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朝食の後に、国王に会って傷を治して欲しいと殿下に頼まれた。
謁見とかの堅苦しいのはイヤだけど、そういうことならと快諾すると、何か欲しいものはないか、考えておいてくれと。
ならばと思ったのが、聖女自身や、聖女の魔法についての書物を読みたい。
そこには、きっと特別な治癒魔法について記されているはずだから。ついでに、普通の治癒魔法についても。
国王の寝室に向かいながら殿下にそれを伝えると、それは禁書になっているから閲覧は難しいと言われた。
掛け合ってみるけれど、無理難題を言われるかもしれない、とも。
なんだかめんどくさそう。
なら、普通の治癒魔法の書物はないのかを聞くと、聖女に繋がるものは全て国宝扱いだそうだ。
欲しいものは、どうやら手の届かないものらしい。
見返りを期待させられていたものだから、なんとなくやる気が……。
でも、それと傷病人を治してあげるのは別の話だと、割り切ることにした。
……もしかして、いいように使われるだけ?
でも、たとえそうだとしても……賢く生きる術は、まだ身に付けられていないから私には無理だなぁ。
「ああ、ブライス団長、今日も直々に見てもらえるか?」
「殿下。もちろんです。殿下は本日も陛下のお見舞いに?」
殿下と言葉を交わしたのは、綺麗な白銀の鎧に身を包んだ、騎士らしい騎士だった。
金髪碧眼で彫の深い、イケメン様。
涼やかな落ち着いた目だなと思っていたら、ばっちりと視線が合ってしまった。
「そちらのご令嬢と侍女は? 見ないお顔ですね」
私とシェナを見る目が、冷たく刺すような視線へと変わる。
「こちらは聖女だ。瞬時に傷を癒す力を見せてくれた。その子は聖女の従者だ」
「ほぅ……。失礼ながら聖女様、あなたとその侍女は……人、ですか?」
――うん?
「どういう事ですか? あ……その、とても美しいとか、そういう例え……的な?」
毎日鏡を見て、自分でもキレイだと思うくらいだし、シェナも可愛すぎる可愛さだし?
キザな人ならそういう声のかけ方をするのかと、不意を突かれて照れ過ぎてしまった。
「フッ! ふはは! ハハハハハ! そう来ましたか。いや失礼。確かにお二人は美しい。美し過ぎる。……そういう意味ではなかったのですが、まぁ……良いでしょう」
「え、あ、ちがいました? あはは……はずかしー……」
――あっ!
そうか、元がただの女子高生だったから忘れてたけど、魔族だったんだ私……。
シェナのことも、妹みたいなものだって本気で思ってたから、まったくピンとこなかった。
「それにしても、この国に聖女が現れたとは。ちなみに……どちらのご出身で?」
あれ~……なんか、疑われてる……?
魔族だってバレてたり、するのかなぁ。
「その……辺境伯様の元で、お世話になっておりました」
あぶないあぶない。元々の設定を覚えていて良かった。
「ブライス団長。失礼ではないか? それにこの人は、私が無理を言って客人としてお越しいただいたのだ」
「おや、そうとは知らず。大変失礼いたしました、聖女様」
深く礼をする姿も、これ以上ないくらいに様になっている。
「い、いえ……」
でも、最後まで私たちを疑う視線だった。
立ち去った後も、尾を引くような。
「サラ嬢、失礼した。代わって非礼をお詫びする」
「あ、いえ、殿下のせいではありませんから」
とはいえ、いわば敵の巣の中に連れて来られたのだから、この人のせいではあるのか。
王宮に住んでいると、ずっとこういう危険にさらされるのかと思ったら、うんざりしてしまう。
そして国王の寝室でも、中に居た主治医や側近たちに訝し気な目で見られ、絶妙に嫌な空気の中で治癒魔法を施した。
陛下を一目見て思ったのは、随分と顔色が悪くて、命まで危ういのではという痩せこけた顔。
威厳だけは深い皺にしっかりと刻み込んでいるけれど、覇気が衰えているのは誰の目にも明らかだった。
どうやら魔物を討伐した時に、腕を深くえぐられてしまったそうで。
確かに腕の肉をごっそりと持って行かれていて、一番深い場所では、骨の上に薄い肉が巻いているだけのような傷もあった。
本当なら、もうこの腕を切断した方が命を繋げるのではと、素人ながらに思うほどの悪い色。
ちょうど包帯を交換している時だったので、見なくてもいいグロ……もとい、酷い傷も見えてしまったという。
「これでいかがですか? 痛む場所はまだありますか?」
ほんの一瞬、傷が癒える事を祈るように魔力を流しただけで、目に見えて肉が盛り、深かった傷も他の抉れたところも、完全に皮膚まで戻っている。
「いや……驚いた。確かに治っている。痛みがないどころか、抉れた肉までもが全て元通りだ」
「それでは、私はこれで――」
もうこの部屋に用はない。
昔のいじめを思い出す視線に囲まれて、ずっと嫌な気持ちだから。
「ま、まて。王族が恩に報いず礼もせずに、そのまま帰せるものか。褒美を取らせる。何か欲しいものがあれば申してみよ」
……さっき、殿下に言ってみてダメそうだったけれど。
「私は……治癒魔法を学びたくて王都に来ました。聖女の記したものや、治癒魔法に関する書物が読みたいです」
言うだけ言ってみて、断られてもいいやと思っていたら――反応は少しばかり違った。
「ふむ……。普通なら許可できないのだが。そなたを我が国の聖女として迎えさせてくれるならば……我が国の聖女のものだ、好きに見る事が出来るぞ? 単純な礼とは言えぬが、これでも国宝に触れるには格別な措置だ」
そうきたか。
……どうしたものか、すぐには考えがまとまらない。
「考えさせてください。そんなの、すぐに決められません。それに私、聖女じゃないですから……」
「聖女というのは、本人が決めることではない。皆がそう呼ぶから聖女なのだ。概念とでも言うべきか。だから、そなたが思い悩む必要はない。それにわしが思うに、そなたにはそう呼ばれるだけの力があると思うが……」
厄介なことになってしまった。
それが顔に出ていたのかもしれない。
「もしくは、王子のどちらかと結婚をするという手もあるぞ? そなたは美しいから、奪い合いになるかもしれんがな」
……これは、冗談で和ませようとしているつもりだろうか。
「いえ、それは……」
無下にしてもダメそうだし、早くここから出してほしい――。
「まぁ、そなたを困らせたくて言ったわけではない。少し考えると良いだろう。結婚もな。それ以外の礼は後で部屋に送ろう。気に入らねば突き返しても構わんぞ? ハッハッハ!」
私はとりあえず深々と頭を下げてから、失礼しますと言って踵を返した。
周りの側近たちが、結婚と聞いて殺気立ったのも嫌だった。
国王の冗談のせいで、余計な敵を生むところだったし、もうなっているかもしれない。
部屋を出ると殿下が追いかけてきてくれたけど、一人で考えさせてくださいと言って、与えられた部屋にシェナと戻った。
こんな場所に、一生居るなんて考えられない。
少しでも国王や殿下に気に入られると、その他大勢の敵がもれなくついてくるなんて。
治癒魔法については知りたいけど……。
それと天秤にかけるには、どうにも重すぎる。
「お姉様。別に、聖女と呼ばれても大丈夫ですよ」
「えっ?」
ベッドに倒れ込んで、枕に頭を埋めているとそう言われた。
「だって、国としては喉から手が出るほどに欲しい人材だから、素性も調べずに取り込もうとしてくるんです。たくさんワガママを言っても、聞いてくれますよ、たぶん」
「そ、そういうものかしら」
枕から頭を外して、ベッドの縁に座り直した。
無性にシェナに抱きつきたくて。
両手を広げたら、シェナは優しく抱きしめてくれて、頭を撫でてくれた。
「お姉様は、もっと自由にしていいんですよ? あんな人間どもに我慢して、言う通りになんてしなくていいんです。あいつらがどうしても邪魔建てするなら、私がぜんぶ、奪い取ってきて差し上げます」
――急に物騒な話になってきた。
「そ、そういうのは、しなくていいから……」
別に、治癒魔法を学んだところで、魔王さまの力になれるわけじゃないから。
魔族のみんなは優しくしてくれるけど、私が何も出来ないのが、ちょっぴり辛かっただけで。
魔王さまに甘えたまま、ずっと過ごすのも悪くない。
――こんなに、敵ばかり作ってしまうなら。
「それじゃあ……もしも、聖女としてこの城で過ごすなら。人間どもの動向をいち早く察して、魔王さまにご報告出来ますよ。お姉様にしか出来ない、極秘潜入です」
「極秘……潜入……」
「治癒魔法も学べて、しかも、人間の国を内側から崩壊させるようなワガママを言うことも可能! です!」
「崩壊……させちゃうの?」
「させちゃいましょう」
「……たとえば?」
「あの鬱陶しい目をした騎士団長を暗殺するとか――」
「そういうのはダメでしょ。だめ」
突然恐ろしいことを言うから、抱擁を解いてシェナの顔を見上げた。
……そんなことを言うのに、怖いくらいに可愛いものだから、一瞬だけそういうのもアリかなと思ってしまう。
「人間など、悪いことばかりしてるんですから。あの騎士団長もきっと極悪人です」
「そ、それはじゃあ、調べてからにしようねぇ」
「うぅ……。そうですね。わかりました」
シェナの無念は……早くそれを晴らしたいと、暴れたがっているのかな。
罪のない人達をどうこうするのはダメだけど、ほんとの悪人、犯罪者とかなら……。
それならやっぱり、この国にいて、ある程度融通のきく地位に居た方が良い。
「うん。決めたわ。聖女でもなんでもいいから、この国の悪い人間を、やっつける仕事してみよっか!」
「え、いいんですか? お姉様、無理してないですか?」
「大丈夫。私も悪い人は嫌いだから」
飛び跳ねて喜ぶこの子を見て、どうとでもしてやるんだと思えているっていうことは……。
きっと、間違えていないのだと思う。