車の後部座席から、中に入ろうとしているあかりを見ながら青葉は思っていた。
すぐに入らなかったが、見送ってくれていたのだろうか。
いや、きっと、なんか変な奴がやっと帰った、とか。
厄介な奴が帰ってくれた、とか思って見てたのに違いない。
仕事の上でも、その他人間関係でも、常にポジティブな方が上手くいくと思って、そうしているのだが。
何故か、あの女店主を前にすると、ネガティブになる。
嫌な気持ちになるとか言うんじゃなくて。
……自分に対する彼女の評価が気になりすぎるというか。
きっと、事故を起こした相手だからだな。
ああいう可愛いんだか、綺麗なんだかわからない顔は好みじゃないし。
青葉が純粋に綺麗だと思うのは、昔の外国の女優などだった。
全世界の誰が見ても、綺麗だと思うような。
おそらく、そんな感じの顔立ちの母親に、
「これが綺麗ってものなのよ」
と幼き頃から、しつけられたからだろう。
そういえば、さっき、あの店主の父親、俺を見て青ざめていたな。
もしや、あの子が言ってたみたいに、俺のことをあいつの彼氏だと思ったとか?
いやいや、そんなことはない。
あんなぼんやりした感じの女と自分がカップルに見えるとかない。
だが、その危険性もあるので、ちゃんと、自分は事故の関係で挨拶に来ただけだと丁寧に挨拶して、印象づけておいた。
そのとき、ふと、その父親が連れていた子どもの顔が頭に浮かんだ。
子どもは苦手だが、そんな自分にも、必死に三輪車をこいでいるあの子の姿は可愛く映った。
弟ってことは、あの子も大人になっても、あの店主みたいに、ぼんやりしてんのかな。
「いやいや、姉弟全部ぼんやりってことはないでしょうよっ」
とあかりに言われそうなことを考えながら、社長室に戻ると、全然ぼんやりしていない来斗が待っていた。
「社長、人事の吉田部長がお待ちです」
「ああ、すまない。
ちょっと寄り道したから。
遅くなってしまったな」
と言いかけ、ふと嫌な予感がして訊いてみる。
「来斗、お前の名字って、なんだったか?」
みんなが若手の来斗を可愛がって、来斗来斗と呼ぶので、つい、自分も来斗と呼ぶようになっていたが……。
「鞠宮です」
「……この辺りには多い名字か?」
「この辺りには、うちとうちの親戚だけですが」
「……鞠宮あかりは、お前の親戚か」
「姉です」
「カケラも似ていないようだが……」
「そうですか?
よく似ていると言われるんですが」
と言いながら、来斗はなんとなく顔に手をやってみている。
いや、顔の話ではない。
そういえば、顔立ちもすらっとした長身なところも似ているが、と思ったとき、
「姉をご存知なんですか?」
と来斗が訊いてきた。
「お前の姉が、俺が前庭に突っ込んだ店の店主だ」
ええっ? と来斗が驚く。
「じゃあ、あなたが猫とおばあさんをひいて、店に突っ込んできた人ですかっ」
「どんな伝言ゲームだ……」
それ、最悪だろ、と言った青葉は、
「避けて突っ込んだんだ。
そうか。
お前のおねえさんだったのか。
みなさんによろしく伝えてくれ。
すまなかったと」
と言ったあとで、
「そうだ。
今、店の前を通ったんで、様子を見に寄ったんだ」
と言うと、来斗は、
「そうだったんですか。
わざわざありがとうございます」
と頭を下げてきた。
「なんか近所の子たちに怪しい呪文を教えて踊ってたぞ」
「……申し訳ございません。
昔から、そのような感じの姉なんで」
と来斗はまた頭を下げる。
「いや、別に面白かったが」
と言いながら、どのような感じの姉だ、と思う。
それにしても、このやり手の秘書とあのぼんやり店主がいまいち結びつかないんだが、と思いながら、青葉は訊いた。
「じゃあ、あのちっちゃい子もお前の弟か」
「日向が店に来てたんですか?
なにか壊してなかったですか?」
心配性な弟は、小さい弟の心配もする。
姉もあんな感じだし。
大変だな、こいつも。
まあ、だからこそ、こいつ一人がしっかり者になったのかもしれないが――。
「しかし、お前の姉、ぼんやりしてはいるが、あの年で自分の店をオープンするとか。
意外とお前に似てしっかりしたところもあるのか?」
「ないですよ」
あっさり弟はそう言った。
「ないですよ。
なので、心配しかないです」
「だが、店の開店資金とか大変じゃないか。
どうやって……」
何年かOLをして稼いで貯めて、店を開きました、という年でもない気がするが。
ただの童顔なのだろうか?
来斗は妙な感じに沈黙している。
「ちょっと金の出所は……」
としばらくして小さく来斗は言った。
サラ金!?
街金!?
闇金!?
親が出したとかでもなさそうだ。
青葉は急に不安になってきた。
サラ金で金を借りて必死にはじめた店の前庭を潰してしまった気がしてきたからだ。
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