テラーノベル
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スタッフが出入りするスタジオ。
メンバーが揃って、いつもの空気。
「じゃあ次、ここからもう一回」
元貴はいつも通り指示を出し、
若井は「はーい」と軽く返す。
距離は普通。
視線も合わせすぎない。
誰が見ても、ただのバンドメンバー。
「……若井、そこテンポ速い」
「了解」
それだけ。
何も特別じゃない。
でも、休憩に入って人が減った瞬間、
空気が変わる。
自販機の前。
元貴がコインを入れようとして、手を止めた。
「……なんで、後ろ立ってる」
「近い?」
「近い」
そう言いながらも、元貴はどかない。
若井は笑って、小さく声を落とす。
「外だとさ、元貴めっちゃ冷たいよね」
「当たり前だろ」
「でも今」
「無意識に俺のほう寄ってきてる」
元貴は一瞬だけ固まる。
「……気のせいだ」
「そうかな」
若井は何も触れない。
ただ、そこにいるだけ。
元貴は缶を取り出して、
一口飲んでから低く言う。
「……外では、線引く」
「うん」
「昨日みたいなの、出すな」
「うん」
全部肯定するくせに、
離れる気はないのが分かる。
「でもさ」
若井は元貴の耳元に、
他の人には聞こえない声で言う。
「二人きりになったら、戻るでしょ」
元貴は舌打ちして、
でも視線を逸らしたまま答える。
「……戻るな」
「じゃあ、戻させない」
一瞬だけ、視線が絡む。
すぐに元貴は背を向ける。
「次、始まるぞ」
「はーい」
また、いつもの距離。
いつもの顔。
誰も気づかない。
この二人の間に、
夜を越えた温度が残っていることを。
元貴は歩きながら、
無意識に若井がいる位置を確認していた。
若井はそれを見て、
何も言わずに笑った。
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