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雪の止んだ午後、山の小道に、二人の影が偶然にも交差した。
酒吞童子・いふは、瓢箪を腰につけたまま、
ふわっとした足取りでやってくる。
烏天狗・りうらは、枝の上からその姿を見つけて、
一瞬、飛び去ろうとして……やめた。
降り立つ。
静かに、目の前に。
「……よぉ。」
いふの声は、いつも通り。
でも、どこか探るようなトーンが混じっていた。
「……ああ。」
りうらの声は低くて、でも逃げる気配はなかった。
沈黙。
風が、ふたりの間をそっと通り抜ける。
「お前、まだ怒ってんの?」
「怒ってねぇ。」
「そっか。」
「……ただ、」
りうらが口を開いた。
「……あの時、冗談だってわかってたけど、
なんか……うまく流せなかった。」
「……うん。」
「お前が、そういうこと軽く言えるの、知ってたのにさ。
……“好きになったらどうすんの”とか言われて、
本当に、ちょっとだけ……動いたんだよ、心。」
正直すぎる言葉に、いふは一瞬、呼吸を忘れた。
「……へぇ。」
「なに笑ってんだよ。」
「笑ってねぇよ。」
いふはゆっくりと、足を止めた。
「俺さ、あの時“冗談”で言ったんだよ。
でも……あれから、ずっと気になってた。」
「なにが?」
「お前の顔。」
「は?」
「……俺、あんな顔見たことなかった。
怒ったんじゃなくて、たぶん……“本気で揺れた”顔。」
りうらがぎゅっと手を握る。
「……で?」
「それ見て、俺のほうが揺れた。」
「……お前が?」
「うん。」
いふは、真正面からりうらを見る。
いつものふざけた笑みじゃない。
でも、ふざけた自分をごまかしながらも出す、
精一杯の真剣さ。
「お前が俺のこと好きになったらどうすんの、じゃなくてさ。」
「……あ?」
「俺が、お前のこと……好きになってたらどうすんの?」
りうらの瞳が、わずかに揺れた。
でも、今度は目をそらさない。
風がふたりの間に吹く。
でも、それはもう、冷たくなかった。
「……バカ。」
「知ってる。」
「……まだ冗談かもしんねぇけど、
お前のそういう顔、俺……嫌いじゃねぇよ。」
いふの笑みが、静かに深まった。
「ありがと。じゃあさ、
もうちょっとだけ……俺のこと見ててよ。」
「……もうちょっとだけじゃ、足りねぇかもしれねぇけどな。」
ふたりの距離が、ほんの少しだけ、
“からかい”じゃなく“本音”で近づいた。