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#ファンタジー
芙月みひろ
94
設楽理沙
1,542
幼い頃にお母さんが読んでくれた物語をずっと覚えてる。大切な人ばかり失ってきたお姫様が、やっとの思いで自由を手にし、そこで恋に落ちた王子様を守る為に最後は自分の命を捧げた物語を。私は、そんなお姫様にずっと憧れてきた。
「ねぇ綾愛、願い事決めた?」
「まだ決めてないんだよね、茉唯は決めた?」
「私は、将来安定した職に就けますようにって書いた」
「茉唯らしいお願い事だね」
私のお願い事、それは昔からずっと夢に描いてきたこと。私はそれを誰かに馬鹿にされたり否定されたりするのが怖い。もしそんなことされたら、私が2歳の頃から思い続けてた夢は一瞬で砕けてしまいそうだから。短冊に書いた願い事を、見られないようにそっとポケットに入れた。七夕祭までに、考え直さないと。
「茉唯ちゃん、今日一緒にお弁当食べない?」
「え、いいよ!じゃあ、綾愛も一緒でいい?」
「あーー、うん」
私の親友、橘 茉唯は可愛くて愛嬌のある人。だから、人気のある彼女の隣にいる私を皆よく思っていないみたい。明らさますぎて、結構傷つく。
「綾愛、みんなとお昼食べいこ!」
「ごめん。私お腹痛くて、先行っててくれる?」
騒がしい教室、人の多い廊下のせいで余計胸が苦しくなる。ここで一緒に食べていれば、もしかしたら仲良くなれたかもしれないのに、傷つくのが怖くて逃げてしまう。私はお姫様のように、強くはなれない。七夕祭のために特別に開放された屋上には、誰もいなかった。澄んだ空気は、重い心を少し軽くしてくれた気がした。
「…ねぇ、あんた誰?」
背後から声が聞こえて、私は振り返る。黒い髪の、柄の悪そうな男子生徒が私にそう言っていた。
「えっとー…」
「ここ、俺が気に入ってた場所なんだけど」
「いや、知らないですよ。公共の場だし、あなただけの場所じゃないですし」
私がそう言うと、彼は不満そうな顔をする。初対面なのに、馴れ馴れしく物申してきて少し腹が立った。
「けど、ここは俺がずっと前から使ってた場所」
「特別開放されたのは今日からですよね。ずっと前からっておかしくないですか?
…それに、私は今日しか来ないから安心して」
不服そうに、彼はパンを食べ始めた。この状況は、かなり気まずい。けれどここしか居場所がなくて、仕方なくお弁当を食べた。
「その弁当、あんたが作ってんの」
「そうですけど」
「ふーん」
それから会話もなく、私は教室に帰ろうと立ち上がった時、視線を感じた。
「…なんですか?」
「あんた、なんか悩んでることでもあんの」
「え?」
「2年の教室って、こっから遠くない?
わざわざ屋上まで何しに来たの?」
「なんで私の学年…」
「学年章のカラー、一緒だからわかった。もしかして、友達いないの?」
デリカシーのない人だな、と思った。そんなこと言われたって、見ず知らずの彼に私の気持ちを話す訳にもいかないし、何よりこの人の態度にイライラしてしまう。あんたって呼ばれるのも、友達いないのか聞いてくるのも、すごくムカつく。
「あなたには関係ないでしょ」
そう言って、私は教室へ戻った。教室に入ると騒がしくて、私を見る女子たちが何か話している。
「…ねぇ、これ羽野さんのお願いごとなの?」
彼女たちが私に差し出したのは、さっきポケットに入れた私の短冊だった。
「え、なんでこれ…」
「落ちてたの。あなたの席の近くに。子供みたいなお願い事だね」
私を見て、笑う人ばかり。やっぱり、こうなるって分かってた。
「…あ、あれ、これ小さい頃の願い事書くんじゃないの?」
精一杯の、笑顔を作って見せた。苦しい演技をしてみたけれど、騙せるかな。嫌われているならこれが嘘だってバレても別にいいのに、必死になっている私がバカみたい。
「何を言ってるの?羽野さん、これは今のあなたのお願い事を書くんだよ?」
「間違えちゃった!ごめんね、教えてくれてありがとう」
「よかった、本当だったら余計距離置くとこだったよ」
少し破れた短冊が机に置かれる。2歳の頃から私はずっと夢に見てきた。けれどいつしか、誰かに笑われるのが怖くて今まで隠してきた。夢くらい、見ても許して欲しかったな。
机の奥底に隠して、私は平然を装おうとした。周りの視線や言葉が痛くても、少し笑っていれば苦しくない。
「綾愛、大丈夫?」
「大丈夫だよ、気にしないで」
「綾愛、私はその願い__」
「いいの、ほんとにそういうの大丈夫。ほんと、もう気にしないで」
なのに、私は失敗した。茉唯がせっかくフォローしてくれようとしたのに、私は拒否してしまった。彼女の優しさを、彼女のいいところを否定したように。
「ごめん、茉唯」
短冊を、今度は落ちないようにポケットの奥に丸めて入れた。そして私はまた、逃げてしまった。行き場もないから、仮病を使うことにする。先生が用事で去った保健室のベッドは冷たかった。その冷たさが、まるで今の私のように思えた。弱くて、情けない、そんな私のようだ。
気づいたら涙が溢れてしまっていた。本当、バカみたい。
クシャクシャに丸めた短冊をゴミ箱に捨てた。七夕祭は、休もう。私はきっと最初から、お姫様のようにはなれなかったんだ。こうやって、逃げてしまうんだから。
「…何捨ててんの?」
霞んだ景色のせいで、誰に話しかけられたか分からない。けれど、聞き覚えのある声だった。
「この短冊、あんたの?」
「そうですけど…」
涙を拭いて、顔をあげるとさっき屋上で会った男子生徒だった。
「なんで泣いてんの。やっぱり悩み事あんの?」
「ないし、その短冊捨てていいよ」
彼は私の丸められた短冊を広げようとしている。私は彼から奪おうと思ったけれど、身長差に負けてしまった。
「やめて、読まないで」
「じゃあ、何に悩んでるのか教えてよ。クラス違うし関わることも少ないんだし、それくらいよくない?そしたら返してあげる」
少し悪そうな顔をして笑う彼に、従った。この胸の苦しみを、誰かに吐きたかったから。茉唯のこと、茉唯の周りの人が私を嫌っていること、願い事を否定されたことを全て話した。話している間、彼は特に何も言わず黙って聞いているだけだった。
「…もういいでしょ。話したし、返してよ」
「俺はいいと思うよ」
「何が?」
「”お姫様になって、運命の人に出逢いたい”っていうあんたの願い事」
読まれてしまっていた。けど、短冊を持つ彼の瞳は真っ直ぐでバカにしているようには感じられなかった。
「これがあんたの本当の夢なら、信じて願い続けなよ。誰かの言葉で消えるくらいの夢だったの?」
「…いや、違うけど。
というか、出会いたての私の話によく付き合ってくれるね」
「なんでだと思う?」
彼は何かを企んだように私にそう問いかけた。そう言われても、わかんないし何を考えてんだろう。
「…正解はね」
「うん」
「弁当作って欲しいから」
「…は?」
「だってあの卵焼きすごい美味しそうなんだもん。俺も食べてみたい、ああいうすげー豪華な弁当」
「え、だから私の話聞いてくれたの?」
「そう、借り作ってもらった。だから明日から俺の弁当作ってよ」
やっぱり、この人は意味わからない。凄く真剣に聞いてくれて、おまけにアドバイスまでくれて優しい人かと思ったらお弁当を作って欲しいとか子供みたい。そう考えていると彼はまた真っ直ぐな瞳で私を見つめてきた。
「…真面目な話、あんたの夢、俺は絶対否定しないよ。だって俺の夢も…いや、なんもない」
「え、なに?」
「なんもないって。明日から弁当な!屋上、来いよ。あんたのせいでサボろうと思ったのに、全然ゆっくりできなかったわ」
彼は、そう言って保健室を出ていく。余計な一言が多い人だ。そういえば、あれを聞いていなかった。私は廊下の先にいる彼に届くように少し大きな声を出す。
「ねぇまって!あなた、名前は?」
「羽瀬川 蒼眞」
「私、羽野綾愛」
彼は一瞬、驚いたような顔をして笑う。
「よろしく、綾愛」
乱れた制服を身に纏う、蒼眞は私と同じような雰囲気を感じた。
“誰かの言葉で消えるような夢”か。長年願い続けてきたこの夢は、誰かの言葉で消えて欲しくないな。気づいたら放課後になっていて、教室には誰もいなかった。学校を出て、広い空を見上げる。どこかで、お姫様は王子様と出逢っていたらいいな。
「…ん?なにこれ」
道の端に小さな本が落ちていた。すぐに読み終わってしまいそうな薄い本が。
「これ…」
“指切り姫”
そう書かれているこの本は、お母さんが昔読んでくれた本だった。嬉しくなって、私はその本を少し読んでみた。途中のページに小さな花びらが挟まっている。その花びらを手に取った瞬間、辺りが光って視界が真っ白になった。
暫く経って、目を開けると本は手元から消えていた。
「なんなの…」
怖くなって急いで家に帰ると、お母さんが深刻そうに私へ駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「うちの前で、倒れてたって綾葉が言ってるの。どうしましょう、記憶がないって言うのよ…」
何事かと思い、リビングへ行くと男の子が座っていた。ボロボロの服を身にまとった、瞳の綺麗な男の子。
「綾葉、どういうこと…?」
「私もさっき帰ったばかりなんだけど、家の前に倒れてて、声掛けたら記憶がないみたいで」
「あのー、大丈夫ですか…?」
そう声をかけると、彼は綺麗な瞳で私を見つめて近づいてくる。
「…やっと会えた」
「え?」
「僕の、運命の人に」
そう言って、彼は私に微笑む。
胸元のネックレスは光り輝いていて眩しい。
私は彼の笑顔を、知っている気がした。
コメント
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凛さん、第2話読ませていただきました。 綾愛の「見つからないようにポケットにしまいたくなる夢」の描き方がとても繊細で、胸がぎゅっとなりました。蒼眞くんの“誰かの言葉で消えるような夢だったの?”という言葉、あれが彼なりの優しさで刺さりました。最後の“やっと会えた”はもうドキドキ…!この先がすごく気になります。続きを楽しみにしています🌷