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添い寝屋用のアドレスに新しい連絡が入ったのは、翌日が固定休日であるシンの仕事上がり直後だった。
メールの内容を確認し、派遣先の客の名前を確認したシンは…久々に添い寝屋の事務所に行って、客の話を聞こうかと思っていた。
事務所に着き、古参であるメンバーを見付けると軽く会釈をした。
古参と言っても【GoodSheep】創立は3年前だ、シンも創立年に入ったため古株ではある…未成年だったのでは?と言うのは、この際目を瞑ろう
シンが声をかけた人物はオープニングスタッフであり、客の情報を総括している人物でもある
『アンタが事務所にくんの、久し振りじゃない?』
「昼間の方が安定したから、こっち来るタイミング逃してたんだよ…でさ、ちょっと聞きたい話あんだけど…──【シロ】って登録名なんだけど…前にも名前あがってなかった?」
シンが登録名を発した瞬間、周囲のキャスト達が一斉にシンの方へ意識を向けた。
エスパーの力を使わなくても、それに気付かないほどシンは鈍くない
ジリジリと近付いてくるキャストたちに驚いていると古参メンバーは周囲を散らした。
【シロ】という人物はそんなに人気があるのか、女性キャストは次回の指名を待っているようだが…
『その【シロ】って客は、一年ちょっと前に登録した客なんだけど…指名が変わってんのよ』
(キャストをあいうえお順で指名していく)
「へぇ〜」
『先日女性キャストとは全部指名終えて…次は、男性キャストってことだね』
「変わった客もいんだなぁ…」
『男キャストの方にはいないだろうけど、女キャストはそういうの多いよ
あと【シロ】はイケメンだった…気がする、印象が薄いんだよねー…話した内容もあまり覚えてないし』
「何だそれ…こえぇ…俺、今日行くんだぞ?」
『まぁ、アンタなら楽勝でしょ?初回客枠なんだし』
南雲のように変装のプロなら【雰囲気イケメン】や【印象に残らない顔】などは作れるだろう
しかし、顔を覚えることも仕事の一環であるキャストたちが覚えられない顔とはどういうことなのか…
思考を読んでも皆【シロ】の顔があやふやなのが分かり、指定された住所とメールを眺めながら、シンは眉を寄せた。
【朝まで添い寝:朝食付き、一緒にご飯】
備考:登録名で呼んでください。
店長:初の男性キャストなので粗相のないように!
常連客でキャストの選り好みもない客は、手放し難いのだろう…出来るだけ要望に応えてほしい、と追記されていた。
いつもの添い寝屋用の荷物を背負った朝倉は、メールに書かれた住所を見た後、目の前にそびえ立つタワーマンションを見上げた。
マップアプリで確認した限り、開発中のベッドタウンであることは分かっていたが、その中でも大きなタワマンにこうして入ることになるとは思っていなかった。
入口の時点で今までの客たちのマンションとは規格外…24時間常駐のコンシェルジュと、どこぞのホテルラウンジを思わせるロビー
確かに、こんなタワマンに呼ばれたら、他のキャストもまた呼ばれたいと思うだろう
ロビーでポカーンとしている朝倉へ、コンシェルジュが朝倉に不信感をいだしているのを察し、通報される前に…と、朝倉は分厚いガラス戸の横についているパネルに数字を打ち込んだ
『はい。』
「GoodSheepの朝倉です!!」
『あぁ、お待ちしてました。』
ガラスの自動ドアが開き、朝倉をロビーへと誘う…コンシェルジュも受付仕事に戻り、丁寧に頭を下げ
朝倉は足早にエレベーターへと向かうと、最上階を選択し、必要もないのにエレベーターの端に寄って上がって行く数字を眺めた。
ついつい監視カメラの視界を突いてしまうのは、元殺し屋としてか…はたまた、この空間の居心地の悪さのせいか…
とにかく、客の元へ行こうと部屋の番号を確認すると一番奥の部屋のようだ
チャイムを押して少しすると、重そうな扉がゆっくりと開いて行く
そして、そこにいる人物を見て朝倉は固まった。
「…朝倉くん、だね?」
朝倉の目の前にいたのは、自分の養父が所属していたラボを襲撃し、殺連関東支部を壊滅的に破壊し、坂本を刺した男…Xだった。
しかし、向こうは【シン】を覚えていないらしく、ただの【添い寝屋GoodSheepの朝倉】としか思っていないようだ
今ここで下手に動けば殺される…首元に当てがわれる透明な刃を感じ、朝倉はマスクで見えない口元を歪めながら
「こんばんは!」
X…客の部屋へと入った。
幸か不幸か、気付かれていないのだ…今夜さえ乗り切れれば、もう会うことはないだろう
「改めまして、GoodSheepの朝倉です。一応会社の規定なのでコースの確認しますね」
「あぁ、そうだったね」
「…お客様のお名前はシロさん、朝まで添い寝:朝食付き、一緒にご飯
朝ご飯は、目玉焼きかオムレツになっちゃうんですけど…アレルギーはありますか?」
「アレルギーは無いよ、好きに作ってくれていい」
シロはリビングのドアを開け、朝倉を先へと促す…
ふわりと漂ってきた夕食の香りに朝倉は、恐る恐るリビングへと入った。
広いリビングダイニング、クロスが敷かれた上品なテーブルの上にはサラダやミートローフ、デザートまで用意されており
ここまで歓迎する客も中々いないだろう…と思った朝倉は、シロの方へ振り向いた。
「あ、あの…いつもキャストにこういう料理を?」
「あぁ、お客様だしね…添い寝もしてくれるんだから、感謝の意を込めないと」
「なるほど、なんと言うか…世界観違いすぎて驚いちゃいました!」
「そうかな?あ、遠慮しないで食べてくれ…君のために用意したものだから」
「はい、いただきます!」
精一杯の他人のふり…朝倉は荷物を下ろすと、マスクを外しシロの様子を見るが、特に反応をしない
むしろ「たくさん食べてくれ」と言いながら、朝倉のメインの皿を一品増やす
キャストは皆、客先に失礼の無いようにとカトラリーの扱いを学ぶのだが、こうも豪勢な洋食の前だと自分のナイフやフォークの使い方はおかしくないかと、不安になってしまう
そんな様子を眺めていたシロは、ボトルを開け自分のグラスに注いでいく…赤ブドウの香りが、さらに食事に彩りを加える
坂本や南雲とは違い、意図的に隠しているような思考ではないが…空っぽな箱を覗いているような虚しさに、朝倉はシロの思考を読むのをやめた。
しかし、話題を振り、シロと会話をしている途中…朝倉は、気が付いた。
なぜ、シロとの会話の印象が薄いのか…
相手の情報は引き出しても、自分の情報を一切明かさない…それに嫌味がなく、気持ちよく話してしまう
その事に気が付いたのは、エスパーの力を持つ朝倉も良くこの手法を使うからだ
だが、情報を与えるばかりではない…朝倉も食事をとりながらシロの話を引き出す
答えないわけにはいかない返しに、シロも気付いたらしく、無表情に近かった顔に笑みが加わり始めた。
「こんなに会話を楽しめたのは、朝倉くんが初めてかもしれない」
「褒めたって何も出ないですよ?」
「残念だ、じゃあ…僕からは飲み物を出そうかな…?」
(酒出したら三流だろ、わざとか?)
こう言った作戦でアルコールもよく使われる手段だ、しかし、酒の力で引き出した話は、尋問やスパイ活動においてナンセンスだ
普通だったら仕掛けた方のプライドは無くなるも等しい…だが、シロは本当に朝倉のことを気に入ったらしく
ワイングラスを取り出すと、それを静かに朝倉の前に置いた。
「ワインは飲めるかい?」
「ワインは初めて飲みますけど、シロさんが勧めてくれた物なら何でも飲めそうですね…もし毒が混ざってても気付かなそうです!」
「…ふっ、くははっ」
突然笑い出したシロに、朝倉は心の中で安堵した。
ポーカーフェイスを思わせる程ずっと無表情だったのだ、それを崩したのなら、こちらの方が交渉においては有利になる…ただ、これは普通の食事の場である
賭けるものは無いが、【シン】の生存確率が少し上がったと言えるだろう
差し出されたワインに手を伸ばす、同じボトルから注がれたものだ…グラスに毒が盛られていないなら飲んでも大丈夫だろう
「美味しいかい?」
「ワインは初めて飲みましたけど…美味しいです!なんか思ってたより甘い?のかなって」
「…ぶどうジュースだしね」
「え」
「ははっ、ワインだと思ったかい?」
やり返されたように思え、朝倉も驚き目を見開く
シロは喉の奥でクツクツと笑うと、減った朝倉のグラスにボトルを傾けた。
食事も終え、シロが立ち上がると「先に入ってくるよ」と脱衣所へ向かう、流石は常連客と言ったところか…流れは分かっているようだ
朝倉は「あ!待ってください!」と声を掛けると、カバンからビンを取り出した。
一緒に浴槽に向かい、ビンの中を数滴垂らすと微かにフルーツの香りが広がり、それを嗅ぎ取ったシロは「ほぉ…」と声を漏らした。
「バスアロマは始めてだよ、意外といいものだね」
「それじゃ、ゆっくり体温めてくださいね」
そそくさと脱衣所から出た朝倉は、テーブルの上を片付ける
どこに何が仕掛けられているかわからない…兎に角いつもの動きを心掛けようと食器を片付け、カバンの中の荷物を取り出し、リビングを見回した。
生活感がないと思ったのは、雑貨の少なさからだろうか…大きな液晶テレビが入っているテレビ棚には何もなく殺風景、カーテンも最初から付いていたものだろう
眼下に広がっているであろう夜景を見てみたくなった朝倉は、少しだけカーテンを開けてみた。
「…すげぇ、キレー」
「見たかったらもっと開けていいんだよ?」
いつの間にかシロは風呂から上がっており、朝倉の後ろに立っていた。
驚いた朝倉が振り向くと、シロはクスクスと笑い「朝倉くんは、ネコに似ているね」と感想を言う
風呂が空いたことに朝倉は「じゃあ、お風呂いただきますね!」と、急いでシロから離れ風呂場に向かうと湯船に浸かった。
奇跡的にまだ生きている事に【シン】は、お湯で顔を濡らす…15分ほど経ってから上がると
シロは、朝倉が開けたカーテンを少し広く開けたまま、外を見ていた…上がるまでそう居ていたのだろうか?と朝倉は、近付き声をかけた。
「あの…」
「…初めて夜にここから外を見たなぁっと思って」
「ここに住んでるんじゃ無いんですか?」
「あまり帰って来ないんだ、添い寝のサービスも直ぐに寝室へ行ってしまっていたから…君がこの夜景に見惚れていたのも頷けるね」
外からの光で少しだけ照らされたシロの肌は、正気のない人形のように見えた。
(なるほど、生きてる印象が薄いから皆んな顔を忘れるんだ…)
「寝室に行こうか、朝倉くんはマッサージが得意って書いてたね」
「はい、任せてください」
寝室に案内されて入ると、寝室の壁には大きな本棚があり、その本棚には本や図鑑などが所狭しと並べられていた。
クィーンサイズのベッドを取り囲む本の多さに、朝倉が圧巻されていると、シロはベッドにうつ伏せになる…完全に警戒されていないのはキャストとしか見ていないからだろうか
朝倉がシロの肩や背中、腰を揉んでいると「上手いね、整体師か何かの資格を持っているのかな?」と声を掛けてきた。お気に召したようだ
「知り合いの整体師に習ったんです、まだまだ勉強中です」
「専属のマッサージ師にしたいほど上手いよ、俺の部下にも受けさせてあげたいぐらいだ」
「えっと…お褒めにいただき光栄です?」
「くふふ…朝倉くん、やっぱり面白いね…」
掴めないシロの応答に、朝倉もそこまで深追いをしない
たっぷりマッサージを受けたシロは、礼を言うと「そろそろ寝ようかな…」と朝倉に声を掛けた。
「どう言う感じがいいでしょうか?」
何度も添い寝屋を利用しているとなると、添い寝の方法もこだわりがあるはずだ…シロは朝倉を先に寝かせ、その胸に顔を埋めた。
息苦しく無いだろうかと朝倉が様子を見ると、シロはそのまま朝倉を抱き寄せる
まるで、子供が甘えてくるような寝方に少し驚いていると胸元から「何か、子守唄を歌ってもらえないだろうか?」と声が聞こえた。
「あの、俺…子守唄とか、一個しか知らないですけど…」
「あぁ…それでいい…少しだけ歌ってくれるだけでいい…」
「…下手でも、笑わないでくださいね?」
目を閉じ、柔らかい白い髪を撫で、背中をゆっくりと撫でる
…ゆりかごの歌を、カナリアが唄う…
そんな子守唄を口遊む、指に絡む白い髪を透きながら、ゆっくりと時間が過ぎて行く
………
白髪の子どもが一人膝を抱えて白い花瓶を眺めていた。
金色の髪を揺らして小さな子どもが、白色の子どもの元へパタパタと駆け寄ると隣に座り、同じように花瓶を眺めている
すると『これは【ジニア】と【キンセンカ】と【アリウム】と【スカビオサ】』と白色の子どもが花の説明をした。
(お花がすきなの?)
『嫌いだよ…みんな枯れてしまうから…』
(そっか…えっと、じにあ?とキンセンカとアリウムとスカビオサ…ぜんぶキレー!ちょうだい!!)
『え』
(おれもね!お花しってるよ!…ん〜、たんぽぽと!チューリップと!……ヒマワリ!!)
綺麗に収まっていた花々は、金色の子どもが抜き取ってしまい…代わりに何処かから引っこ抜いてきたよな、泥だらけの花があらわれた。
真っ白な花瓶に、泥だらけの色とりどりのチューリップと黄色いたんぽぽと大輪のヒマワリが無造作に差し込まれていく
つまらないほど真っ白だった花瓶は泥で装飾されていき、寒々しかった花達はあっという間に色付いてゆく…花を入れるだけ入れた花瓶は、不格好ながら美しく見え
金色の子どもは満足げに(ふふん!)鼻を鳴らすと、自慢するように振り向いた。
(できた!!)
『…くくっ、あははっ!あははははっ!!』
白色の子どもは笑ったまま、花瓶を眺めている
突然笑い出した子どもに、どうすることもできない金色の子は(なんで、わらうんだよー!!)と頬をぷーっと膨らませる
…彼は知る由もないだろう、どれほど救われたかなど──…真っ白な部屋の中で白色の子どもは笑い転げ、金色の子どもは首を傾げるだけだった。
「…ん」
目が覚めると、目の前には白い頭髪
顔を上げベッドに備え付けられていた時計を見ると、午前6時…
相変わらずの体内時計の正確さに感謝しつつ起き上がるが、Xが起きる気配がない
一瞬死んでいるのかと思い、口元に手をやると静かに呼吸を繰り返している
シンにとっては、こうして無事に起きれたことでも奇跡だ、あのまま寝首をかかれていてもおかしくは無かった。
どうやら熟睡しているらしい、起きる気配のないXを置き、キッチンへ向かったシンは、朝食を用意すべく冷蔵庫を開ける
………
冷蔵庫のドアの開閉音と同時に、Xは…──有月は、目を覚ました。
いなくなった暖かに一瞬顔を上げたが、その気配がキッチンにいることを察し、再びベッドに潜り込んだ
(俺としたことが…こんなに深く眠り込んでしまうなんて…あぁ、発信器を取り付けるタイミングを失ってしまった。
…いや、夕食の時も、彼が入浴していた時も、仕掛けるタイミングはあった──何故だろうか?)
有月は布団にくるまったまま考え続ける
キャストを選ぶ時、有月は(もしや…)とは思っていたが、当日に現れた朝倉を見て、始末をして坂本の元にでも送ればすぐに自分を殺しに来るだろうとも過ぎった…
しかし、それよりも先に有月は、咄嗟に覚えていないふりをした。
最初のうちはビクビクとしていた雰囲気も、話しているうちに解れ…いつの間にか有月もその会話を楽しんでいた。
(それよりも、こんなに深く眠り込んでしまったのは、いつ振りだろう…──このまま寝たふりをしていたら、少年は起こしに来てくれるだろうか?)
30分ほど経ち
キッチンにいた気配が恐る恐ると近付いてくる
夜景を見ていた朝倉の瞳がキラキラと輝いていたこと…
声を掛けた瞬間に10センチほど浮いてから振り向いたその姿が、本当にネコのように見えたこと…
有月は、そんなネコが自分に慣れてくれたら…と希望を持っていた。
しかし、添い寝をしていたと言うのに、朝倉の関係はすでにリセットされてしまったらしく…有月は少し寂しくなった。
今まで添い寝をした女性は皆、好意を寄せてくれたが…一応元殺し屋は警戒心はしっかりと持っているようだ
―かちゃ…―と小さくドアが開き…スルスルと朝倉はベッド脇に来ると、どう起こそうかと迷った後、ポンポンと布団の上から控えめに有月を叩いた。
一度目は無視して、二度目に少し身動ぐと…三度目に「シロ、さん…」と遠慮がちに名前を呼ばれ、有月は布団から顔を出した。
「あぁ…おはよう、朝倉くん」
「おはようございます…えっと、朝ごはん…出来たんですけど」
「ありがとう…美味しそうな匂いがしているね」
有月はそう言ったものの、少し焦げついた匂いを感じていた。
自炊をするタイプには見えない朝倉と、最新のシステムキッチン…だいぶ相性は悪かったのではないか?と思いリビングに来ると
テーブルの上には形の良いオムレツが乗っており、カット野菜が添えられていた。
朝ご飯と言っても全く支障ない、しかし、その向かい側には…おおよそオムレツとは思えない、少々炭化したスクランブルエッグが乗っていた。
「アレは?」
「あー、え〜…気にしないでください、アレは俺の分なんで」
顔を真っ赤にさせながら顔を伏せている朝倉に、有月の心のどこかが─きゅん─と鳴いた気がした。
勧められた通り、有月は形の良いオムレツを食べる
なかなかうまく出来ているので「美味しいよ、朝倉くん」と有月が伝えると、朝倉も「お口にあったようで良かったです」と答えた。
朝食も終え、食器を片付けると有月は「コーヒーでもどうだい?」と声を掛ける…これでは、まるで引き止めたいみたいではないか…──しかし、朝倉は静かに首を振ると断った。
「一緒に朝食をとるオプションですし、それ以上は貰えません」
「そうか…残念だ…あぁ、そうだ交通費だけど」
「往復で2000円ですね」
「それじゃあ、これを」
そういって有月が手渡した茶封筒の中には、一万円が入っていた。
交通費の上限いっぱいの金額に朝倉は「待ってください、えっと…お釣り…」と財布を漁っていると、その中に一万円を差し込まれた。
差し込まれた一万円を取り出そうにも、その手を上から手を被せた有月は、朝倉に微笑んだ
逆らえない雰囲気に、渋々手を引っ込める
家を出て、有月にエレベーターホールまで見送られ…エレベーターの扉が開くと、朝倉はさっさと乗り込む
「気を付けて帰るんだよ、朝倉くん」
「は、はい…それじゃあ…」
「また、よろしくね…シンくん」
「っ!?」
エレベーターのドアが閉まる間際の言葉に朝倉が驚き、振り向くと、有月は扉の向こうで笑いを堪えていた。
スマホを開いた有月は、【朝倉くん】の予約画面を開き、次はいつ会えるだろうかと鼻歌を歌う
…ゆりかごの歌を【金糸雀】が唄う…そんな子守唄を──
もう何度目になるか分からない通いなれてしまった夜道を、朝倉は歩いている
初めて指名されてからほぼ毎週、朝倉がいれているシフトを埋めるように予約をいれて嬉しそうに出迎えるその姿は、本当にあの殺し屋殺しの狂った男なのかと聞きたくなるほどだ
何度か指名を断った事もあったが、事務所にまで来て指名をして行くため…今は諦めて大人しく指名を受けている
すっかりタワーマンションのコンシェルジュである男とは顔見知りになっており、軽く会釈をされて会釈を返すほどにまでなっていた。
目的の階を押して上がり、一番奥の部屋のインターホンを押すといつもの様にシロが朝倉を出迎える
「おかえり、朝倉くん」
「た、ただいま…シロさん…」
【備考欄】に書き加えられた条件に「おかえり」と「ただいま」が加わったのはいつからだったか
ほぼ毎週の様に指名される様になってから、シロは朝倉をエスコートし始めた。
玄関に入ればコース説明は不要とばかりに腕を引かれ、廊下に上げれば荷物を半ば強制的に取り上げられ、腰に手を回しリビングへと誘う
いつも用意されている豪勢な夕食
─くぅ〜─と腹が鳴る音を聞きシロが「ふふっ」と笑うと、荷物を置き椅子に座らせた。
「さぁ、朝倉くん…たくさん食べてね、君のために用意したものだから」
「ありがとうございます、シロさん…いただきます」
警戒しゆっくりと食べている朝倉を、微笑みながら見つめ、シロはワインボトルを開けると、ワイングラスを差し出す
しかし、酒はいまだに警戒をしている朝倉にシロは面白そうに微笑む
「朝倉くんはジュースの方がいいかな?」
「えっと、ワインは…俺、悪酔いしちゃうと思うんですよ…」
「いいじゃないか、試してみるのも…酔ってしまってもそのまま寝てしまっても問題ないよ」
いつの間にか、手に握らされていたワイングラスの縁が朝倉の唇に当たっていた。
シロが【X】という正体を朝倉に明かしたからか、実力行使をする事がある
差がわかっている【シン】も渋々従うということがあったが、大半は食事に関してであり、食わず嫌いなものを無理やり食べさせて遊ぶ事に使われている
しかし、今回は食べ物ではなく酒だった…今まで一度も無理に勧めることがなかった物を押し付けられ、朝倉は戸惑っていた。
警戒するが断れないのは【X】が使う威圧感のせいだろう
シロはグラスの柄を朝倉の手と共に握ったまま傾け、朝倉はワインを飲み込む
グラスの中身を全て飲ませたシロは、空になったワイングラスに二杯目を注ぎ、朝倉の口に再び付けた。
「おすすめのワインなんだ、朝倉くんも飲みやすいだろ?」
「ん、んんっ…!!」
再び傾くワイングラスから、ワインが滑り出す
こぼさない様にと口を開け何とか飲むと、三杯目を注ぐ…ワイングラスから手を離そうとしても、手ごと掴まれ離すことが出来ない
シロは、まるで朝倉がワインを飲ませる玩具とも思っているかの様に酒を注ぎ、朝倉もそれを必死に飲み込む
六杯目にきた頃…朝倉の身体が椅子から傾き、シロはその肩を支え七杯目を飲ませた。
「ん…うぅ…」
「君を見つけてから今日で15回目…俺としては、意外と我慢していた方だよ?指名を蹴られた時は本当に拐ってしまおうかと思ったぐらいだ」
朝倉の腕を引き椅子から立ち上がらせたシロは、泥酔してまともに歩けない朝倉の身体を支え寝室へと向かう
何とか抵抗しようと足を突っぱねるが、ズルズルと引き摺られ寝室に着くと、シロは朝倉の服に手をかける
グルグルと回る視界の中で拒絶するが、シロは構わず全て脱がせると朝倉を押し倒した。
「朝倉くんは、こういうことした事あるかい?」
「や、だ…ぅ…」
「朝倉くんの身体はバランスが取れていていいね、この傷はいつできたキズかな…傷跡さえ、綺麗だね」
立てずベッドの上で膝をつく朝倉の身体に手を這わせると、シーツを掴みシロから逃れようとしている姿を愛おし気に眺め、「クククッ」と喉の奥で笑う
スルスルと肌の上を蛇のように腕が這い回り、ベッドの上にうつ伏せに寝かせ、シロはその上に乗り掛かった。
「コレ、何かわかるかい?」
朝倉の目の前に小さなジップロックを出したシロは、その中に入っている錠剤を見せつけた。
ピンク色のラムネ菓子の様な錠剤が五つ入っている
しかし、それ以外の情報はなく…朝倉が呻くだけでいると、シロは一つ取り出し、開いたままの朝倉の口にソレを入れ舌に押し付けながら飲み込ませた。
─こくっ─と上下する喉元を確認したシロは微笑み、再び朝倉の身体を撫で回す
「キミは本当に可愛いね…」
「ぅ…や、だ…離…せッ!」
「もうその段階はとっくに過ぎてる……さぁ、カナリア、俺のためだけに歌ってくれ」
金色の髪の間から見えている赤い首筋に歯を立てる
赤い歯形を付け、痛みに朝倉の肩が跳ね…それすらも楽しむように肩や背中に執着の赤い痣を注ぐ
時間が経つにつれ、痛かっただけの噛み跡が痺れて熱くなっていく
ピリピリとむず痒い感覚に理解ができない朝倉の口から、少しずつ嬌声が上がり始め…シロはそれを見計らい胸元の小さな突起を抓った。
「ひっ!?あ”ぁぁっ!?ンんっ!!」
胸と下半身に走るドロリとした甘い快楽に声が漏れ
目の前をバチバチと電気が走るような感覚に朝倉は呆然とし、シーツを握りしめるが、上手く力が入らない腕は小さく震えていた。
シロは覆い被さったまま、空いていた片手でもう片方の突起を抓り上げる
無理やり引っ張られる感覚に痛みは無く、ズクズクと重い熱が下へと溜まっていく…
触れてもいない朝倉のペニスが刺激の度にピクンッピクンッと跳ね、鈴口からトロトロと半透明な液体が溢れ出しシーツを汚していった。
「やっやだっ!ィたいっ!な、んでッ!?やめて、ィやだぁっ!!」
「乳首をイジられて勃ってしまうなんて…厭らしいね、朝倉くん…あはは、引っ張られて気持ちいいの?」
「いやっ、嫌だっ!!離して、離せってッ!!ひっ!?あ、ア、あぁ!?」
「痛いのに勃起させるなんて、一錠でこうなってしまうのか…ほら、あと四つだよ」
赤く腫れた乳首から手を離したシロは、袋から二錠取り出し無理やり口の中へと入れた。
しかし、朝倉は飲み込まないようにと抵抗するため、傍に置いていたミネラルウォーターが入ったペットボトルを開け、朝倉の口に押し当てた。
─ごぽっごぽっ─と空気が動くボトルの中で水が減り、溺れるように薬を飲んだ口の端から水が溢れ、首元を伝い胸を滑り落ちていく
ボトルを口から外すと、朝倉の身体がベッドへと落ちた。
「ひっ、あ、あ”っ、あァっ!!ンん”っ!?」
「ふふっ、さっきから喘ぎ声しか出せてないよ、朝倉くん…」
再び乳首を抓り上げ、ギリギリと潰される先端が更に敏感になっていく…しかし、触れて欲しいのはそこではないと分かる
自分しか触れたことのない…それでも、触れてもらえないそこに刺激が欲しい──それを察したように微笑んだシロが膝を割り入れ、其処を膝で突く
ただそれだけの事だったのに…朝倉の頭の中でバチバチと火花が散るように目の前が明滅し、脳細胞が焼き切れるようで
投げ出されたままの手足は、薬のせいでろくに力が入らず逃げ出すことさえできなくなっていた。
「はっ、あぁ、んゥう”っ!?あ、変ッ、ぃやだっ!!」
「朝倉くんは、この薬と相性がいいようだ…まだ話す程度の意識は保てているようだし」
「やっ、ァ、ンゥう…っ!なにっ?あ、ォ、奥っ!あつぃ…!!ひっ、んァあ!あ、ァんっ!!」
「まぁ、それもすぐに手放すことになるけれど…」
乳首を抓っていた手が離れ、ジンジンと熱く痛む感覚は更に下半身の熱を切なくさせていく…もっと、もっと強い、刺激が欲しい
手を自分のペニスに添え、扱いてみても…欲しい気持ちよさではない、イキたいのにイケない
自慰をすればするほど溜まる熱に訳が分からず泣き出す朝倉に、シロは自分の指にローションを纏わせ…突き出された腰を支えるように撫でる
ジップロックから取り出されたピンク色の薬を一つ、孔に当てがわれた指と共に中へ入っていく
挿入される異物に抵抗がないのは、自慰の度に触っていたからか…しかし、朝倉にとってはそれすらも今はどうでもよく
奥を擦り上げていくその指に善がる事しか、薬に侵された頭では判断できなかった。
わざと朝倉に聴かせるように指を激しく動かし、室内に─グチュ…グチャ…─と下品な音が響き渡る
「あっ!?あぁ〜…ひっァあ、ンんゥ〜!!」
「トロトロだね、おや?朝倉くん、手が止まっているよ…前でイクより後ろの方が気持ちいいのかな…?」
体内でコロコロと転がしていた薬も溶けると、朝倉の身体には計四つの薬が投与され、身体に擦れるシーツの感触でさえ全てが熱に変わっていく
閉じることも忘れた口から言葉ではない声が出続け、揺れる腰が止まらず、シロも指の数を増やすと鼻歌まじりに楽しんでいた。
「んぁあ〜…あぅ、んぅう…んっんっ!んっ!!」
「朝倉くん?」
「あー、ふっ、うぅ…ンゥう…」
「あぁ、もう返事もまともにできなくなってしまったね…もっと腰を上げて…二人で気持ち良くなろう?」
シロが最後の一錠を取り出し、目の前へと見せ付けると…朝倉は舌を伸ばしそれを欲しがった。
微笑んだシロがその舌に薬を乗せると口の中へと消え、ゴクリと飲み込む
快感に耐えシーツを握り締めた手
言葉を忘れた口
カクカク揺れる腰
滴る精子が混じったカウパー
物欲しげにひくつく孔…
シロは後ろからゆっくりと熱く溶けた孔へと穿つ
「あ”ッあぁ〜、うー…っ…ぁあ〜…?」
「あぁ、コレは…困ったなぁ、こんなに絡み付いてきて…薬のせいとは言え…こんなに可愛くなるなんて、ふふっ」
「あ、あっ、ァンンッ、く!ゥうっひっあ”ッあぁっ…あはっ!あ〜」
「あはは、朝倉くん本当にオモチャになってしまったね」
揺さぶられている朝倉の身体が痙攣しだす
奥を突くほどに啼き声が上がり、シロを喜ばせる…バチバチと閃光が走るような感覚に朝倉の中で─プッツ…─と何かが切れた。
「おや?鼻血が…朝倉くん、大丈夫かい?」
「ん…、あ〜…う〜…」
「…シンくん」
「あ〜…♡」
「おいで、シン」
体勢を変え、向き合うと朝倉はシロを見て嬉しそうに笑い…唇を子猫のようにペロペロと舐めた。
………
肌がぶつかり合う音と、ぬちゅグジュぬちゃグジュと下品な音が寝室に響いていた。
有月に跨ったシンの上下に跳ねる躯体は、肩に寄りかかり甘えるように胸に額を擦り付けている
それを優しく抱きとめ、髪を撫でるとシンは「あ〜…ふひひっ♡」と嬉しそうに声を漏らす
ダラダラと流れる鼻血をシーツで拭い、声を掛けると幼子のように笑顔を有月に向けた。
「いい子だ…」
もう既に理性などない身体は、ただ自分を気持ち良くしてくれるという存在に絡み必死に縋り付く
無邪気に腰を浮かせ下ろす、体内を抉り襞を擦る
「あ、あぁッ、はァ、ァん…ん、もっとォ…♡」
「自分で気持ちいいところに当ててごらん…手伝ってあげよう」
「あ”っあっ!ここ、きもちぃ…!ィク、ンんぅっ!!イクっあ…♡あぁッ♡ひッんぅっ♡」
「さぁ、もっと啼いて…俺だけに、その声を聞かせてくれ…カナリア…淫気に堕ちてこそ、君は美しい。」
金色の翼を毟るように、髪を掴み血の味がするキスをした。