※交通事故要素あり。嫌な方はスルーしてください。
「なあ、今日さ、久しぶりに3人で外食でもしない?」
滉斗が少し照れたようにそう言ったのは、いつも通りのスタジオの昼下がりだった。
その場にいた元貴と涼ちゃんは顔を見合わせて、笑う。
「え、どうした?珍しく誘う側じゃん。滉斗」
「いや、たまにはさ。さすがに最近ピリピリしすぎてるだろ?」
ここ最近、アルバム制作の追い込みが続いていた。
それぞれが楽曲に真剣すぎるからこそ、音への向き合い方や意見の衝突もあった。
けれど、こうして笑い合う時間も確かにあった。
「いいじゃん。今日はちょっと贅沢しようよ」
元貴が軽く伸びをしながら言った。
「俺、行きたい店ある。なんか、おっきなとろとろのオムライス出てくるとこ!」
涼ちゃんが嬉しそうに言うと、滉斗も「オムライスかよ」と呆れながらも頷く。
—
夜。
3人は都内の静かな裏通りにある、小さな洋食屋にいた。
「うわー、ほんとにデカいじゃんこれ……!」
涼ちゃんの前には、夢のようなオムライス。
元貴は赤ワインを一杯だけ手に取り、ふっと笑った。
「……このまま、ずっとこうしてたいね」
「ん?」滉斗が振り返る。
「なんかさ、当たり前みたいに3人でいて、喋って、笑って…音楽のこと考えてる時間がさ。実は一番の贅沢なんじゃないかって」
元貴の言葉に、2人は「そうだね」と、ニコッと笑いながら頷いた。
—
食事を終えた帰り道。
元貴は「ちょっと歩きたい」と言って、帰路とは逆の方向へ一人で歩き出した。
小さな交差点の信号が、ちょうど赤から青へと変わる。
あの日、あの瞬間。
わずかに空を見上げて、彼は思った。
——もっと、音楽を届けたい。
——まだ、終わるわけにはいかない。
その瞬間だった。
横から猛スピードで突っ込んできた車のヘッドライト。
ブレーキ音。叫び声。
地面に叩きつけられた音。
全てが、スローモーションだった。
—
「……っ、元貴!? 元貴っ!!」
滉斗と涼ちゃんが駆け寄った時、元貴はすでに動かなくなっていた。
血に濡れた手のひら。割れたスマホの画面。
近くにいた通行人が救急車を呼び、2人は泣き叫びながら付き添った。
「嘘だろ……おい、元貴……目ぇ開けてくれよ……!」
—
その夜、病院のICUに響いたのは、無機質な機械音だけだった。
—
どれくらい時間が経ったのか。
元貴の意識は、深く深く沈んでいった。
音も色も、感覚もない空間。
何もない白の中に、彼はひとり、立っていた。
するとどこからか声が響く。
「ようこそ。ここは君の心の底、夢と現の狭間。」
振り返ると、そこには“自分にそっくりな顔”をした人物がふたり。
ひとりは真っ白な服を着て、
もうひとりは深紅の羽織を身にまとっていた。
「……誰だよ、お前ら……」
天使のような微笑みで白い方が囁く。
「僕は、君の“希望”」
そして赤い方がにやりと笑う。
「で、俺は“絶望”。さあ、元貴。お前はどっちに傾く?」
白と赤が交差する世界で、
静かに、元貴の「夢」が始まった。
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