テラーノベル
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ボーダー本部の一角、防音設備が完備された個人ランク戦用のブースは今や2人の「密会」の場と化していた。
空調の微かな音だけが響く室内。
そこには、ベータである米屋には本来届かないはずの、濃厚なアルファのフェロモンが渦巻いていた。
米屋はベータだ。フェロモンを嗅ぎ取ることはできないし、本能が狂わされることもない。けれど、出水が放つそれは、視界を刺すような鋭利な熱量を持って米屋の肌を打つ。まるで冬の夜気が肺の奥を焦がすような、冷たくて痛いほどの威圧感。
米屋はその目に見えない重圧をむしろ心地よいとさえ思いながら、全身で受け止めていた。
「……はぁ、……いずみ、」
組み敷いた出水の髪を、米屋が指先で乱暴に掬い上げる。
出水の肌には、米屋がつけた生々しい赤紫の痕がいくつも散っていた。エリート中のエリート、A級1位の隊に属する天才射手が、ただのベータである自分に四肢を投げ出し、呼吸を乱して悦びに浸っている。
その事実が、米屋の心にある種の歪んだ独占欲を抱かせた。
「……なあ、出水。」
米屋はわざと、出水のうなじに顔を寄せた。
そこには、自分のようなベータには決して許されない、アルファが番を支配するための鋭い牙を立てるべき場所がある。だが、今そこに牙を立てようとしているのは番の資格を持たない自分だ。
米屋は出水の熱い肌に歯を立て、あえて乱暴にその柔らかな肉を噛み締めた。
しかし、どれだけ深く痕を刻もうと、どれだけ自分の執着を叩き込もうと、それは単なる傷跡に過ぎない。オメガを繋ぎ止めるような、魂に刻印を押す「マーキング」としての意味は、米屋の行為には一滴も含まれなかった。
「……は、陽介……っ!」
出水が漏らす吐息が耳を打つ。
その声が甘ければ甘いほど、米屋の心には冷ややかな事実が突き刺さる。自分がどれだけ出水を組み敷き、その肌を蹂躙しても生物学的な「番」という唯一の形には一生届かないのだ。
「なぁ、ベータの俺にこうやって組み敷かれるのって、どんな気分? アルファとしてのプライド、ズタズタじゃねーの?」
―少しだけ意地の悪い問いかけ。
出水は、潤んだ瞳をゆっくりと持ち上げた。いつもは飄々と不敵な笑みを浮かべている唇が、今は熱に浮かされたように微かに震えている。
「……は、なんだそれ…。……んなの最高に決まってんじゃねーか。」
出水は少し拍子抜けしたような表情をし、その後少し笑って米屋の首に腕を回した。
「プライド? そんなもん、おまえに初めて抱かれた日にとっくに捨ててるわ……。」
そう言って出水は自ら腰を揺らし、米屋をさらに深くへと誘う。アルファとしての強固な自尊心を、ベータである米屋の熱に溶かされていく悦びに塗り替えていく。
「……っ、出水、おまえさぁ、マジで…。」
米屋の喉が鳴った。組み敷いた腕に力を込め、抗えない力で出水を床に押しつける。
視線の先には、先ほど自分が噛みついた出水のうなじ。赤黒く変色し、じくじくと熱を持っているそこは、けれどどれだけ強く愛しても、明日にはただの傷として癒えてしまう。
「……なあ、出水。ここ、もっと深く噛んだらさ、」
米屋はわざと、傷跡に舌を這わせながら、掠れた声で囁いた。
「一生消えない痕になって、俺だけのものになんねーかな。…おまえがいつか、知らないオメガと番になる前にさ。」
その言葉に、出水の身体が僅かに震えた。
快楽による震えではない。2人の間に横たわる、どうしようもない「血の不条理」に触れた反応だ。
出水は無理やり後ろへと身体を向け、米屋と視線を合わせた。潤んだ瞳の奥には逃れようのない本能への恐怖と、それを上回る執着が混在している。
「……バカかよ。誰がなるかよ、そんなもん……っ。俺が欲しいのは、本能が選んだ相手じゃねー……。今、俺をめちゃくちゃにしてる、おまえだけだ…!」
出水は縋るように米屋の唇を塞いだ。
出水の吐息、肌の粟立ち、そして自分を求める指先の強さが、どのフェロモンよりも雄弁に「出水公平」という存在を米屋に叩きつけていた。
「……おい、陽介、もっと……もっと刻めよ。番がどうとか、運命がどうとかお互い考えられなくなるくらいにな。」
「……はいはい、仰せのままに。」
米屋は出水の言葉を飲み込むように、再び激しく突き上げた。
番という運命の鎖で繋がることはできない。
けれど、今この瞬間に、誰よりも深く、誰よりも野蛮にアルファを屈服させているのは、他でもないベータの自分だという傲慢な自負だけが、米屋の胸を焦がしていた。
2人はそのまま互いの存在を消えない痕跡として刻みつけるように、果てのない熱の中へと沈んでいった。
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