「母上!!」
スティナ付いてブルーノも部屋の外へ出る。彼女の愛人、グエルはメイド長と同じマジル王国の工作員。彼の立場は金持ちの紳士というだけで、貴族ではない。
ソルテラ伯爵邸を訪問できる立場ではない。
グエルが屋敷を攻撃された直後に現れるのはおかしい。
(ああ、私だ)
グエルがこの場に現れたのは、スティナの身を案じたわけではない。
私だ。
私をマジル王国へ連れ戻すために来たんだ。
(どうする、どうすれば……)
私は外に繋がる扉をじっと見る。
スティナとブルーノは出ていった。
私の存在はまだバレていない。
(大丈夫。ここでじっと待とう)
私は隠し部屋から出ず、様子を見ることを選んだ。
☆
母上が外にいる男の声を聞いて、俺の言葉を無視して部屋から出た。
声の主がグエルという男だろうか。
話には聞いている。
母上が熱心になっている男だ。
父上が亡くなっても、母上は全く悲しまず、その男に熱をあげている。ソルテラ伯爵家の未亡人としては、らしからぬ行動だ。
兄さんは継母であり、血の繋がりもない母上を養ってくれた。兄さんでなければ、母上はソルテラ伯爵家から追い出されていただろう。
その恩を俺が返さなければ。
兄さんの醜い姿は嫌いだが、それ以外は尊敬できる。魔法の知識も、研究も。
兄さんは「僕はまだまだだよ」と笑って誤魔化していたが、俺では考えつかない魔法をいくつも生み出していった。そのどれもが人を”救う”魔法。
俺はそんな兄さんの姿勢に尊敬している。
「グエル! ああ、私、怖かった!!」
母上が中年の男性に抱きつく。
周りは先程の爆発音の影響で跡形もなく吹き飛んでいる。屋敷の面影はなく、粉々に砕けた石壁と木片が散らばっていた。ここがついさっきまで兄さんの部屋だったとは想像もつかない。
(二階だったのに、地面が低い場所に見える。一階は、潰れたな)
外には庭師が切り切り揃えられた芝生が見える。
二階ではありえない低さに。
一階が、下が先程の爆発で潰れたのだ。
「スティナ……、無事だったんだね」
「さっきの爆発はなあに? ここはどこなの?」
「ボロボロになって不安だよね。僕がいる、怖がらないで」
「ええ、グエル」
やっと母上が周りの惨状に気づいたものの、グエルの甘い言葉で騙される。
「スティナ、君と一緒に若いメイドがいなかったかい?」
「私の前で他の女の人の話をしないで頂戴」
その会話で、グエルがエレノアを探していることに気づいた。
この男は母上の身を案じてソルテラ伯爵邸に来たわけではないのか。
いや、それにしては早すぎる。
グエルが母上を呼んだのは、爆発音が聞こえてからすぐだ。すぐに駆けつけられるものではない。
爆発するタイミングを知っていなければ。
この男怪しい。こいつにエレノアのことを教えてはいけない気がする。
幸い、母上はエレノアのことを言わなかった。
「母上、その男がグエル……、ですか?」
俺はグエルの会話を遮るために、母上に話しかけた。
母上はグエルから俺に顔を向け、今までにない満面の笑みで、俺にグエルを紹介した。
「この子が、ブルーノ」
「ええ」
グエルが俺に関心を示した。
目を細め、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
初対面なのに。どうしてそんな顔になれる。
この男は母上から俺の話を聞いているのだろうか。
「僕たちの子供、なんだね」
「若い頃の貴方に顔立ちが似ているでしょう?」
「……え?」
この二人は何を言っているんだ。
“僕たちの子供”。
俺の顔が、この男の若い頃に似ている。
俺は、ブルーノ・コレ・ソルテラ。前ソルテラ伯爵の息子で現ソルテラ伯爵の弟。
「ああ。似ている」
「……嘘でしょう、母上。俺は前ソルテラ伯爵のむーー」
違うと言ってくれ。
俺の父親は前ソルテラ伯爵だ。
俺の魔法の腕を頭を撫でて褒めてくれた、今の兄のように膨らんだお腹で抱きしめられると柔らかい感触がした、あのーー。
「私のブルーノちゃんが、あんなデブで不細工な元夫の子供であるわけないじゃない」
「嘘、うそ、うそだ!!」
「ずっと黙っていてごめんなさい。あなたの本当の父親はグエルなの」
「そんなの嘘だ! 俺の父親はこいつじゃない!!」
母上が俺の存在を否定する。
俺にはソルテラ伯爵の父上の血が流れていないと。
俺の父親は目の前にいる男だと。
「あんな不細工、爵位と贅沢ができるから結婚しただけよ。向こうだって、あの子の世話をして欲しかっただけで、関係を迫ってこなかったし……」
「父上を侮辱するな!!」
「ブルーノちゃん、あなたの父親はーー」
「違う!!」
「スティナ、ブルーノは突然のことで受け入れられないんだよ」
母上が父上のことを愛していないのはなんとなく感じていた。
だけど、夫婦として愛していた時期はあったのではないかと心の何処かで信じていた。
なのに、今ここで裏切られた。
俺は膝から崩れ落ち、絶望した。
その間に、グエルが母上に声をかける。
「時間がかかるかしら」
「これから、じっくり付き合っていけばいいさ」
「そうね! 私とグエルと三人で」
その間に、話が良くない方へ進む。
「三人の人生を歩むために、僕の仕事を終えるために、協力してくれないかな」
「そういうことだったのね。えーっと」
「君たちと一緒に行動していた、若いメイドは何処にいるんだ?」
(ああ……、もう、どうでもいい)
「そこよ」
母上が俺の真後ろにある、無傷な壁を指す。
俺たちが出てきた場所だ。
エレノアの居場所がグエルにバレてしまった。
だが、そんなのどうでもいい。
俺は自分の人生を否定されたのだから。
「そうか……」
「ねえ、今日は何処にいく?」
「……もう、君とはお別れだよ」
「え? ぐっ!!」
「母上!!」
母上がグエルに問うと、彼は腰に差していたナイフを素早く抜き、それで母上の胸を刺した。
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