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魔女。
彼女らは長年、魔物の一種だと考えられていた。
事実、そう言い伝えられてきた。
最初の発見はイダンリネア王国が建国された直後だと、様々な古書が書き記す。
つまりは千年以上もの間、魔眼を宿した女性を魔物だと決めつけてきた。
そして、狩り続けた。
しかし、歴史は動く。
光流暦千十七年。
その年の一月に、女王オデッセニア・イダンリネアが真実を打ち明ける。
それこそが、転機となった人間宣言だ。
魔女もまた人間であると、民に布告した。
突然の発表に人々は眉をひそめるも、その反応は至極まっとうだろう。
なぜなら、魔女は魔物だと教わって育ったのだから、常識そのものを書き換えなければならない。
ましてや、唐突過ぎた。このタイミングでの通達にはそれ相応の事情があるのだが、至った経緯を知る者は限られている。
人間宣言。魔女は自分達と同様に人間であるのだから、これからは手を取り合って助け合おう。
つまりはそういうことなのだが、これは加害者の立場だからこそ言えることであり、被害者側が受け入れるかどうかは別の話だ。
積もりに積もった恨みは、残念ながら消えてはくれない。
その結果がこれなのか?
イダンリネア王国から最も遠い軍事基地で、多数の軍人が殺された。
残念なことに、死傷者のカウントは止まらない。
新たな敗者は、ダガーで首を斬り落とされた。噴水のように血液を噴出させながら、頭部のない体がドシンと倒れ込む。
不思議なことに、実行犯の姿だけが見当たらない。
当然だ。彼女は既に別の軍人を切り裂いている。
目にも留まらぬ殺意が、第四先制部隊の生存者を三人減らした瞬間だ。
「弱すぎ弱すぎぃ!」
ツインテールのように両サイドで束ねられた髪は浅紫。
その顔は満面の笑顔ながらも、そこには無数の古傷が描かれている。
黄色いチュニックは返り血で汚れてしまったが、そうなることは織り込み済みゆえ、彼女の歩みは止まらない。
次の標的は決めている。
視界の端で、震えるように後ずさる青髪の女。軍人らしからぬ振る舞いだが、この惨状に巻き込まれたのなら当然の反応か。
涙を浮かべ、絶望に飲み込まれた表情は、この魔女、マリリンにとっては最大の賛美だ。
自身の強さと美しさを再認識しながら、音もなく距離を詰め終えると、怯える顔をかち割るように軍人の顔と上半身を縦に切り裂く。
これで四人目。
相手が人間であろうと、殺すことに躊躇しない。
なぜなら、この魔女は知っている。
弱肉強食こそが、この世界の理だと。
顔中の傷跡はその名残であり、やり返すように眼前の軍人を屠ることで、自身の認識が正しいと主張する。
もしくは、そう思い込みたいだけか。
どちらにせよ、この魔女は瞬く間に四人の軍人を始末した。その実力に疑う余地などなく、彼女の魔眼が五人目を捉えてしまった以上、この惨劇は止まらない。
もしも阻止することが出来るとしたら、それ相応の実力者か、それを可能とする戦技だけだ。
「ウォーシャウト!」
苛立つような女の声。
もしくは、焦っているだけなのかもしれない。
そうであろうと小柄な体から放たれた重圧は本物であり、事実、魔女は動作をピタリと止めた。
「かわいいかわいいマリリンちゃんの邪魔するつもり? それとも、あんたから殺して欲しいの?」
「これ以上は、させません」
マリリンが五人目に斬りかかれなかった理由、それはこの戦技に起因する。
ウォーシャウト。戦術系ないし守護系の人間が習得する戦技であり、これは目に見えないものの、対象の動きを制限することが可能だ。
具体的には、殺傷の対象を自身に固定させる。
今回の場合、魔女は目の前にいる男を斬り殺したくても、それが出来ない。攻撃可能な相手は、ウォーシャウトの発動者に限定されるためだ。
副隊長のコッコ。長すぎる黒髪と子供のような背丈がアンマッチだが、それ以上に巨大な両手剣が目を見張る。細腕には常人ならざる腕力が備わっており、だからこそ、並み居る実力者を押しのけて副隊長という役職が与えられている。
「まぁ? 順番変わるだけだしー? お望み通り、あんたから!」
ウォーシャウトが便利な戦技であることは間違いない。
味方を庇う。
相手の行動を一時的ながらもコントロールすることが出来る。
片方だけでも優秀なのだが、実際にはどちらもが実現可能だ。
弱点としては、効果時間がたったの十秒な上、次の発動までには三十秒を必要とする。
ゆえに、残念ながら対象の行動を永続的に縛ることは出来ない。
それでも、使うタイミング次第ではこうして状況を打破してくれる。
だからこそ、コッコはこの戦技を頼った。
もっとも、対応が遅れたことも事実だ。
敵の奇襲に驚いてしまった結果、部下を四人も殺されてしまった。
そうであろうと、気を引き締めずにはいられない。ここからは、彼女が戦うのだから。
「刺し違えても……」
「仏頂面の癖に!」
迎撃のため、スチールクレイモアを構えるコッコ。
肉を切り裂くため、スチールダガーを握るマリリン。
両者は殺し合う。ウォーシャウトがそれ以外の選択肢を握り潰した以上、甲高い金属音は開幕のベルだ。
魔女の斬撃が首をはねるために振り抜かれるも、副隊長は寸でのタイミングで受け止める。
大きさは違えど、二本の刃はどちらも鋼鉄製。強度の面ではある程度近しいことから、衝突しようとどちらも欠けることなく健在だ。
「く、う……」
「やるじゃん。でもね」
嘘みたいな光景だ。
巨大な刃が、ジリジリと押し負けている。
マリリンの短剣は、包丁ほどの大きさだ。
一方、コッコの両手剣は比較にならないほどに大きい。十倍どころかそれ以上の規模感だ。
重さは三十キログラムにも匹敵する。
そのような刃物を片腕だけで振り回せるのだから、この軍人の実力は並大抵ではない。
にも関わらず、巨大な刃が持ち主の方へ傾き続ける。
その理由はシンプルだ。
腕力だけを比較した場合、この魔女が勝っている。それ以上でもそれ以下でもない、単純明快な真実だ。
「わ、わかってはいましたが、これほどとは……」
「良いこと教えてあげる。かわいいかわいいマリリンちゃんは、まだまだ本気を出してませーん」
身長だけで比較するなら、コッコの方が幾分小柄だ。
しかし、両手剣が補って余るほど巨大なため、相対した際はマリリンの方が小さく見えた。
そのような錯覚は一瞬で霧散する。
首を斬り落とすという狙いは不発に終わったが、魔女が力比べで軍人を圧倒している。
灰色の刃が押し合うも、小さな短剣が優勢だ。
極めつけは、ブラフの可能性はあるものの、マリリンが余力を残していることか。
コッコは歯を食いしばるほどには全力だ。後先考えずに力を振り絞っており、それでもなお、じわじわと押されている。
格付けが完了した瞬間だ。
強者はつまらなそうに薄紫色の髪をいじるも、思案に費やした時間は一瞬だった。
「王国にはさ、あの時の優男みたいなのって、どれくらいいるの?」
このタイミングで問いかける。
しかし、伝わりにくい内容だ。
時期も人物像についても曖昧なため、問われた側としても聞き返すしかない。
「あ、あの時……? く、一年前の、ことですか?」
「そうそう。ティットス抜きだったとは言え、ワタシ達の相手をたった一人でやってのけた、銀髪の男」
正しくはグレーなのだが、陽射しが当たればシルバーに見えても不思議ではない。
去年の二月、里が一つ滅ぼされた。山岳に隠された、魔女が隠れ住む小さな集落だ。
襲撃者は、マリリンを含む七人の魔女。
その結果、その地の住民が半数も殺してしまった。
裏を返せば、残り反芻は逃げ延びた。
彼らは命からがらイダンリネア王国に避難するも、死者を弔いたいという気運は当然のように高まる。
里長に任命されたエルディアを筆頭に、実力者が故郷を目指すことになるのだが、亡骸を葬った直後に再会は果たされてしまう。
魔女と魔女。
もしくは、殺した側と殺された側。
当然のように戦闘が始まるも、驚くことに死者はゼロ人。護衛として同行した傭兵が、単身で襲撃者を退けたからだ。
「あの人は……、いえ、なぜそんなことを?」
「も~、訊いてるのはこっちなの。あ……」
マリリンが呆れたタイミングを見計らって、コッコが飛び跳ねるように後退する。
問答を続けることすら困難なほどに、劣勢だった。単純な力比べではあったのだが、刃と刃が押し合っている以上、最終的には斬られてしまう。
それを避けるためにも。
魔女の魂胆を見抜くためにも。
軍人は息を整えながら、再び問いただす。
「こちらの戦力を知って、どうするつもりですか?」
「はん! わかってる癖に。それとも、本当にわからないのー? そんなわけ、ないよねー?」
煽るような言い回しだが、的を射ている。
彼女らは既に宣言済みだ。
全員殺す、と。
つまりは、イダンリネア王国を滅ぼしたいと考えている。
そのためには相手の戦力把握が必須事項であり、優勢であることを利用して問いかけた。
「仮に僕が、十人とか百人って答えたら、その数を信じますか?」
「ん~、参考にはするかな~? 鵜呑みにはしないけど。だってさー、この一年、あ、いや、一年半で? 三人も厄介な奴と戦ったんだしー」
元里長のハバネ。
その娘、エルディア。
そして、銀髪の青年。
彼らの実力は突出している。状況は異なるものの、この魔女達と戦って一歩も引かなかったのだから、彼女らからすれば警戒すべき障害のはずだ。
「悔しいけど僕はまだそこまでじゃない。だけど、隊長は……」
「そんなことはわかってるってー。だって、ほら」
マリリンが言い終えた時だった。
コッコの無表情な顔に、無数の切り傷が作られる。
焼けるような痛みに、さすがの副隊長も怯まざるをえない。悲鳴こそあげなかったが、よろめくように尻餅をつく。
「う、く、くぅ……」
額を切られた。
両頬も同様だ。
鼻骨も欠けたかもしれない。
下唇から顎にかけても縦に裂けており、もはや言葉を発することさえ困難だ。
手足は動くも、座り込んだタイミングでスチールクレイモアを手放してしまう。
こうなってしまっては、戦闘の継続は不可能だろう。
言い換えるなら、戦意を喪失してしまった。
顔面を蝕む激痛と、相手の攻撃に反応出来なかったという事実が、コッコに重く圧し掛かる。
完敗だ。
この魔女が詰め寄る瞬間を見落とした。
少なくとも五回は斬りかかってきたはずだが、それすらもわからなかった。
彼女の顔がそうであるように、コッコの顔は何度も切り刻まれた。
いつでも殺せるがゆえに、遊んでいるのだろう。
もしくは、この軍人を傷物にすることで自身の美貌を際立たせるためか?
「ちょっと本気出したらこれなんだから。ぷぷ、素敵な顔が台無しね」
王国の人間を見下す。
そして、うっ憤を晴らすように勝ち誇る。
この行為が許されるほどには、この魔女が圧倒的に強い。強者の特権を見せつけるように胸を張るも、それを咎める者はいないのだから、古傷まみれの顔は心底嬉しそうだ。
その思い違いを正すように、二つの影が奇襲を仕掛ける。
「この時を……!」
「おまえ達をコロス」
一手目は頭頂部への打撃。背後から接近し、祈るように組んだ拳を振り下ろす。
好機を伺っていたからこそ、実力差を埋めることに成功した。
彼女の名前はパニス。敵討ちと人探しのために、この地を訪れていた四人組の魔女。立ち位置としては保護者のようなものか。
長身かつ最年長ということから、本来は落ち着きを払った女性だ。
しかし、今は鬼気迫る形相で黒髪を揺らす復讐者。着ているローブも喪服のように黒く、殺された同胞達の恨みを晴らすためにも、眼前の魔女を殺さずにはいられない。
頭蓋骨を打ち砕くほどの一撃だ。そうでなくとも、脳震とうは免れないだろう。
そのはずだが、、マリリンは踏ん張る。大きくよろめきながらも、一歩を踏み出すように転倒だけは回避してみせた。
だからこそ、パニスは託す。この奇襲は連撃であり、二手目を持って完成する。
彼女を追い抜くように姿を晒した人物は、ミイト。双子の片割れであり、右手はスチール製の片手剣を、左手は灰色の盾を携えている。
頭の頂点でオレンジ色の髪を丸めており、この髪型は姉妹共にお揃いだ。
その背丈は眼前の敵よりもさらに低く、一見すると子供のようだが、十七歳ゆえにあながち間違いでもない。
双子のもう一人は後方で待機中だ。気絶しているリリを看病しており、だからこそ、ミイトはパニスと二人で前線に躍り出た。
彼女のスチールソードは飾りではない。敵を殺すための立派な凶器だ。
レイピアのように、両刃の剣を突き出す。
狙うは、対象の腰から背中にかけて。
背後からの奇襲ゆえ、その表情はうかがい知れない。
それでも、わかることが一つ。
この魔女は殴られた直後ゆえ、背中を丸め姿勢を崩している。大股開きの体勢は意識を失っていない証ながらも、咄嗟の反応などありえない。
この奇襲は打撃と斬撃の二重奏。初手が成立した以上、追撃の命中は必然だ。
その事実は揺るがないのだが、直後、二人は信じられないものを目撃する。
あり得ないことに、マリリンの顔がギュンと振り向く。そこには多数の傷跡が刻まれており、手が届くほどの距離ゆえ、その数を数えることすら可能だ。
瞬間、三者の魔眼が交錯する。
この挙動がパニスとミイトを驚かせるも、無理もない。意識を失わない頑丈さも去ることながら、その反射神経は紛れもない怪物だ。
そうであろうと、間に合わない。
灰色の刃先が麦色のチュニックを貫き、ついには魔女の脇腹へ侵入を果たす。
皮膚と肉を通過したのだから、順番としては臓器の損壊がその次か。
しかし、刃の前進が突如として停止する。
骨の類にぶつかったわけでもなければ、ミイトが己の意思で止めたわけでもない。
進まない。
ピクリとも動かない。
その理由は明白だ。マリリンの左手が、スチールソードを鷲掴みにしているためだ。
常軌を逸した握力と反応速度に、奇襲を仕掛けた側が青ざめる。
その表情こそが、快楽殺人者にとっては最高のご褒美だ。
「惜しい惜しい。でもね……」
魔女は不敵な笑みを浮かべながら、鋼鉄の刃を引き抜く。
両刃の剣を掴んでいる以上、左手からの出血は必然だ。
それでもなお、眉一つ動かさずに危機を脱したのだから、この女の胆力は普通ではない。
刃先は確かに刺さった。
しかし、命にまでは届かなかったのだろう。チュニックがじわりと赤色に染まるも、当の本人は平然としている。
対するミイトだが、脱力などしていない。右腕には力を込めており、それでもなお、意思とは正反対に押し戻されてしまう。
「お、おまえ……」
「かわいいかわいいマリリンちゃんを出し抜こうたって」
魔眼と魔眼が睨み合う。
どちらも魔女と呼ばれる人間でありながら、相互理解が不可能なほどには敵同士だ。
その理由を知ることも重要なのだろうが、今は殺し合いの最中ゆえ、意思疎通には発展しない。
ここにはもう一人、長身の魔女が居合わせている。敵がミイトに気を取られているこの時間は、パニスに与えられた好機だ。
握りしめた右手で拳を作り、穿つように殴りかかる。眼前の敵は彼女から見て左を向いており、古傷で装飾された左頬を標的と定めた。
その結果がこれだ。
「うっ⁉」
小さな悲鳴は殴った側から漏れ出る。
当然だ。打撃が当たらなかったばかりか、右腕に致命傷を負ってしまった。
マリリンは左側面からの攻撃にも気づき、即座に対応してみせる。
スチールソードを掴んだまま、顎を上げるように頭部を下げて拳をやり過ごした。
さらには、眼前の腕にかぶりつく。
正しくは、噛み千切る。
もちろん、人間の生肉を食べたいとは思わない。怯んだコッコを眺めつつ、口の中のそれを地面に吐き捨てる。
今から実行する凶行は、そのついでだ。
「あんたの右手も奪ってあげる」
この発言は嘘ではない。
ミイトは押すも引くも出来ない状況だった。
右手はスチールソードを握っており、可能なら眼前の敵に突き刺したいのだが、腕力の差がそれを不可能とする。
残された選択肢は二つ。
左手の盾で殴るか、片手剣を手放すか。
しかし、今回はどちらも選べない。
なぜなら、先を越されてしまった。
そうであると裏付けるように、ミイトの体がガクンと後ずさる。
マリリンが刃を離したわけではない。
自身も同様だ。
ならば、何が起きた?
答え合わせは必要ない。右腕に生まれた激痛が、教えてくれる。
チラリと眺めれば、確認すら容易い。
なぜなら、手首から先が見当たらないからだ。
斬り落とされた。
右腕が、いつの間にか両断されていた。
何をされたのか、想像は容易い。眼前の魔女は右手に短剣を握っており、それを視認出来ない速度で走らせた。それだけのことだった。
「あ、あ、あ……」
切断面から出血しながら、ミイトはよろめくように後ずさる。耐え難い痛みが脂汗を噴出させるも、それを止める手立てはない。
普段は人形のように無表情なのだが、その顔は苦悶の表情を浮かべている。
あちこちが燃えるこの地に、新たな血だまりが作られた瞬間だ。
「ざっこ。ん? そっちのおばさんは、まだやる気なんだ」
マリリンの分析は正しい。
腕を噛まれたパニスだが、全身が白い光に包まれている。
回復魔法がもたらす発光現象だ。
そうであると裏付けるように、彼女の右腕の欠損部分が、へこんだままながらも皮膚に覆われる。
(ミイトも治療しないと……。だけど……)
パニスの戦闘系統は魔療系ゆえ、自身だけでなく他者の治療も可能だ。
しかし、今回ばかりはためらってしまう。
なぜなら、ミイトは右手首を斬り落とされた。
この状態で回復魔法を使ってしまうと、そこから先は失われたままだ。
正しくは皮膚だけが再生され、その先が欠損し続ける。
手当としてはそれでも十分なのだが、敵の足元には右手が転がっており、それを回収してからなら、完治させることも可能だ。
もっとも、そのような思い違いは一瞬にして正される。
「回復魔法って、ほんとーに大っ嫌い」」
独り言と共に一歩を踏み出すマリリン。
その直後だった。
パニスの喉元から赤い鮮血が漏れ出す。
「ぐっ⁉」
「へ~、そこの雑魚よりはやるじゃん。チョッキンしようと思ってたのに」
ただただシンプルな、横一閃の斬撃。
魔女はそれを繰り出し、狙われた魔女は上半身を下げることで致命傷を避ける。
もっとも、この負傷を放置するわけにはいかない。パニスは恐怖におののきながら、再度魔法を詠唱する。
「ま~た、キュア? はぁ……、思い出して吐きそうになる」
キュア。回復魔法の一つ。魔療系が最初に習得する魔法であり、二秒間のインターバルが必要ながら、連続で使用可能だ。
致命傷を治せるか否かは、詠唱する者の魔力に起因する。
今回の場合、パニスの喉は巻き戻すように治療された。おおげさな出血に対して傷口が浅かったということもあるが、彼女のほどの実力者なら、深手であろうと治せてしまえる。
もっとも、失った部位を生やすことは出来ない。
ゆえにミイトの右手を回収したいのだが、そういった思惑とは裏腹に、事態は最悪な方向へ進んでしまう。
「あ、思いついちゃった。ちょっとしたゲームでもしよっか」
紫色の髪がわずかに揺れる。
マリリンが距離を詰めた結果だが、ただ歩いたわけではない。
対戦相手の首に斬りかかるためだ。
「ぶふっ?」
パニスは目を見開く。
同時に、血を吐き出す。
傷が癒えた直後、同じ場所をより深く切られてしまった。
その痛みが眩暈さえも引き起こすも、二本の足で立てていられる理由は、復讐心の成せる業か。
(また⁉ 斬られた⁉ は、速い……。いや、今はそれよりもキュアを……)
彼女が驚くのも無理ない。
パニスを筆頭に、ここを訪れた四人の魔女は、一年以上の月日を鍛錬に費やした。
才能もあったのだろう。
実力はメキメキと上達し、傭兵としての等級は四に上り詰めた。
さらには、四人がかりなら敵である魔女を一人くらいは殺せるだろうと結論付けるも、もちろん思い込みではない。
少なくともパニスは、その魔眼で二度も目撃した。
一度目は故郷を滅ぼされた時。
二度目は亡骸を葬った直後。
どちらも一年以上も過去のことながら、その目と記憶に焼き付いている以上、忘れたことは一度もない。
ゆえに、敵の実力をある程度は把握したつもりだ。
リリを筆頭に他の三人は一度しか立ち会えてはいないものの、経験としては十分だろう。
今なら勝ち目がある。
そう考えたからこそ、四人は今朝、里長の方針を無視して旅立った。
しかし、結果はご覧の通りだ。
リリが気絶しており、モルカカが待機していることから、実際には二人がかりで挑むことになった。周囲にはまだ軍人が何人か残っているのだが、戦力としては当てにならない以上、戦力としては数えない。
パニスは喉元を抑えて止血しながら、再度、回復魔法で自身を癒す。
その時間が、非常な現実と向き合う機会を与えてくれた。
(まさか、そんな……。この女も……)
わかってしまった。
見抜いてしまった。
ゆえに、血で汚れた手のひらをそのままにしながら、パニスは眼前の魔女を凝視してしまう。
「ん~? かわいいかわいいマリリンちゃんに見惚れちゃった? だけどね」
言い終えた直後、黒髪の魔女が再度鮮血をまき散らす。
「つぅっ⁉」
「ほらほら、速く治して。じゃないと、血が足りなくなって死んじゃうよ?」
マリリンの発言は間違いではない。
回復魔法は傷の治療が可能だ。
言い換えるなら、それしか出来ない。
体外へ流れ出た血液の補充までは行えず、ゆえに、何度も負傷した場合、最終的には意識を失って死に絶える。
この魔女はそれを指摘しており、対してパニスは言われるがまま、傷を癒す。
以降はその繰り返しだ。
灰色の短剣で斬る。
キュアで治す。
一歩退いて避けようとしても、見えない刃に追い付かれてしまう。
喉を隠しても無駄だ。
骨をなぞるように腕が深々と切り裂かれた。出血という意味ではこちらの方が惨たらしい。
パニスが取りうる行動は一つだけ。全身を真っ赤に染めながら、敗北を認めつつも問いかける。
「私達は……、おまえ達を殺すために、強く、なった……。だけど……」
意識は朦朧としており、足もフラフラだ。魔法の燃料でもある魔源はまだ尽きていないのだが、その前に血液が枯渇した。
そうであろうと、確認せねばならない。
眼前の魔女は予想を上回る強さだ。
記憶の中の敵はここまで強くなかった。
ゆえに、冥途の土産を欲してしまう。
「あぁ、やっぱりあの時の生き残りなんだ、あんた達。と言うか、もう終わり? 根性ないのね、情けない。そういう意味でも、ワタシの方がずっと優秀ね」
「手加減……していた、の?」
「今? もちろんそうだけ……、あぁ、わかったわかった。前回とかのこと?」
「本気じゃ……、なかった?」
「あの時は本気に決まってるじゃん。負けちゃったけどさー。だ・か・ら、きっとあんた達もそうなんでしょ? かきたくもない汗かいて、血反吐たれ流して、強くなるしかなかった。負けたくなかったから。あんた達だけじゃないってこと。あー、こう言ってあげればいいのかな? 残念でしたー、無駄な努力!」
勝者が勝ち誇ると同時だった。
血だらけの敗者が、血だまりの中に倒れ込む。
その姿を眺めながら、マリリンは顔をしかめずにはいられない。
「回復魔法が使えたところで、こうして苦しむだけなんだよねー。まぁ? 使えないともっと酷いことされるけど……」
この瞬間、ジレット監視哨から回復魔法の使い手がいなくなる。
謎の魔女は六人全員が生存しており、マリリンが脇腹を負傷した程度。
一方、軍人の生存者は残りわずか。副隊長のコッコは顔を切り刻まれており、流れた血液が邪魔で前すら見えない。
復讐に燃える魔女四人組だが、パニスが意識を失い、ミイトは右腕を切断されてしまった。
戦いは終わってしない。
しかし、勝敗はほぼほぼ決したか。
強者が生き残り、弱者が滅びゆく。
この世界、ウルフィエナの抗えない真理であり、覆せるとしたらそれは神くらいか。
否。神ですらこの理は書き換えられない。それをわかっているからこそ、静観し続ける。
「憂さ晴らしのつもりだったのに、かえって気持ち悪くなっちゃった。気分転換も兼ねて、残りもさっさと殺しちゃおっと。かわいいかわいいマリリンちゃんが、一番かわいいんだから!」
戦いは終わらない。
どちらかがいなくなるまで続く。
一方的な蹂躙であろうと、始まってしまった以上、途中下車は許可されない。
軍人達が淡々と処理される。
弄ぶことも出来たはずだが、魔女の刃は容赦なく彼らの命を両断し続ける。
「イーヒッヒ! ほらほらー!」
笑うことすら、勝者の特権なのかもしれない。
第四先制部隊は間もなく全滅する。
居合わせた四人の魔女にも逃げ場などない。
実際には、後方に壮大な平地が広がっているのだが、背中を見せたら最後、あっという間に殺されてしまう。
殺戮は間もなく終わる。
焼け野原と化したこの地の名前は、ジレット監視哨。
イダンリネア王国が、完膚なきまでに敗北した瞬間だ。