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最初に案内して頂いたのは、私が寝泊まりするお部屋だ。王族の側仕えには王宮内に私室が与えられる。私も形だけとはいえ、クレハ様の『側仕え』扱いになっているので、例に漏れずしっかりとお部屋が用意されていた。あと私の年齢やら色々考慮した上でも、王宮内で寝泊まりした方が安全だという事になったとか。島の中の町で生活するのも楽しそうと思っていたから、ちょっとだけ残念。
「見習いの私が個室なんていいんでしょうか……」
「もちろんです。まずはお部屋に荷物を置いてきましょう。王宮は広いですから、荷物を持ったまま歩き回るのは大変ですからね」
「は、はい」
私は室内をキョロキョロと見回し、ひとまずベッドの上に鞄を置くことにした。そして、中から柔らかい布で丁寧に包まれたそれを取り出す。
「すみません。これだけは持って行ってもいいでしょうか?」
「構いませんが……ちなみに中身を聞いても?」
「これは私とジェフェリーさんから、クレハ様への贈り物です」
包んでいた布を開いて、セドリックさんに中身を改めて貰う。危険な物ではないと証明するためだ。セドリックさんはそんなつもりで聞いたわけではないと分かっているけれど、別に見られて困る物ではないから問題ない。彼は目を細めてそれを眺めている。
「素敵な贈り物ですね。クレハ様、きっと喜ばれますよ」
クレハ様は詳しく事情を知らされていないので、突然始まった王宮での生活に戸惑っている。殿下もその辺りにはかなり気を使っていて、可能な限り側にいてクレハ様を1人にはしないようにしているらしい。
「リズさんが来て下さった事で、クレハ様も気持ちが楽になると思います。フィオナ様のことは難しい問題ですが、私共も全力でサポートさせて頂きますので、どうかよろしくお願いします」
「いえっ……こちらこそ」
セドリックさんは恭しく私に向かって礼をした。そんな風にされると恐縮してしまう。
「それでは、簡単ですが王宮をご案内させて頂きます。その後、クレハ様のお部屋に参りますからね」
「はい、お願いします」
クレハ様がよくお散歩をされている庭園に、お茶を用意する時などに使う給湯室、そして厨房。使用人達の食堂などなど……。セドリックさんに連れられ、私が利用する可能性が高いと思われる場所を重点的に見て回った。
「私からお教えするのはこのくらいですかね……後日、侍女長がより詳しく案内してくれるでしょうし」
「本当に広いんですね……覚えられる自信が無いです」
ジェムラート邸もかなり広いが、王宮はそれを更に上回る広さ、そして複雑さである。これでもほんの一部だというのだから、気が遠くなりそうだ。防犯の為にわざと分かりにくい作りになっているのだという。
「私も最初は迷子になって大変でしたよ。一度に覚える必要はありませんから、気長にいきましょう」
何か目印になりそうな物を探して……慣れるまでは道筋を記したメモでも持ち歩こうかなぁ。
「困った事があったら、私や侍女長に遠慮なく言ってくださいね。店の従業員からも数人、クレハ様の警護に回しますので、その者を頼って下さっても構いません」
店の従業員って『止まり木』の人だよね……セドリックさんだけじゃなくて、他の方も王宮の兵士さんだったのか。全員の姿を見たわけではないけど、一昨日お店に行ったときに挨拶してくれた優しそうな女性もそうなのかと思うと、意外というか驚きだ。
「リズさん……最後に1つだけ、お伝えしておきたい事があります。どうか心に留めておいて下さい」
セドリックさんの雰囲気が変わった。和やかだった空気が一瞬にして緊張感に包まれ、息苦しさを感じる。私は固唾を呑んで彼の言葉を待った。
「王宮には様々な人間がおります。それらが皆、クレハ様やリズさんに対して好意的とは限りません。一見優しそうに見えても、腹の内では良からぬ事を考えているやもしれません。全てを疑えという意味ではありませんが、くれぐれも油断なさらないように……」
「それは……フィオナ様のようなお考えの方が、他にもいるかもしれないと言うことですね」
セドリックさんは両眉を上げて驚いたような反応をした後、流石ですねと呟いた。
「私には王家や貴族の難しいことは分かりません。けれど、私はクレハ様の幸せを1番に考えております。あの方には、ずっと笑顔でいて欲しいのです」
セドリックさん――――
「レオン殿下は、クレハ様を幸せにして下さいますよね? クレハ様を守ってくれますよね……」
殿下がクレハ様へ向ける強い恋情は知っている……だから、セドリックさんに確認するまでもなく、本当は分かっているのだ。けれど……何故だか妙に落ち着かない。この得体の知れない胸のざわつきは何なんだろう。
「ええ……もちろんです。レオン様は強い。そして誰よりも、クレハ様を想っておられます。リズさんもどうか、レオン様を……我が主を信じて下さい」
セドリックさんは真剣な面持ちで私に告げる。その言葉からは、主に対する揺るぎない敬慕を感じた。けれど、瞳はどこか憂いを帯びており、失言をしてしまったのかと後悔した。
「ごめんなさい。嫌な言い方をしてしまいました。殿下に対して失礼を……」
「いいえ、私が不安を煽るような事を言ったからです。リズさんがクレハ様の身を案じるのは当然のこと……」
私がしっかりしているから、つい大人にするような対応になってしまうと、セドリックさんは申し訳なさそうにこぼした。私としては過剰に子供扱いされるよりは、対等に接して貰える方が嬉しいけどなぁ。
確かに、私はまだ子供です。でも……私もセドリックさんも立場は違うけれど、お仕えしている主を慕う気持ちは同じだと思っている。
「セドリックさん。私みたいな子供が生意気かもしれませんが、クレハ様の為に……そして殿下の為に、私ができる事があれば何でも言って下さい」
セドリックさんの目尻が徐々に下がっていく。先程までの険しい表情が、彼の見慣れた柔らかくて穏やかなものへと変化する。
「……それは、とても心強いですね」
頼りにしていますと、セドリックさんは笑った。何だか本気にされていないような気がするけど……
私の納得いかないという顔を見て、彼は更に笑みを深めた。
「おや、疑われてますか? 本当ですよ。リズさんが思っているよりもずっと、私もレオン様もあなたに期待しているのです。それに……」
『例え子供であろうと、信頼できる味方は多い方がいいからな……』
「えっ……?」
「さて、予定よりだいぶ時間をかけてしまいましたね。クレハ様がお待ちです、そろそろ行きましょうか」
「はい……」
セドリックさんの言葉……最後の方がよく聞こえなかった。まるで独り言のようにぽそりと呟かれたそれ。彼は何と言っていたのだろう。
「クレハ様の喜ばれる顔が楽しみですねぇ」
もう完全にいつもの……私の見知ったセドリックさんだ。初対面時のカフェの店員をしていたイメージが強いため、彼が時折見せる凄みを利かせた視線や、近寄り難い雰囲気に怯みそうになってしまう。セドリックさんが意識してそうしているわけではないと思うけれど、彼の兵士としての顔を垣間見るたびに、まるで知らない人と話をしているようで、私の心は落ち着かなくなるのだ。