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4. 視線に
それからの数か月は、なんだかもう、大変だった。
もちろん、さっきも言ったけど、ドラマの撮影、新曲制作、ツアーの打ち合わせ、10周年の企画やV撮り、各局、各方面へのインタビューや番組出演などなど。
あ、夏の影の撮影ロケも2泊3日くらいで行ったし。
自分で言うのもあれだけど、毎日テレビのどこかに俺ら映ってた気がする。
それらは、すごくありがたいことで、自分たちが今までやってきたことが間違っていなかったっていう証明と…
いやいや、大真面目に語るところだったけれど、そうじゃなくて。
それももちろん大事なんだけど、そうじゃなくて。
そういう物理的な忙しさはもちろんだけれど、俺の頭の中もだいぶ忙しかった。大忙し、なんて言葉じゃ表せないほど。
何をしていても、どんな作業していても、涼ちゃんが気になって探してしまう。
目で追う、なんてそんなあからさまなバカなことはしない。
俺が若井と打ち合わせしてる時に涼ちゃんの気配を探ったり、今同じ空間で、何をしているか音を聞き分けたり。
で、俺は気付いたよね。
俺は自分では、勘が鋭いほうだと思ってたけど、そうでもなかったんだってこと。
涼ちゃんが、何をしていても、バカみたいに、俺をずっと目で追ってるんだってこと。
…まあ、だからこっちから目で追うことはしない、じゃなくて、できなかったんだけどね。
涼ちゃんは、俺が他のなにか作業をしていても、そっと自然な動きで俺のことを目で追っている。
気付いてしまえば、あからさまな視線で、俺を見ている。
はじめは、今までそれに気づいていなかった自分に驚愕した。
こんなにわかりやすく見られてたのに。
気付かないまま今まできた俺、鈍すぎない?
キスされて、ようやく気付いて、俺好かれているのかも?と思っていた感情がはっきりと確信に変わった。
自分で言うの、相当恥ずかしいけど。涼ちゃんの視線が、俺を好きっていう感情で溢れていた。
熱い想い、という感じではなくて、慈しむような、尊いものを見るような、聖母のような眼差しで。
誰にでもそうなのかも、としばらく観察してみたけど、若井にはそうじゃないから、だから、そういうことなんだと思う。
涼ちゃんと話していると癒されて、嫌なこととか難しいことを一瞬でも忘れさせてくれるから、この人は天然マイナスイオン製造機だ、と思っていた。
違った。
これは、涼ちゃんが、俺を好きでいてくれるから、俺は気付かないながらも無意識にそれを受け取って、そう感じてたんだ。
いつから好きでいてくれたんだろう。全然気づかなかった。
今みたいな中性的なイメージがついてから?それとも、再始動した時くらい?
嫌な流行病が広まってた頃?活動休止中?休止前?5人の頃から?
それとも、出会った頃から…?
気付いてしまったからには、聞いてみたい。
そもそも、俺の性格上、今の状態ってすごくらしく無くて。違和感を感じている。
一方的に思われてて、それが俺に気付かないように隠されていて、キスにも視線にも、溢れるほどの好きがあって。
受け取ってもらう気もなくて気付いてもらうつもりもないのに、隠そうともしていなくて。涼ちゃんのほんわかした雰囲気と結びつくから、想いを溢れさせても、それがどれほど真剣なものかと拾われることもない。
少なくとも、俺は今まで気付きもせず拾ってこなかったわけで。
そりゃあ、涼ちゃんって愛情深い人だなー、とか親愛っていう意味だと思って、感じていた部分はあるけれど。
まさか、そんなに深く想われていたなんて。
気付いてもらうつもりは更々ないのは、あれからずっと涼ちゃんを観察して気付いた。隠す気はないのに、すごく矛盾だ。
けど、それをオカシイと感じない。
なんで感じないかって、そんなの、疑問に思うまでもなかった。
俺自身、気付いたよね。気付いたというか、あっという間に持ってかれちゃったよね。
キスが嫌じゃなかったし、ずっと想われていることも、視線で射抜かれていることも、全然不快じゃなくて。
寧ろ、心地よいとさえ感じていて、俺にだけ向けられていることに優越感さえ感じていた。
つまりは、そういうこと。
恋に落ちるのは、一瞬だった、ってことだ。