コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
沈痛
「宇伟。お前また叔父の事謀らむ 」
「知らずかし」
「よきや、知るべし。」
誰かの思ひ出、誰かの思ひいで。
其はいと、心もとなとしか見えでしるとはせぬ誰かの思ひ出なり
「斤、叔父の事になるとなんぢは日ごろ庇ふぞな」
誰かの思ひ出かは分からず。僕が眠れると言ふに眠らせぬ、見よと言はぬばかりに映しいだす。
「叔父、ありがたく血相変へたりき。」
「叔父俺が言ふ事信じきやよ」
ケラケラと笑ふわらはと其見呆れ叱るわらは。楽しからむとし笑へり
おどろかばあした訪れたりき。琳琅は既におどろきてうつろひし桜を眺めたりき。
「琳琅、おどろききや」
さ聞くと琳琅は深く頷けり。うつろひしためしのわびしきや琳琅はとばかり下を向けり。春はいま終はる。いづれ桜の木はただの木にならむ。さ言ふ物なり
「また春にならば見に来む。」
琳琅は深く頷けり。少し興半分に琳琅に夢の事を話しき。
「さ言はばけふはあやしき夢を見しぞ」
「ケラケラと笑ふわらはと其見呆れ叱るわらは。其は其は楽しからむとし笑へり」
琳琅の瞳揺らぎためり見えき。我は案ぜず話し続けき
「さ言はば…宇伟と斤と言へりやな。」
我がさ言ふと琳琅はいと驚けり。「知れりや?」と問ひ掛くれど琳琅は首を振れり。
廿の時、腹の立たむ者が此処を訪れき。名は宇伟。切るることのなき腐れたよりなり
「何なりよ斤。 久しぶりに会はれきと思ひきや知らぬ振りし、なんぢは日ごろさりきな。」
「知らず。」
「睦まじくせむぞ」と馴れ馴れしく肩を組みきたり。俺は肩に置かれし手を退かしてそそくさとその場を去なむとすれどそれに止められき
「宇伟……」
退けと脅せど宇伟はそっぽを向きて退かむとせず。違ふ道より行かむとかたを変ふれど宇伟は俺が前に立ちき
「宇伟、何のつもりなり」
宇伟は知らぬ振りしそっぽを向けり
「俺はなんぢ憎し。お前すずろに憎きぞ」
いつもは「えいえい」に済ませたれど、ついいられ言ひ返しにけり
「俺もなんぢ憎し」
いづれのかたに動くとも着きくれば室に入る事にせり。室に入らば着きこずと思へど宇伟は俺が後を着かれき。「なにぞ」と問ひ掛くとも宇伟はつと俺を見詰むるばかりに何もしこず。
「何なりよ心地悪し……」
俺がさ言ふと宇伟は立ち上がりて俺が腕を指差して綴りき
「斤。右手を動かせ」
何するや分からねど我は言はれし通り右手を左右に動かし振りせり
「何ぞ……」
問ひ掛くと宇伟はクスクスと笑ひそめき。
笑ひつつ宇伟は「良くえし作りなり」と言ひき。人を物のごとく扱ふ宇伟に腹立たせ「そはいかにも」と一語一語ハキハキと言ひき。俺が室をいづとも宇伟の笑ひ声はきこえきたり
いられつつ歩めるとビュンッと風吹きき。思はず立ち止まりて「なになり?」と景色を見ば桜の花びら舞へり。
「桜うつろへり…」
「なになり、斤。お前ってばあやしきかな」
我が後ろよりひょっこりいでこしは宇伟。ケラケラと笑へり
「何あやし」
「常は清げと言ふものならむ?、なのになんぢはさうざうしからむとし「桜うつろへり…」なり」
俺が真似せば腹抱へ笑へり。念ぜば平気…とうつつ保ち俺は桜の木へと足踏み入れき。其に続きて笑ひつつ宇伟も足踏み入れき
「来ずべし」
「さうざうしからむ?ぞ?」
宇伟なるは何処に行くとも俺が傍に居まほしがる。着きく来ぬやと思はばいま先に現場に居す。あやしきなり
「うつろふやさうざうしき?」
「いわけなきほどよりありし物なればぞ。」
俺がさ言ふと宇伟は「もし失くならば俺が新しき植うるぞ」と上より目線に言ひきたり。例の戯言と俺は受け取り「えいえい」といらへき。宇伟は戯言を付く、いつはりかまことかさるの考ふる前に分かる事なり。
宇伟はニヤニヤしつつも我に幾度もとぶらひしきたり。「桜は恋し?」「憎くはあらず」「春は恋し?」「恋しくはあらず」「其は何故?」「別れ恋し」俺がさ言ふと宇伟は又もやケラケラと笑ひいだしき。宇伟の事なり、笑ふと思へり。これとふる度に分かる事あり。これとふる日々には意外にも慣れきたり
「安穏とて斤。我はすがらになんぢの傍に居ればぞ」
「よし。」
後ろより抱き締むる宇伟の腕振り払ひて俺は歩みいだしき。宇伟は俺が真似を幾度もしケラケラせり。
「斤、花を捧げむや?」
「いらず」
「桜を植うるぞ」
「いらず」
「羽目に陥るは俺が奨励する料に斤に、なんぢのいと恋しき花を捧げむや」
「……よし」
幾度も幾度も宇伟は俺に問ひ掛けたりき。構はまほしきやをこにせぬや良く分からぬなりき。とこしへにかかる日々の続くはうたてけれどうつろふはなほうたてかりき。すがらにこのままで居らると自由に思へり。少し価観合はで宇伟と大喧嘩してけり
「なんぢなど憎し。なんぢ居ずならば」
「……言はれずとも死ぬるぞ」
いつもは宇伟の腕振り払ひてえい終はり。ゆかしな心地なれどこの日始め宇伟の体に押しき。思ひしより力良く押してしまひて宇伟はよろけにけり。手差しいだして「御免」と言ふべかりけむや、俺は居るとも立つとも居られず思はず、御免も何も言はず目を逸らしてけり。
「斤、」
「なんぢ……つひに俺ならずべからむ」
「おもておこし貰はれば我すずろにいかがにも良からむ」
宇伟はただ黙れり。誰かに聞きき。宇伟はおのれのおもておこし欲しく俺がごときほどの人の傍に居おもておこしを貰へりとて。此こそが俺が事の憎きに傍に居るよしに違ひなけれ
「おもておこしすずろにいくらにもくる。」
居りしまま黙り込める宇伟の胸ぐらを掴みて俺は怒鳴るべく言ひき。
「おもておこしもがなと始めよりさ言はれしこそ心地が良かりき。」
「花をくれしも俺が料にせるもさながら、さながらいつはり偽りなりきや。頼みて損せり……」
我がさ言ふと宇伟はやうやう口を開きき。「……五月蝿しな」其はいと驚く言の葉なりき。俺は宇伟の頬を叩きて再び胸ぐらを掴みき。宇伟はかく言ふなり、知れるに一度頼みぬと裏返られためり口惜しくわびしかりき。宇伟は口を開かば「嫌い」やら「大嫌い」やらなるやら罵れり。いまうたてし、さる言の葉ゆかしからず。俺はさる言の葉聞くために生きたらず
「なんぢは俺に会ふ度に憎しの何なりの言ひきて…」
「しか憎く死なまほしくば、」
言ひ終はる前に宇伟は我が頬を掴みて問ひ掛けきたり。
「俺がなんぢを心底厭ふとも思へりや」
「なんぢに恋しと伝ふとも、心地悪しだの言ひきて我が事見ざらむ」
俺が宇伟の胸ぐらを掴めべきなのに今度は宇伟が俺の胸ぐらを掴みて綴りき
「我がなんぢに花を捧げしはおもておこしが欲しければにはあらず。恋しきかたきには花ほど捧げまほしくなる。花には足らぬほどにぞ」
「すき……は、なに……」
俺が困惑し趣をしたたむべかりたらずと言ふに、宇伟はどんどんと我が知らぬ言の葉を綴りゆきき
「旅人運びきと言はれたれど違ふ。俺がなんぢの死体を運びしぞ。百年もなんぢをとぶらひてやうやう見付けきと思ひきや涛菁涵など心分からぬ名に生き寛容師兄など怪しからむ輩と旅したりぞ…俺が辿り着きしには、既になんぢは死にたりき」
「なんぢにただ生きたらまほしくまた、はやくうりて顔を見すと思ひて俺がぐして帰りてすがらに保管せるぞ」
胸ぐらを握る力はどんどんとこはくなれり。俺が幾度もわりなしと訴ふれど宇伟は其を聞かざりき。宇伟の腕を叩けど逆しるしなりき
「おどろききと思はば俺が事覚えたらで人のつとめをさながら無くしゆくなんぢ憎し。俺が作りし体に俺が作りし声に、俺が作りし心延へ。少しくらき俺が恋しくさせよ」
宇伟はさ言ふと手をすがすがと放して我押し倒しき。とみなりし為受け身取れで後ろをすがすがとぶつけき
「宇伟、何するなり……」
「よきや斤。俺を忘るべき、されど俺が付けし名ばかり忘れざらずや」
「……斤、また体が欲しくば俺が作る」