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みなさんは誰もいない世界に迷い込んでしまったことはあるだろうか。
これから綴る話は二十数年前、私が小学生だった頃に体験した不思議な出来事である。
当時私にはよく一緒に遊ぶ仲の良い友達のAとBがおり、休日ともなればAの家に集まって3人でテレビゲームをして遊んでいた。その日は平日だったが学校行事か何かの振替休日で、各々昼食を食べたらAの家に集合する約束をしていた。私が自宅で昼食を食べ終わる頃Aから電話が来た。
「Bはもう来てるよ!早く来て遊ぼうよ!」
今すぐに行きたいのはやまやまだったが私の家は特に祖母が厳しく、他所様の家のお昼時を邪魔するものではないと教えられていた為すぐ向かうことができず、私がAの家に着いたのは午後二時より少し前だった。
もちろん玄関の前にはBの自転車が停めてあり、自分より早く来て遊べているBに少々羨ましさを感じながらも隣に自転車を停めAの家へ入った。
「Aくーん!あーそーぼ!」
反応がない。いつもならAのおばあさんが居間の襖から顔を出しにこやかに出迎えてくれるのだが、その日は誰も顔を出さなかった。不自然なまでの静けさだけがそこにはあった。きっと今日は家族みんな留守なのだと思い、2階にいるであろうAとBに聞こえるようにさっきより大きく呼びかけた。
「Aくーーん!!あーそーぼー!!」
しかし反応はなかった。
勝手に家に上がるのは気が引けたが、玄関にAとBの靴があり中にいるのは間違いないと思い勝手に上がらせてもらうことにした。Aは一階と二階にそれぞれ自分の部屋を持っていた。姉の一人暮らしを機に使わせてもらっている一階の部屋と、元々メイン使っている二階の部屋だ。まず一階の部屋を開けたがそこに二人はいなかった。やはりこっちじゃなかったか。そう思うと同時に二階に二人がいることを確信した。私は二人に聞こえるようにわざと足音を大きく鳴らし階段を駆け上がった。階段を上り終え一番奥にあるAの部屋に向かっていると少し違和感を覚えた。静かすぎるのだ。二人は奥の部屋でゲームをしている。そう思っていたのに、普段なら廊下まで聞こえてくるゲームの音も笑い声も何も聞こえてこない。不安になりながらも奥の部屋のドアを恐る恐る開けてみる。そこに二人の姿はなかった。
誰もいないAの部屋の中で考える。これはきっと二人の悪ふざけに違いない。どこかに隠れて私の反応を見て楽しんでいるんだ。そう思い隠れていそうな押入れを開けてみる。いない。隣の部屋とを仕切っている襖を開けてみる。いない。当てが外れてムキになった私は、隠れている二人を見つける為に二階から順番に全ての部屋を探すことにした。両親の寝室やクローゼットなど普段なら絶対に立ち入らないような部屋も、かくれんぼの鬼になったつもりで探した。しかしどの部屋にも二人はいなかった。絶対に見つけてやる。そう心の中で呟きながら階段を下りた。一階もすべての部屋を探した。まるでAの家を探索しているようで途中からワクワクしながら二人を探したのを覚えている。
家中を探したが結局二人は見つからなかった。
家の中にいないということはさては外か。そう思った私は、家の周りも探してみることにした。縁の下、庭の畑、車庫、道向かいにある倉庫。しばらく探したがやはり二人はどこにもいなかった。もはやなにかしらのゲームと錯覚していた私は諦めきれず、再び家の中を探しに戻った。しかし一階の台所を探している途中ふと疑念が生まれた。隠れているのではなくなんらかの理由で本当に誰もいないだけだとしたら、これはただの不法侵入ではないだろうか。いろんなところを探し回ったが、やっていることは空き巣と一緒なのではないか。もしAやAの家族にバレたら警察に捕まってしまう。そう思い始めたら罪悪感と恐怖でその場にいられなくなり私は急いで外へ出た。
誰かに気付かれたらまずいと思った私は、庭の砂利の音が鳴らないようにゆっくり自転車にまたがり忍び足で帰ろうとした。
そこで私はあることに気付いた。なんと開いている居間の大窓からテレビの音が漏れている。さっきまでは不自然なほど無音だった家の中から午後のワイドショーの音が聞こえているのだ。何が何だかわからなかったが、私は逃げ帰るのをやめ誰かいるのかを確かめに再び家に入ってみた。好奇心だった。
「…こんにちはー」
控えめに挨拶してみる。
すると信じられないことに、居間の襖が開きAのおばあさんが顔を出した。
「あらいらっしゃい、AもBくんも二階にいるから上がって」
いつもの優しい口調でそう言ってスリッパを用意してくれるAのおばあさん。状況がまったく理解できない。私が急いで外へ出たとき台所から居間を通って外へ出たが、そのときは間違いなく誰もいなかった。先程までとは違う恐怖が湧いてきた。
理解が追いつかないが、私は促されるままスリッパを履き二階へ上がった。階段を上っていくといつも通りの笑い声が聞こえてきた。信じられないという気持ちと罪悪感といろんな恐怖がぐちゃぐちゃに混ざったなんとも言えない感情のまま、笑い声のする奥の部屋のドアをゆっくり開けた。そこにはテニスのゲームで盛り上がっているAとBがいた。
「遅すぎるぞー!なにしてたんだー?」
そうAから聞かれたが、適当なことを言ってはぐらかした。Bは何度かこちらを見つつもゲームに夢中である。
「…ずっとここでゲームしてた?」
私はどうしても気になっていることを聞いてみた。
「うん!Bが来てからはずっとここでゲームしてる、よっ!」
Aは豪快にスマッシュを打ちながらそう答えた。嘘を言っている感じには見えない。だとすると余計に訳がわからないのだ。
「負けたー!!むかつくー!」
突然Bが声を荒げ、悔しくそうに床を殴る。どうやらAに負けたらしい。Bは振り向いて私にコントローラーを渡してきたが、私は頭が混乱していてゲームどころではなかった。
「おれテニスは弱いからBがやっていいよ」
私はそう言い、近くにある漫画を手に取った。Bは嬉しそうにまたテレビに向き直った。
二人に問い詰めたいことだらけなのに、罪悪感と恐怖が問い詰めることをためらわせる。結局私は終始漫画を読んでいるふりをして過ごし、何も解決しないまま家に帰った。ビビりで心配性な私はその日の出来事を家族にも友達にも話すことができないまま、しばらく一人で頭を悩ませたのだった。
あの不思議な出来事から十年以上経ち、AもBも私も成人し社会人になった。
久しぶりにBと二人で飲むことになり、酒の席であの日の出来事を初めてBに話した。と言うよりむしろ初めて人に話した。酔っていたというのもあるが、不法侵入も空き巣も時効になったであろうタイミングでどうしてもあの日の真相を確かめたかったのだ。話している途中にBからは、夢でも見たんだろうとか作り話だろうと茶化された。だが私があまりに鮮明に覚えていて詳しく話すものだから次第にBは私を疑うのをやめたようだ。私がすべて話し終えるとBが難しい顔をした。どうやら古い記憶を探っているらしい。
「確かにお前がかなり遅れてAの家に来て、そのあとずっとなんかおかしい感じの日があったような気がするわ。ただ、お前をからかおうとか騙そうとして隠れてたなんてことは記憶の中では一回もないよ。」
Bはそう言いレモンサワーをひとくち飲んだ。十年以上前の出来事を鮮明に覚えている私も大概だが、何百ページもあるであろう思い出の中のたった一ページの、しかもその一行にも満たないようなたわいもないことをまさかBが覚えているとは思わなかった。学生時代勉強が出来なかったBの成長には驚きである。続けてBは言った。
「正直昔過ぎておれの記憶が怪しい可能性もあるから、今度Aに会ったら聞いてみるか。おれも気になるしな。」
私はAとは疎遠になってしまったが、Bは消防士になったAと消防団の関係で頻繁に会うらしい。はっきり言って期待はしていないが、十年来のモヤモヤが晴れるといいなとBは笑いながら言ってくれた。なかなかいいやつである。
それからしばらく経って、Bから連絡があった。Aに会ったので話をしてくれたらしい。
「Aはお前が遅れて来た日があるとかそんなんなーんにも覚えてないし、隠れておどかそうとした記憶もないってさ」
思った通りだった。やはり誰かに話したところで解決する話ではなかった。
「というか思ったんだけど…」
と、Bは続けた。
「おれが来てるから早く来いって昼過ぎにAから電話あったって言うけど、おれん家もお前ん家と一緒でばあちゃんうるさくて昼どきに遊びなんて行けなかったから昼過ぎにAの家にいるのはありえないぜ?」
鳥肌が立った。今まで気付かなかったが確かにBの言う通りだ。私とBがAの家に集合する時間は毎回だいたい一緒だった。Bがその日だけ言いつけを破って早く遊びに行ったのか。それともBの言うようにそんなことはありえないのか。いろいろな可能性を思案しているとまたBが言った。
「Aが早く来て欲しくてお前に嘘言ったか、そもそもその電話はAじゃなかったかだな。そんでそのあと起こった不思議な出来事を考えると、可能性が高いのは後者じゃねーか?お前狐か狸にでも化かされたんじゃねーの?」
信じがたい話ではあるが、信じがたい経験をしただけに否定することができなかった。
Bからの指摘で獣に化かされていた線が浮上したが、あのときの出来事を私はこことは違う世界、いわばパラレルワールドにでも迷い込んでしまったのではないかと思っている。何をきっかけに迷い込んでしまったのか。何をきっかけに戻ってくることができたのか。今でもたまに考えるが答えは出ない。
もしみなさんが誰もいない世界に迷い込んでしまっても、あまり深くまで迷い込んでしまわないように気をつけていただきたい。もしかしたら、戻って来れなくなるかもしれないから。