テラーノベル
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まだ温もりの感じる布団から重々しく立ち上がり時計を確認する。今日も特になんて事ない1日が始まる。母さんの作るいつもの味の卵焼きを口に頬張り、歯を磨き身支度をして学校へ向かう。その途中前からいつもの見知った馬鹿が歩いてくる。友人..と言う言い方は気に入らないが。多木裕二である。
多木「昨日香坂も彼女と電話してたのか?」
「居る訳ねぇだろ。高校デビュー大失敗したの知ってて言ってんのか?」
そう。去年入学した際盛大に滑った。もはやトラウマだがいい思い出..とはならない。
多木「そういや今日の体育組体操だぞ。」
「うわ最悪だ…4人組で組むんだっけ?」
多木「俺以外友達いないお前からしたら地獄だよな笑」
「うるせぇ。」
いつも通り下らない話をしながら見慣れた通学路を進む。
相変わらず意味の分からない授業を聴きながら退屈に時間が過ぎていく。帰りのホームルームも終わり帰ろうとしたその時。担任が耳の痛くなる声量でクラスにこう言う。
担任「えーうちのクラスの八草さんだが…だれが配ったプリントを本人に届けてくれる奴は居ないか?」
クラス全員の顔が渋る。彼女は事情が殆ど知られていないが月光病…と言う先天性の病気を持っているらしい。事情は聞いているものの多くの事は知らない。クラス全員彼女の顔も見た事ない。当然俺も知らない。だが名前は以前にも聞いたことがある。小学生時代引っ越す前の家の近所の同じ病院に通っていたからだ。だが今となっては当然他人の話。今の家からだと遠いし…クラス全員担任から目を逸らす。が運悪く一瞬担任と目が合ってしまった。そのせいか
担任「おい、香坂。確かお前八草(やぐさ)さんの病院の場所を知ってるそうじゃないか。頼めるか?」
断りたい気持ちで沢山だったが空気的に断れない。
「はぁ…分かりましたよ、持ってきます。」
担任「本当か!いやぁ助かるなぁ..じゃ、頼んだぞ!」
嬉しそうにお便りを渡しそそくさと去っていく。
「マジで遠いから嫌なんだけど..お前も道連れにしてやるからな??」
ため息をつきながら多木に話す。
多木「いや俺今日用事あっから。ま、頑張れよ。新しい友達作る良いチャンスじゃん笑」
何も知らずに気楽なことを言いやがる。しかしこのまま愚痴ってても仕方ないので重い足を運んで駅へ向かう。
「ゲッ..定期券学校に置いてきた..クッソこういう時に限って!!」
無駄な出費として財布から出した千円札を犠牲に切符を買い電車に乗る。今日はことごとくツイてない。数十分電車に揺られ、ホームに降り立つ。
「..とは言っても、久しぶりだなやっぱり。」
生まれの地ではあるものの放課後なので早く帰りたい思いが強いので足取りを早くして進む。数km進むと白く大きな病院が見えてきた。受付の人に事情を説明して八草の病室へ向かう。
軽くノックをしてから
ガララ
窓辺から沈む夕日を見ていた彼女がこちらに振り向く。病も関係しているのか少し青白い顔色をしていた
「あ…うっす。」
少しの沈黙が流れ八草が俺に語り掛ける。
八草「…あ、初めまして。プリント、ありがと。」
少しぎこちなく話す彼女。ほぼ初対面の相手なのだから当然だ。
八草「それで..出会って早々お願いがあるんだけど。」
突然の一言に
「え?」
思わず声が漏れる。それはそれとして彼女は
八草「ほら、私って…病人な訳じゃん?」
「自分で言うのか..」
八草「この身体じゃ出来ない体験が沢山あるんだ。」
彼女に少し古ぼけた、手帳くらいの大きさのノートを見せられる。
「..え、これは?」
八草「それ、私の死ぬまでにやりたいことリスト。君にはその、私のやりたい事を代わりにやって、その話を聞かせるだけでいいんだ。」
初対面の相手に頼む頼みじゃない。そう思ったが断るわけにも行かなかった。
「はぁ..まぁ良いけど、全部は出来ないと思うぞ?てかそれだと俺が何回も病室に来なきゃ行けねぇの..?あんたスマホは?メールとか..」
少し恥ずかしそうに
八草「いやぁ…契約とか本人が居なきゃ駄目だからさ..私行けないし。余程体調がいい時以外はね..」
尚更断りずらい。だが俺としては放課後に何度もここを往復するのはちとキツい。それに、自分のやりたいことを他人にやらせて何が楽しいのだろう。仮に彼女が俺に唐揚げ食べろと言って食べた感想を楽しそうに話したところで、彼女は食べた訳でもないのだ。
「やる分には構わないけどよ….それって意味あるか?」
八草「へ?」
少し高い声で八草が驚いたように聞く。
「別に俺がお前のやりたいことやっても、お前はやれないんだろ?なら..やるもやらないも同じじゃないのか..?」
ようやく言葉の意図が分かったように彼女は
八草「ふふ、そう思うかもだけどさ。どうせやりたい事も出来ずに死んじゃうなら、早い事誰かにやってもらった方が悔いなく追われるじゃん?
何故こんな明るく話せるのか。一応死期が迫る時期かもしれないというのに。俺は呆れて
「あぁそうですか..分かったよ、んでまずは何すりゃいいんだよ。」
彼女は待ってましたと言わんばかりに目をキラキラさせながら
八草「駅前の…あー、オープンしてからもう2年経ってるんだなぁ..あそこの大人気のいちごタルト、食べて感想教えて。」
よく考えなくても無茶な話だ。無論費用だけの問題じゃない。と言うか今こいつはなんて言った?駅前の、男子高校生には似ても似つかない雰囲気の店で、女性に大人気のタルトを1人で食えと??罰ゲームのようなものではないか。
「..1人で行けと?」
八草「そりゃそうだよ、あ、でも嫌なら他の友達連れて行けばいいんじゃないかな?」
平然と言いやがる。自分からお洒落というイニシアチブやら何やら、よく分からない相手に立ち向かった事のない人間が..それに友達と、なんて言っているが俺にはほとんど居ない。仮に多木を連れて行ったところで絵面は更にカオスになるだけだ。なら最初から一人で行く。
「はぁ…分かった、分かったよ…今週の土曜また様子見に来る。その時報告するから。」
面倒になってまた見に来ると言ってしまった。がどちらにせよ彼女の性格からしてこのまま簡単に終わらせるつもりはないのだろうが。
八草「はいはい、じゃあお願いね!そう言えば..君の名前は?」
言われてみれば互いにまだ名乗ってはいなかった。
「..香坂湊。」
相変わらず病人と思えない元気さで彼女は
八草「そっか、湊ね?私は八草天音。あまちゃんって呼んでいいよ?笑」
呆れたように俺はそのまま軽く会釈だけする。彼女が手を振って俺は病室を出る。既に暗くなり始めた外を眺めながら消毒液の香りが鼻につく廊下で俺は考える。
「はぁ..カフェなんて行った事ねぇよ…色々調べねぇと..」
溜息をつきながら病院を出る。これが、天音と俺の奇妙な縁の始まりだった。
コメント
2件
やっぱくーちゃんの書く作品は良いねぇそれにしてもやりたいことリストか……自分でやらないのは初めて聞いたなぁ