春の光が、教室の窓から差し込んでいた。
窓際の席に座る涼ちゃんの髪が、淡く透けて見える。
僕はその背中を、また今日も目で追っていた。涼ちゃんの笑顔は、いつだって優しい。誰に対しても、分け隔てなく穏やかで、ふわっと包み込むような声で話す。
だけど、その声がいちばん近くで響いているのは、僕じゃない。
「若井、今日の放課後、少しだけ寄り道しない?」
そんなふうに、涼ちゃんは彼にだけ特別な声をかける。若井は少し照れたように笑って、「うん、行こうか」って返す。僕はそんな二人のやり取りを聞きながら、あえて無関心を装って、ノートに視線を落とした。
だけど心の中では、ずっと、ずっと──
『その隣にいるのが、僕だったらよかったのに』って、何度も願っていた。
「元貴、また寝不足?」
涼ちゃんが僕の机に顔を近づけて、覗き込む。彼の瞳は、まっすぐで優しくて、いつだって光を含んでいる。こんなにも優しいのに、どうして僕を見てくれないんだろう。
「ちょっとだけね。夜に音楽聴いてたら、止まらなくなっちゃってさ」
僕が笑いながら言うと、涼ちゃんは困ったように笑って「また〜」と、心配そうに眉を寄せた。その表情すら、僕には優しすぎて、胸が締めつけられる。
「無理しないでね。ちゃんと寝なきゃ、身体壊しちゃうよ」
「うん、ありがとう。気をつける」
本当は、君に言われると嬉しくて、また眠れなくなりそうなんだけど。そんなことはもちろん言えないから、僕はそっと笑ってみせた。
「ねぇ、元貴」
「ん?」
「若井のこと、最近ちょっと無理してるみたいでさ。あの人、あんまり言わないけど、僕、ちょっと気になってて…」
優しい声が僕の心をかすめる。恋人としての言葉。僕の立ち位置は、やっぱり“友達”でしかないんだって、突きつけられる。
「そうなんだ。たしかに最近、ちょっと疲れてる顔してたよね。気にかけてあげて」
「うん…元貴が言ってくれると、なんか安心するな」
涼ちゃんはそう言って笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、僕はまた何も言えなくなった。
そんなふうに優しく笑わないで。僕に向けてくれるそのまなざしが、もっと残酷に感じる。
君の隣にいるのは、僕じゃない──それを、何度も思い知らされる。
放課後、教室を出ていく二人の背中を、僕は静かに見送った。二人の距離は自然で、言葉なんてなくても、わかりあっているように見えた。
でも、僕たちはずっと3人でいたんだ。
音楽の話をして、放課後にくだらないことで笑って、時には真面目なことも語り合った。
そんな時間が、ずっと続けばいいと思ってた。
若井は僕と違って、自然体でいられる人だった。口調は「俺」だけど、どこか柔らかくて、涼ちゃんにもぴったりだった。
ふたりが付き合ってるって知ったとき、正直なところ、頭が真っ白になった。
だけど、反対する理由なんてなかった。
だって、どちらも僕にとって大切な人だったから。
「元貴ってさ、なんでも受け止めてくれるよね」
涼ちゃんがふと言った言葉を、今でも覚えている。
受け止めるしかなかったんだ。受け入れて、笑って、祝福するしかなかった。
友達って、そういうもんだろ?
でも、心の奥ではずっと叫んでいた。
『なんで僕じゃだめだったの』
『こんなに好きなのに、どうして届かないの』
“友達”という立場に甘えて、そばにいることで満足したふりをしている。だけど、本当は──その一歩を、ずっと望んでしまっていた。
その夜、家に帰ってからも眠れなかった。
部屋の明かりを落として、イヤフォンで音楽を流す。
いつか聴いたメロディが、心の奥に触れて、涙がこぼれそうになる。
『君が選ぶ未来に、僕は入ってない』
『それでも隣にいたいって思うのは、君じゃなきゃダメなんだ』
こんなにも心を揺さぶる歌詞に、自分の気持ちがそのまま映し出されてるようだった。
言えるわけがない。
この気持ちを口にした瞬間、僕らの関係は壊れてしまう。
それでも、言わずにはいられないほど、胸が苦しかった。
言いたい。でも言えない。
言ったら、全部が変わってしまう気がして、怖い。
誰にも言えないこの想いは、どこへ行くんだろう。
涼ちゃんと話すたびに、優しさに触れるたびに、僕は少しずつ壊れていく気がした。
だけどそれでも、僕は君を目で追ってしまう。
君の隣にいるのは、僕じゃない。
それを分かっていても、明日もまたきっと、同じように笑ってしまう。
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