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初めてノベル作ります絶対下手です
昼下がりのベルント通りは、いつもより少しだけ静かだった。
車の音も、鳥の声も遠くて、かわりに風が髪を撫でる音がやけに近い。
わたしはひとり、フォージャー家の玄関の前に立っていた。
ドアの前で何度も深呼吸をする。
手のひらがじんわり汗ばむ。
それは緊張のせいか、それとも——罪悪感のせいか。
胸ポケットには、一枚の封筒。
〈孤児院退所証明〉と書かれたそれは、任務用の偽造書類。
今回の任務は、“フォージャー家への潜入”。
家族として、自然に、完璧に。
でも。
この家は、かつて本当にわたしがいた家だった。
幼いころに離れ離れになった、
小さな妹——アーニャのいる家。
「……ただいま。」
誰もいない玄関に向かって、声に出してみた。
小さく響いたその音に、自分の心臓が跳ねた。
ドアをノックする。
「はい?」
落ち着いた低い声。
ドアを開けたのは、整った顔立ちの男性だった。
淡い金の髪、青灰色の瞳。
――ロイド・フォージャー。
「……こんにちは。はじめまして。」
「君は?」
「エレナ・フォージャーです。……アーニャの姉です。」
ロイドの瞳が一瞬、揺れた。
ほんの一瞬、感情が動いたように見えたが、すぐにいつもの完璧な笑顔に戻る。
「アーニャの……姉? それは、驚いたな。」
「ええ。……でも本当なんです。」
「証拠は?」
わたしは封筒を差し出した。
ロイドが受け取り、淡々と目を通す。
その仕草は、まるで医者というより尋問官のようで。
内心で小さく息をのむ。
「ふむ……書類上は、確かに問題はないようだ。」
「……はい。」
そのとき。
「パパー! アーニャねー、ピーナッツ食べてた!」
奥から小さな足音と明るい声が近づいてきた。
そして、わたしの目に飛び込んできたのは、
あの頃より少し背が伸びた、小さな女の子。
柔らかいピンクの髪、緑の瞳。
「……え?」
彼女がわたしを見上げて目をぱちぱちさせる。
「だれ? おねーさん?」
わたしは、微笑んだ。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「……アーニャ。覚えてないかもしれないけど、
わたし、あなたのお姉ちゃんなんだよ。」
「……えっ!? アーニャ……おねーちゃんいたの!? ほんと!?」
「ほんと。」
アーニャの目がキラキラ光る。
次の瞬間、彼女は走り出して、わたしの腰にぎゅっと抱きついた。
「アーニャ、おねーちゃん、だいすき!!」
胸が、熱くなった。
その温もりを確かめるように、わたしも腕を回す。
「……ただいま、アーニャ。」
「おかえり!」
その声を聞いて、わたしはもう少し泣きそうになった。
――でも、泣いちゃだめだ。
笑わなきゃ。
フォージャー家の長女“エレナ”として、
完璧に、自然に。
***
その夜。
窓の外に月が浮かんでいた。
ロイドとアーニャはもう寝ている。
わたしは部屋の隅の小さな机に腰かけて、
黒い手袋をつけた。
引き出しの奥から、小さな通信端末を取り出す。
ボタンを一つ押すと、機械のように冷たい声が響く。
『コード:ホワイトリリィ。任務開始を確認。
第一目標、潜入維持。
第二目標、ターゲット“黄昏”の監視。』
わたしは短く息を吸い、
机の上に置かれたナイフを見つめる。
血の跡が、かすかに残っていた。
「了解……“黄昏”の監視を開始します。」
通話を切ったあと、
窓の外に目をやる。
青白い月が、静かに街を照らしていた。
アーニャの寝顔が、頭に浮かぶ。
あの無邪気な笑顔を、汚したくない。
でも、わたしの手はもう血に染まっている。
「……ごめんね、アーニャ。」
小さく呟いて、
わたしはナイフを鞘に戻した。
――フォージャー家の長女、エレナ。
その素顔は、
家族を守るために血を流す“殺し屋”だった