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「……トリー……」
メリーティアが顔を上げると、その悲惨な姿を目にしたトリーはせせら笑った。
グウェンダルとともにゴシップ誌に報じられた女だ。彼のことを愛していたはずなのに、ちっとも悲しんでいる様子はなかった。
「……どうして笑っていられるの」
「どうしてって? 愉快だからよ」
「愉快? あなたもグウェンダルのことを愛していたのではなかったの……?」
メリーティアが据わった目で尋ねると、トリーは鼻で笑い飛ばす。顎をツンと上げた彼女はゴミを見るようなまなざしで、処刑台の上のグウェンダルだったものを一瞥した。
「あたしを好きにならないなら、死ねばいいのよ」
「――――は?」
「あの夜の真実を教えてあげるわ。あたしが彼に媚薬を盛ったの」
「なんですって?」
「でも、介抱するために休憩室にいっしょに入ったあたしを、あの男はテラスに追い出した。あんなに朦朧としていたくせに! あんたじゃなきゃ抱かないって言うのよ……!」
怒りの形相で叫ぶトリーは醜かった。
「彼がそのまま気を失ったものだから、あたしは一晩中テラスで過ごす羽目になったわ。あたしにあんな屈辱を味わわせたんだから死んで当然。フン、いい気味よ」
最後の言葉は、グウェンダルとメリーティアのふたりに対して吐いたものだろう。
グウェンダルの潔白が証明されたが、うれしい気持ちにはならなかった。
「そんな健気な夫なのに、あんたは勘違いして家出なんかしちゃったのね。かわいそうなグウェンダル」
メリーティア自身もそう考えていたため、嘲笑混じりの浮ついた声が、頭にキンキンと響いてひどく痛んだ。
「あんたのそういう顔をずっと見てみたいと思っていたわ」
トリーは扇の先でメリーティアの顎をすくった。
いつも幸せそうに笑っていたメリーティアが、家族とグウェンダルの死により打ちのめされている。これを愉快と言わずしてなんと言うか。
――トリーはそんな表情をしていた。
昔からずっと彼女に嫌われていたことは知っている。
実家は同じ爵位で、同じような事業を手がけているのに、ハイゼンベルグ家のほうが何事も上手くいく。またトリーの容姿は華やかさに欠け、メリーティアにそのつもりはなくともいつも引き立て役のようになっていた。
そして彼女が好きになる男はみんなメリーティアを好きになる。
グウェンダルもそうだ。
トリーの夫になった副騎士団長はさえない容姿で、家柄も大したことはない。
「いいものはなんでもメリーティアが持っていってしまう」というのが彼女の口癖だった。
「あんたから全部奪ってやったわ」
トリーはそう呟いたあと、突然大きく舌打ちする。
「なのになんでまだ綺麗なままなのよ」
群衆に揉まれて薄汚れ、絶望の涙に濡れた姿のどこが綺麗なのか、メリーティアには理解できなかった。
柴田
224
#一年で体重二倍
専業プウタ
343
さぶれ
131
#主人公最強
杯雪乃
1,183
「――ああ、そうだ」
歌うような声からは、相手をもっと傷つけてやりたいという心の内が透けて見えていた。
今度は一体何を言うつもりなのか、と怯えたメリーティアは肩をビクッと跳ねさせる。
「『ヴィネコット』はお口に合ったかしら?」
「……まさか」
嫌な予感がして動悸が止まらない。これ以上何も聞きたくなかった。
「ふふっ、アイボリーはあたしの母の生家よ。皇后陛下に頼まれてあたしがハイゼンベルグに贈ったの。びっくりして死んじゃうくらい、とっても美味しかったでしょう?」
「……どうしてわたしの家族を殺したの? わたしのことが嫌いなら、わたしだけを殺せばよかったじゃない……っ」
目を真っ赤にして震える声を出すメリーティアの姿に、トリーはぞくぞくと背筋を震わせた。
「知らないわよ。言ったでしょ、皇后陛下に頼まれたって。あんたたちが第二皇子なんかを支持したのが悪いんじゃない? ほんとバカよね。冷酷無比な皇后陛下が、自分の息子を皇帝にするのに邪魔な存在を生かしておくはずがないじゃない」
ぺらぺらとよく喋る口だ。
盗み聞いた誰かが告発してくれないかと考えたが、そうなったとしてもトリーが足切りされて終わりだろう。
皇后や第一皇子はのうのうと生きていく。
「第一皇子暗殺未遂の証拠になったグウェンダルの剣はね、あたしの夫が盗んだのよ。ぜーんぶ第一皇子と夫の自作自演」
ずっと、ずっと、怒りで目眩がしている。
皇后、第一皇子、トリー、その夫である副騎士団長。憎い者の名前が頭の中をぐるぐると回っていた。
「なんで……どうして……」
「あんたらがバカなおかげでうちの一族が皇后陛下に贔屓されて、あたしの夫が次の騎士団長よ。愚かでありがとう」
にっこりと微笑むトリーの顔を両目に映して、何も言葉にならなかった。
ハイゼンベルグ家も、グウェンダルも、皇位争いに巻き込まれて死んだのだ。
第二皇子は一体何をしているのか、と姿を捜しても、この場には見当たらなかった。いたとしても、彼は力のない皇子だ。いくら人柄が優れていようと、それだけで皇帝になれるほど甘くはない。
今まではハイゼンベルグ家とホールトン家が彼の強力な後ろ盾だった。
だが彼を支持していた家門はこれからどんどん背を向けるだろう。第二皇子を支持すればこうなる、というのを今まさに見せつけられたのだから。
「あんたが帝都にいて皇帝陛下に媚びて懇願していれば、グウェンダルは命だけでも助かったかもしれないのにね」
メリーティアが家出をする原因を作ったくせに、トリーは他人事のように笑っている。
「そもそもグウェンダルはあんたと結婚したのが間違っていたのよ。第二皇子を支持していたハイゼンベルグと縁故にならなければ、ホールトン家は中立でいたはずだわ。あんたを妻になんかしなければ、グウェンダルが皇帝陛下に目をつけられることもなかった。自分でもそう思うでしょう? あんたなんかと結婚したから不幸になったんだわ」
「……黙りなさい」
「えー? なんて?」
「黙りなさいって言ってるのよ……!」
トリーに掴みかかろうと腰を上げたとき、近衛騎士たちがメリーティアを取り囲んだ。
「邪魔よ! どきなさい!」
「メリーティア・ホールトン様。皇帝陛下がお待ちです」
「どういう意味よ? どこに連れていくつもり? 離してっ、離しなさい――!」
叫ぶメリーティアを、近衛騎士たちは丁重かつ強引に連行していく。
グウェンダルが第一皇子暗殺未遂で処刑されたいま、妻であるメリーティアにも同様の容疑がかかってもおかしくはない。このまま牢獄に入れられていずれは処刑されるのだろうか。
抵抗する気力が失せ、メリーティアは乾いた笑いをこぼす。
死んだほうがマシだ。家族もグウェンダルも殺された。生きていたって何の意味もない。
(……ああ、でも)
メリーティアは自身のおなかを見下ろし、ぐっと下唇を噛み締めた。
グウェンダルとの子どもの命がそこに宿っている。
初めて身体の内側からおなかを蹴られた感覚がして、涙がこみ上げた。
(死ぬわけにはいかないわ)