テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「…一睡もしてなかったけど大丈夫?」
「ぜんっぜん大丈夫、俺今超ハイになってる。ハハッ!」
「朝からうるせー…」
柔太朗に嫌な顔をされながらも目的の駅に辿り着いた。
朝8時、バスの停車場から人混みをかき分け、ロータリーに辿り着く。
これからお出かけか休日出勤か、やはり人はあちこち多く、駅の方向に向かって歩いていく。
その間を逆行するようにロータリーを歩き回り、やがて柔太朗が「あっ」と声を上げた。
「柔〜!おかえり〜!久しぶりやんな!」
「ただいま舜ちゃん」
「おうおかえり柔太朗〜」
柔太朗に絡み合う2人の陰に、思わず顔を綻ばせた。
…相変わらずだ。
顔立ちは大人っぽくなったかも知れないが、こうして無邪気な姿を見ていると確かに安堵する。
…1人、足りない。
「舜、太ちゃんも。後ろみてみ」
「え?」
意味ありげに笑って見せる柔太朗に、よからぬ予感を抱いた。
「じゃーーん、特別ゲストでーす」
あーほら、よくない紹介の仕方しちゃった。
舜太と太智が柔太朗の肩越しに後ろを見て、それはもう脳髄に刺さるデカい声が響き渡った。
「うぇーーーーーーーッッッ!!!!!!」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!」
いや、うるっせえ!!!!!!!!
しかもこいつらのよくないところは出会い頭にヘッドロックをかけてくるところ。
「仁ちゃーーーーーーーーん!!!!!」
「おまえ元気にしとったんかーーーーーーーーーー!!?」
「おもいおもいおもいおもいおもいしぬしぬしぬしぬしぬしぬ」
筋トレしてる身というところを自覚していただきたいものだ。
「あーーーーー太智、あれやって、あれ」
「あれ?」
ギュウウウウウウ!!!!という声と複数の高笑いの声が朝の空に響いた。
心なしか、もう一つ聞こえた気がした。
「なるほどねえーーーついに思い出したんか」
後部座席で太智が隣でしみじみと言った。
街路樹は新緑の葉が朝の光を跳ね返している。
標識はなかなか大きい病院の名前が流れてきた。
「ほんまに俺らびっくりしたんやからなーー!卒業式で勇ちゃんの話をしてたら『誰そいつ…?』とか言い出すんやもん…」
「お前それいじってるだろ」
「いやや!!!運転しとる運転しとる運転しとる」
さっきの仕返しのように後ろからヘッドロックをかけた。
「で、思い出したん?」
「少しだけ…事故当時より前の記憶なら…」
「へえ!よかったな!人間の脳ってのは忘れるようにできとるからな」
「ごめんそれ言わんほうがいいわ」
「ほんなら仁ちゃん、先に病院降ろすからな!」
「は?」
聞いてない行程に思わず聞き返した。
「そそ、俺ら色々準備せなあかんからさー!」
「行ってきな」
「いや待って待って聞いてないってお前らきてくれるんじゃないの!!!?」
「俺らはほぼ毎日会ってるもんなーっ、舜ちゃん」
「なー!」
「お前らよく柔太朗の前で言えたな」
口喧嘩の気配を感じて強気に返すと、舜太が「ほんまにいいんよ俺ら」と語気を弱めて語りかけた。
「最後に2人でイチャイチャしてきなよ」
冗談っぽく言った太智の言葉は、どこか寂しさを孕んでいた。
もうそれ以上は反論できず、並木道の途中でそのまま車を下ろされてしまった。
そして、病院の前でまごついて既に30分が経過。いまである。
アプリのマップと立派な建物を交互にみてはウロウロ歩いての繰り返しという、なんとも無駄な時間を過ごしている。
…どうしようかな。
…なんて言えばいいのか。
…言ったところで聞こえるのか。
だが、そろそろ入らないと遠くでチラチラみている警備員にマークされそうだ。
大きく息をついて、震える脚を踏み出した。
開放的なロビーでは気持ちの良い午前の光が差し込む。
患者やその家族が談笑したり、待ち時間でつい微睡んだり、のびのびと過ごしている。
そのすぐ正面に受付のカウンターを見つけた。
こちらが近づいたことにちらり、と目線を向けた無愛想なお姉さんは、
「ご家族ですか?」
と聞いてきた。
「あーーーーー…いや、まあ、知り合……」
「306号室へどうぞ。こちらの札はお帰りの際に返却してくださーい」
最後まで言わせもせず、バッジを押し付けられた。
意外とあっさりと入室できたことに拍子抜けしながら、暗い廊下をくぐり、 306号室へ向かう。
エレベーターは今に限って誰も入ってこない。
上がっていくたびに胸が高鳴ると同時に憂鬱な重さを感じた。
…最後、か。
そんな感傷に浸る時間もないまま3階へたどりつき、患者とナースの間を縫って案外サクサクとその名前を見つけた。
…個人部屋とは、なかなか出世したな。
カラカラ、と恐る恐るドアを開けて、覗き込む。
布団の膨らみから、人が寝ていることがわかる。
規則正しい音を奏でる心電図は70を表示し、繋いだ管を通して生きていることを伝えていた。
意を決して足を踏み入れ、逃げ場を自分で消すように、扉を静かに閉めた。
忍足で病床へ向かい、その顔はやがて現れた。
手のひらサイズの酸素マスクが、やたら大きく感じる。
閉じられたまつ毛の長さもなければ、わからなかっただろう。
窶れた頬と細くなった腕に、迫り上がるものを感じた。
短髪だった髪の毛も少し、肩につくぐらい伸びてきた。
あれだけ学生時代アクティブに動いていた奴がこうして、点滴やら心電図やらを繋がれながら、酸素を無理やり押し込まれるようになるなんて、誰が想像しただろうか。
そっと椅子を己の腰の下へ寄せた。
寂しく心電図の音が静寂の時間をせき立てるように響く。
「…久しぶり」
声は枯れていた。
「約束通り持ってきたよ」
鞄から二つのアイテムを取り出す。
そのうちの一つを光にかざした。
光の反射を受けたそれを、バーコードのまきついた手を取り、指を通す。
細くなったが相変わらず大きく、骨ばった手に、最も簡単に治まった。
柔らかい日差しにキラリ、と光る。
そんなことをしても起きるはずもなく。
「…お前さ、本当にあの『天使』なの?」
問いかけても答えは返ってこない。
「あの時…電車に飛び込む時に助けてくれたのも、勇斗?」
返事はない。
「…なんで忘れてたんだろうね、やばいよね俺」
あは、と笑う声は空間に消えた。
「……『忘れたかった』んだけどさ」
だんだんと心は折れてくる。
1人で話すことほど虚しいものはない。
無言で手を取って握った。
指輪の感触と変わらないぐらいの手の冷たさに、生気を感じられないことに、いよいよ決壊しそうだった。
「………勇斗…ごめん、ずっと言えなくてごめんって思ってたけど…」
乱れる息を堪えながら息を吸い、
3文字の言葉を吐いた。
その時だった。
睫毛が微かに震えた。
一歩間違えれば見間違いかと思ってしまうそれは、確実に自分の視界で捉えた。
…まさか。
思わず動きを止めて、固唾を飲んで見守った。
見間違いではなかったようだ。
微かな瞬きと共に、黒い瞳が光を写した。
その時、胸の内に無数の言葉が泉のように湧いてくる。
眠りから目覚めた瞬間だった。
「…………。」
呆然として見つめていると、黒い瞳は首を回しながらゆっくりとこちらを向いた。
「…おはよう」
何か言わなきゃ、と絞り出した言葉はこれだった。
「……嘘だろ…つよ、お前……ははっ…はっ…」
笑いで乱れる息は過呼吸の時のように引き付けが起こった。
それは肩を振るわせ、呼吸は嗚咽に変わっていった。
ぼた、ぼたと落ちる大粒の滴がベッドのシーツを濡らす。
そして、勇斗の腕にも撥ねて落ちた。
その指がぴくり、と動いた。
震えを伴って少しずつ腕が上がり、やっと腕に指先だけ触れた。
驚いて勇斗の方を見ると、その瞳は酸素マスク越しにこちらを見つめていた。
ゆっくりと、わずかに首を動かす様子を見て何かを話したいのかと察した。
「……何?…勇斗…」
酸素マスクの近くに顔を近づけた。
声にならない微かな息が、静かなこの空間を通して耳に伝わる。
その言葉を理解した時、いよいよ破顔した。
「…まさか、勇斗から言ってもらえるとはね」
目を拭って鼻を啜り、改めて笑って見せた。
「おかえり」
泣き笑いで口にした言葉。
柔らかい日差しに照らされた勇斗の目は僅かに細められ、少しだけ微笑んだように見えた。
3人が痺れを切らして雪崩れ込んでくるのは、また数分後の話。
コメント
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さかな様 この度はシリーズ完結おめでとうございます。そしてありがとうございます!! 途中まで凄くドキドキしながら読んでいたのですが、すごく優しいハッピーエンドで、とっても素敵なお話でした。 特に好きなのはやっぱり指輪のシーンでしょうか🫶 あと最終話で💙❤️さんの登場もあって、全員集合のわちゃわちゃ感が好きでした!! もしいつか快復した🩷さんと💛さんのその後が見られたら、すごく嬉しいです…!✨ 今後の作品も楽しみにしております!

第1話を読んだときからずっと続きが楽しみで、お話が更新される度に楽しく読ませていただいておりました。 この度は完結おめでとうございます。 久しぶりに心が震えるほど感動いたしました。 いつも素敵なお話をありがとうございます。 ファンより