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──塔跡の修復現場。
シーカーや兵士が辺りを見回り、大工が中心となって塔の再建に努めている。
「ふぅ…廃材集めるだけでも大仕事だぜ。おっさん! こっちのはここに集めといたぞ!」
「おぅ助かるぜ! 悪ぃな、シーカーの兄ちゃんにまで手伝ってもらって!」
「気にすんな、塔があるから安心して行き来出来るんだ。俺達でも出来る簡単な事くらいならやるさ」
見回りの合間にも、和気あいあいと大工達の手伝いをする見回り組。ピアーニャ達が森に出かけてからは、大きな事件も無く、平穏な時間が流れていた。
それもその筈。初めて人がグラウレスタに来てから数年、今まで塔を破壊する程の狂暴で巨大な生物など見たことが無かった。せいぜい平原の、遥か遠くにいる巨大生物の蠢いている姿を、眺めていた程度である。
そういった生物が近寄ってきた時の警戒を目的として、見張りの兵士を配備していたのだが、今回は見張りも気づかず、動きが速くて狂暴という要素が合わさり、色々な悪い事態を招いていたのだった。
「ところで総長達はいつ戻るんだろうな?」
「順調に事が進めば、今日戻るらしいわよ。あんな新人や子供まで連れていったけど、大丈夫かしら?」
見回りをしながら、とあるシーカーのチームは雑談を始めた。
「総長は別として、新人や子供が何の役に立つんだ? あいつら戦えるのか?」
「いやいや、新人の方は分からんが、戦えないから泉の安全確保の仕事があったんじゃないか。特殊な事情があると考えるのが普通だろう」
「そうよ、理由も無くシーカーでもない子供を連れていく訳ないでしょ?」
「お、おう……それもそうだな……」
『お前何言ってんだ?』という視線を一斉に浴びて、ちょっと生意気そうなシーカーの剣士は黙り込んだ。
その後もその事情については憶測を立てていくも、あまり本人達には込み入った話を詮索する気が無いようで、軽い暇つぶしトークとなっている。
辺りを見回しながら喋っていると、シーカーの1人が何かに反応した。
「おっ、旨そうなのがいるぞ、あいつ昼飯な」
「いいね、大工達にも振舞えるぞ」
シーカー達は、丸い頭を前に突き出した猪のような生き物と対峙し、武器を構えた。
一方その頃森の中……
「おらあああ!! どけどけぇぇぇ!!」
どごーん!!
幼女が雲で地面スレスレを滑空し、道を横切っていたモスグリーディアを撥ねていた。
「ミューゼ! あれ捕獲なのよ!」
「ほいっ!」
飛ばされたモスグリーディアをミューゼの蔓で絡め獲り、手元に落とした所でロンデルが殴ってトドメを刺すという、綺麗な流れ作業が成立していた。
「やっぱり総長の能力は便利なのよ。荷物の心配がいらないから、持ち帰り放題なのよ」
「あたしだと同じ物だけしか詰め込めないからね。今はアリエッタの為に使ってるし」
名前を呼ばれたと思ったアリエッタが振り向いて、首を傾げる。家を出た時点ですっかり安心して、嬉しそうにミューゼの隣でちょこんと座っていた。
「なんだか機嫌良さそうなのよ。もしかして森を出たかったのよ?」
「そうだといいなぁ」
微笑みながらアリエッタの頭を撫でると、顔を少し赤らめて笑顔になる。
朝起きてから朝食を取り、薪の他に何か不思議な物は無いかと探し、アリエッタと一緒に荷物をまとめて家を出たのだが、その時からアリエッタの機嫌はとても良い。
(んふふ~、みゅーぜと一緒~ぱひーと一緒~。絶対に役に立ってみせるからねー)
「うっ……駄目だ可愛すぎる……」
アリエッタの笑顔に当てられ、ミューゼの顔から力が抜けた。
「ミューゼ! 顔顔!」
「なんつーだらしないカオだ……」
アリエッタとは対照的に、ピアーニャの機嫌は超がつく程に悪い。
なにしろ、目が覚めたらアリエッタの腕の中。そんな姿をロンデル達にじっくり見られたのである。さらに朝食もアリエッタに心配そうに観られ続け、出発準備もアリエッタが頑張って世話を焼くという徹底ぶり。
拒否したいピアーニャだったが、子供の一生懸命な姿には逆らえず、我慢していた。だが、流石に限界だったのか、『雲塊』を思いっきり飛ばして、通りすがりやちょっと奥に見える場所にいた森の生物達に、八つ当たりしていたのだった。
「……まぁお肉は無駄にはしないのよ。クリムと一緒に使えば問題ないのよ」
しかし…森を抜ける頃には、お肉の山が出来ていた。
「どうするのよこれ……」
「売るしかないんじゃない?」
「売ればいいお小遣いになりますよ」
ロンデルは気楽に言うが、明らかにミューゼ達にとってはお小遣いの範疇を超えていた。その証拠に顔が引きつっている。
「と、とりあえず、塔を直している大工さん達に振舞ってあげませんか? これちょっと多すぎるんで……」
「そうだな。そろそろトウチャクだ」
一行は塔跡に到着した。そこでとんでもない状況を目にしてしまう。
「もどったぞーって、なんだこれは?」
「あ、総長ー! 今丁度、肉パーティが終わりそうだったんですよー! 一緒にいかがですかー?」
なんと大人数が集まって、肉を焼いて大騒ぎしていた。それでも全員ではなく半数しかいなかったが。
「見回りはどうしたのですか?」
「交代でやってますよー。2回に分けて食べてたんです。ちょうど良いお肉も手に入りましたしね」
女シーカーが指を差す方向には、大きな獣が解体された跡と、まだまだ大量に残っている肉があった。頭の大きな猪のような生物の成れの果てである。
「偶然鉢合わせして、お昼にいいなーと思って狩ったら、いやぁ大物過ぎましたね。でも大工さん達のテンションも上がって、仕事も進んでいますよ」
「本当なのよ、やけに張り切ってるのよ。すっごい音出して石を積んでいってるのよ」
辺りにはドシンドシンという大きな音が鳴り響いている。
「って、なんか音大きすぎない? 大工さんは見るからに手作業なんだけど……」
「……はぁ、パーティ2かいぶんのヤキニクのにおいにつられたんだろう。あっちからくるな…むかえうつぞ」
「はい」
ピアーニャが大量の肉を降ろし、移動を始める。ロンデルは辺りの人達を集め、指示を出していった。その間にも、地鳴りはだんだんと大きくなっている。
「ぴあーにゃ?」
(あ……どうしたんだろうぴあーにゃ。それに何だ? この音)
なんだか周囲が騒がしいと思い、アリエッタはキョロキョロと見回す。
「パフィ、なんか大きいのが来る。アリエッタを守らないと」
「分かったのよ。総長がいるから私達は下がるのよ」
ミューゼ達がアリエッタを抱えて大工達のいる方に向かい、シーカー達がロンデルの指示に従い、迎撃態勢を整えた。
「きたぞ」
ミューゼの声に合わせて洗われたのは、岩のような外殻と大きな1本の角を持った、4本足の巨大な蟲だった。
「ギギギギギギ……」
「おいおい……でかすぎないか?」
「まるで岩が歩いてるみたいなのよ……」
その大きさは、足1本だけでも大人より大きい。少し離れているのに、その場にいる全員が見上げる程である。
「大工の皆さんは帰還! 未知の生物なので何が起こるか分かりません!」
「おうっ! すまねぇ!」
「さぁパフィさん達も!」
「悔しいけど、アリエッタ優先なのよ! ミューゼ逃げるのよ!」
「分かった、アリエッタ行くよ」
蟲が暴れ出し、魔法やピアーニャの『雲塊』が迎撃を始めた。甲殻が硬いせいで、怯ませるのがやっとのようである。
巨大な蟲を見て、呆然としているアリエッタを抱き上げ、ミューゼは動き始める。
その動きで、ハッと我に返った。
「ぴあーにゃ! ぴあーにゃ!?」(どこ行った!? ここは危ないから一緒に逃げないと!)
ピアーニャを探すアリエッタ。ミューゼは転送装置に向かうも、大工達が順番に転移していて、まだしばらくかかる様子である。
腕の中で慌てているアリエッタを抱きしめ、安心させようとするも、必死にピアーニャを探している為、抑えきれない。
(あんなのがいたら、僕みたいなのはまず逃がされる……はやくぴあーにゃを見つけて連れてこないと……あれは!)
ふと上を見ると、さっきまで乗っていた『雲塊』の上にピアーニャがいるのが見えた。それをみて、アリエッタは少し安心した。
(そっか、アレに乗っているから安心だよね。流石ぴあーにゃのお父さんの不思議な道具!)
アリエッタの中で、ロンデルの評価が勘違いで上がっていた。
(そうなると……僕に出来るのは……そうだ!)
ふと思いつき、アリエッタはミューゼの肩を叩いて呼び掛ける。
「みゅーぜ! かみ! たんぴつ!」
「え? ええ!? こんな時に!?」
「みゅーぜ!! みゅーぜ!! かみ!!」(はやく! 通じて!!)
いきなり紙と炭筆を要求する意味が分からず、ミューゼはオロオロするが、その真剣さと必死さを横で見ていたパフィは決心した。
「ミューゼ、走り回る訳じゃなさそうなのよ。ここは言う通りに出してあげるのよ。何をする気なのかよく観ておくのよ」
「えっ、うん……わかった!」
アリエッタを降ろし、まずは炭筆を渡すと、すぐにサイドテールになっている銀髪を解き、炭筆に結び付ける。その間に杖から出された紙をミューゼから受け取り、地面に置いて何かを描き始めた。銀髪の先は赤になっている。
今までと違い、いきなり色を付けるその行動に、ミューゼとパフィは驚くが、黙って様子を見ている。
アリエッタは手を動かしながら、精神世界での事を思い出していた。
『大事なのは、その色と形に意味を込める事。それがアリエッタにとって当たり前である程、完全かつ強い力となるでしょう』
『色と形に?』
『私の場合は、色で重さや味を決めていたりしますが、貴女にとっては色にそういう常識は無いのでしょう? でしたら、色でイメージしやすいモノを描いてみてはどうですか? 例えば──』
(これなら前は常識だったし……女神様とも試したし、絶対大丈夫!)
そして筆が紙から離れた……その時だった。
「うわあああああ!!」
「きゃあーーーー!?」
巨大な蟲が、突然大きくジャンプし、シーカー達を吹き飛ばす。しかもそのジャンプの着地地点には……
「アリエッタさん!!」
「あぶない!! アリエッタァァァァ!!」
「えっ……」
「そんなっ!?」
ミューゼもパフィも突然の事で、身体が反応しきれない。前線に出ていたピアーニャとロンデルも、確実に間に合わない。
しかし、その中でも冷静に蟲を睨む者がいた。
『ここから先……』
純粋な銀髪に戻ったアリエッタは、前世の言葉で呟きながら立ち上がり、今しがた描き上げた紙を蟲に向かって突き出した。
『【進入禁止】!!』
次の瞬間──
巨大な蟲は、アリエッタに接触する寸前で弾かれ、のけ反り……裏返しになって倒れてしまった。