起こさないようにと立ち上がると風呂の準備に向かう

起きそうにない南雲を眺め…無理やり起こすのも忍びない朝倉は、先に風呂に入ることにした。

長めに風呂に入ったが、南雲が起きた様子がなく夕飯にも手を付けていない…

昼間にあった時、なんやかんやと拒絶をしているが、こうして指名をされて一緒に夕食にとるのは好きだった。

『先に食べていい』と言われたとき「分かった」と直ぐに言えなかったのは、やはり、話ながら食べたかったからだ

「…ん」

朝倉がバスタオルを頭に被りながら眠ったままの南雲を眺めていると、瞼が持ち上がる

きっかり30分…仮眠にも満たないであろう短い睡眠から目覚めた南雲は、ベッドから見えるローテーブルに置かれたままの弁当を見たあと、朝倉に視線を送った。

「ご飯食べなかったの?好きなおかずなかった?」

「お前と食べたいから待ってた」

「そういうこと、さらっと言っちゃうんだから……勘違いしちゃうよ?」

「何が?」

「シン君が…──朝倉くんが、僕のこと好き…って」

いつになく真剣で寂しげな南雲の顔に、朝倉の心臓が―ドクンッ―と大きく跳ね、視線がそらせなかった。

南雲は朝倉の被ったままのバスタオルを引き寄せ、互いの顔が近付く…その唇が重なる手前で手を止めた。

「ダメだよ朝倉くん…ちゃんと拒否しなきゃ、キスもダメなんでしょ?」

「あ…えっと…」

「今日はダメだ〜…僕、おかしいかも〜…」

タオルからパッと手を離した南雲は、ベッドから起き上がり朝倉を抱きしめる

朝倉から香るいつも浴槽に入れるハーブの香りと南雲の服に硝煙と少しの血の香りが混ざり、南雲はその匂いを肺一杯に吸い込む

本当なら、抱きしめられることも拒否しなければならなかったかもしれない…しかし、朝倉は南雲の背中に腕を回すと抱き締め返した。

「ほら、また…ねぇ、朝倉くん…流されて他の人とこんな事してない?」

「…してない」

「……」

「…俺も、今日はおかしいんだ」

「あはっ!おかしい同士だね〜…」

身体を離した朝倉は、微笑んでいる南雲の口に触れるだけのキスをする

突然の事にキョトンとした顔をしていた南雲の目に、欲情の熱が篭るのに時間は掛からなかった。

添い寝屋の規則の違反をしてしまった…朝倉が離れようと身を引くと腕を掴まれ、そのままベッドへと押し倒されると、南雲が覆い被さった。

再び近づく唇に吐息が漏れ、耐えているようだった。

「朝倉くん…今の内だよ、今ならまだ気の迷いだったってできるよ?」

「南雲…」

「お店では性的サービスも、性行為もNGでしょ?早く逃げてくれないと、僕、規約違反しちゃう」

「いい…俺が…南雲とシタい…」

指名が入らなかっただけで、会えなかっただけで…胸が苦しくなったのが南雲だけだと、朝倉が気付いてしまった時点で

逃げる事も拒否する事もできなくなってしまった。

軽く触れ合うだけのキスが、少しずつ長く…深く…舌を絡ませ…激しくなり

鼻から抜ける息遣いが甘く抜け、口の端から漏れる吐息が二人の期待を高めていく

南雲の手が下がり、朝倉のスウェットと下着の中へと滑り込み、柔らかな肉を掴むと嬌声が漏れ

口を離し南雲が首筋に顔を埋めると、それをも受け止めるように朝倉は首元を晒した。

チクリと小さく痛んだ首筋からリップ音が聞こえる度、朝倉の身体が震え、パーカーに手を掛け脱がせると、朝倉は顔を赤らめ顔を逸らした。

「朝倉くん…もっとキスさせて?」

南雲が甘えるように声をかけると、朝倉は南雲を見つめ返しコートの胸元を掴むと引き寄せた。

そのまま屈み、再び舌を絡めスウェットと下着を下ろす

一糸纏わぬ朝倉の白い肌に赤い痕を散らしていく南雲に、堪えるように声を上げると入れ墨が入った指が頬を撫でた。

南雲は、硝煙と鉄の臭いがするコートをベッドの外に投げ、白いワイシャツのボタンを開けていく

2ФI%と掘られた美しい指がスルスルと下がり、綺麗に割れた腹筋が露になる

朝倉は自分の身体と南雲の身体を見比べ、貧相な自分の身体が急に恥ずかしくなり、それを眉間に寄せた。

それすらも愛おし気に見つめる南雲は、朝倉の額に―ちゅっ―と可愛らしく音をたててキスをすると、赤かった顔を更に赤くさせた。

「朝倉くん、ベルト外して?」

「えっ」

「おねが~い」

南雲が甘えるように朝倉に擦り付くと、おずおずと南雲のベルトに手を掛けバックルを外すと爪具とチャックを下ろす

主張しかけているモノに視線が行き、緊張で固唾を飲むと南雲が「あはっ」と笑うと朝倉の上に覆い被さった。

「どーする?…やっぱり止めとく?」

「いいっ…だ、大丈夫…できる…!」

身体を起こした南雲は、ベッドのサイドチェストからジェル付きのコンドームを取り出し指に填めると後孔に添える

言い掛けた朝倉の口を塞ぎながら、その指を中へと埋めた瞬間…抵抗のない孔に気付いた南雲は、朝倉の膝裏を掴み上げた。

突然のことに驚いた朝倉が「ひっ!?」と声を上げ、南雲の肩を掴んだ

「お風呂で馴らしたの?」

「…ん」

「それにしては馴れてるよね…朝倉くん、もしかして、オナニーで後ろも使うの?」

「そーだけど…でも…南雲が、初めてだから…」

「他の奴が解した事あるなんて言われたら、僕が困っちゃうよ…」

南雲の指先が朝倉の中のシコリを掻いた。

身体中を刺激が走り、朝倉が腰をくねらせると喘ぎ声を上げ南雲の肩に爪を立てると、南雲は身体を寄せ中を押し潰す

指の腹が過ぎていく度に「アッ、あ!あぁッ!!」と声を上げながら、足を突っ張った。

「まっ、待って!南雲ッ!!そこ、そこやだっ!!んっヒ、うっうぅン!!」

「やだ、待たない…朝倉くんがいいって言ったんだよ…僕はずっとこうしたかった」

強すぎる刺激に朝倉の腰が引けるが、南雲はキスをしてそれを引き止める

引き止めるキスから、腕から、身体は逃れようと動くのに…こうしていたいと思ってしまうのは、意志と心が完璧に捉えられてしまっているから…

そう思うと、全てを明け渡してしまった方が楽になるのではないか…ピリピリと頭の中に走る快楽に腰が揺れ、もっと擦ってほしいと誘う

襞がピクピクと痙攣し、絶頂の兆候がみえた瞬間…南雲は指を引き抜き、イクことのできなかった身体が震え「なんで、なんでぇ…?」と朝倉が涙目で南雲を見つめた。

「指じゃなくて、ちゃんと挿れたいから…シン君、力抜いててね」

「あっ、ア、うぅ…なぐ、も…ぉ…」

「シン君…好き…僕だけの朝倉くんにしたい、添い寝屋じゃなくて…僕だけと寝て欲しい」

耳元で囁きながら、ゆっくりと朝倉の後孔に指よりも熱く質量があるものが挿入されていく

背中を撫で付ける甘い刺激に朝倉は背中を逸らし、震える身体を抱き締めた南雲の腰は、朝倉の股座に擦り付いた。

指よりも奥に届く昂まりに、朝倉がはくはくと口を震わせていると塞ぐように唇が重なる

ズクズクと擦り上げ、身体の奥を揺さぶるように小さく上下すると─ごちゅっ…ごちゅっ…─と、奥を押し潰す

泣き出してしまった目元を拭い、耳元で「シン君…好き、愛してる…僕のこと好きって言って…」と囁き続け、逃がさないようにと抱き抱えた。

南雲の腕の中から抜け出せない、逃げ出せない朝倉の身体に更に奥へと押し込もうと腰を掴むと、肉壁と襞がビクビクと打ち震え…

南雲のペニスを咥えたまま痙攣をすると、あっけなく絶頂を迎えた。

「あ”ッあぁ”ァっ!ンひっ!んぃ”!?…あ”っあぁっ!んっ!」

「シン君ッ…ぁ、シン、くん…っ!はぁ、好き…好きだよ、シン君」

「好き、俺も…南雲のこと、好き…」

「添い寝屋の仕事も、辞めてくれる?」

敏感になった中を擦り上げ、懇願するように南雲が囁くと朝倉はコクコクと頷く

しかし、南雲はまだ奥へと擦り付けると「ちゃんと言って…辞めるって、ちゃんと僕に言って」と囁いた。

「辞める…っ、添い寝、屋…辞める…!!」

「嬉しい…ありがとう、シン君…好き…」

開いたままの口を塞ぎ、挿れたまま再び腰を揺さぶると夜は更けていった。


………


『好き、俺も…南雲のこと、好き…』

『添い寝屋の仕事も、辞めてくれる?』

『ちゃんと言って…辞めるって、ちゃんと僕に言って』

『辞める…っ、添い寝、屋…辞める…!!』

『嬉しい…ありがとう、シン君…好き…』

ベッドに仕掛けた盗聴器に録音された声を、イヤホン越しに何度も巻き戻しては再生する

聞けば聞くほど南雲の口元にはニンマリと笑みが溢れ、傍で眠っているシンの髪を撫でた。

「シン君、シン君…おバカなシン君…♪」

聞こえていないのをいい事に

南雲は、まるで子守唄を歌うように口ずさむ

「ちょっと弱った振りしただけで絆されちゃって、エッチまでさせてくれちゃったおバカなシン君♪」

頬を撫で、耳をくすぐり、首筋を這う

言質は取った…映像も綺麗に撮れている…

情を引きつけ、心も身体も手に入れることができた南雲はひとまず安堵した。

こんなにも扱いやすいシンが、今まで他の客に流されずにいられたのは奇跡だ

「これで、朝倉くんも…シン君も…僕だけのものだよね〜…他の人になんか触らせてあげないもん♪」

シンの柔らかい頬を突き、にこにこと微笑んだ南雲は盗聴器を元の場所に戻し、いそいそと布団の中へ潜るのだった。





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