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この話を選んで頂きありがとうございます。
桜の花びらがひらひらと舞い散る風景が好きだ。それを表現するために、試行錯誤するのが好きだ。同じものでも、表現する人がそれぞれ工夫を凝らすだけで全く違うものに見える。それは抽象的なものであればあるほど、人の個性は顕著に表れる。個性を評価し、展示し、愛される。そんな美術に憧れ、俺は入学したての校舎の廊下を歩み、『美術部』とでかでかと書かれた入部届けを職員室へ持っていく。
「この度は入学おめでとうございます〜。んで、よう美術部に入ってくれたな。歓迎するから、楽しんでってな」
声こそ明るいが、節々に適当さが見られ目が明らかに死んでいる顧問から新入部員への挨拶が送られる。
新入部員達の初めてのの活動は、植木鉢のデッサンだった。周囲を見渡すと、二年、三年生を表す色を足にまとった生徒は皆イーゼルと向き合っており、懸命に絵筆を握る様から、それぞれが思い思いの何かを描いているんだろうとわかる。
植木鉢をじーっと観察しながら、スケッチブックへ鉛筆を走らせる。絵を描くことが好きなことと、絵を描くのが上手いことは同義ではない。それを表すのが正に自分の絵だ。と、大袈裟に言ってみるが、要するに俺はあんまり絵が上手くない。観察しながら描いているのにどうしてこんなに歪なんだろうと首を傾げながら、鉛筆の角度を変えて明暗を表したり、修正したり。そんなことを繰り返していると、あっという間に下校時間を知らせるチャイムが鳴る。顧問がお疲れさんです〜と間延びした声で終わりを告げる。新入部員の一年生は言わずもがな、二、三年生も少しずつ帰宅準備を始めていた。
出来上がったデッサンを改めて見てみると、正直言ってあまりにも酷い。立体感は死んでいるし、無駄に繊細に表現しようとしたせいで黒色が混雑している。これは由々しき事態である。この先の俺の美術部ライフを快適に過ごすためにも、せめて俺がこんなもんじゃないか、と納得できる程度のものを描けなければ、ひたすら周囲の劣等感に押し潰され終わる三年間になってしまう。なんなら、ストレスで退部する可能性すら捨てきれない。
自分のスケッチブックと睨めっこして出した結論は、とりあえず技術的にも、部活動の歴的にも先輩である人物にコツを聞いて回ることだった。単純かもしれないが、初歩的なことから始めることも大切だろう。コミュニケーションも取れるし、まさに一石二鳥ではないか。
俺が動きだした頃には美術室はほとんど空っぽで、俺以外の一年生は皆帰ってしまったし、二、三年生は合わせて四人ほどしかいない。しかし、いるならば何ら問題は無いのだ。少し緊張する気持ちを抑え、最初は談笑している二人の先輩に話しかけにいった。
「知らん。そんくらい自分で見つけえ」
「そこ邪魔や。俺帰るからどいてくれ」
聞き込みは順調に進み、丸や四角でアタリを書けば良いなどの具体的なアドバイスや、『意欲的な可愛い後輩』の印象作りも上手くいき、少し調子に乗っていた俺が最後にいた先輩に声を掛け、返ってきた言葉がこれである。いくら急いでいたとしても、もし、俺の顔、性格が気に入らなかったとしても、新入部員に対してあんまりな対応ではないか?たまたま今日の機嫌が最高潮に最悪だったのか?
その後どう帰ったのかは覚えていない。気がついたら家にいて、気がついたらベッドにうつ伏せになって落ち込んでいた。いや、何度振り返っても可愛い新入部員に対する対応じゃないやろ!と今なら文句が出るが、あの絵の具から出したような、なんの混じり気もない真っ赤な瞳に冷たく睨まれると誰だって声も出せなくなるに違いない。間違いなく、あの時の俺は蛇に睨まれた蛙だった。
…あそこまで絶対零度そのものな人間を初めて見たのもあり、ショックで落ち込む気持ちの他に、新しい気持ちが湧いてくる。
──あの先輩を絆すことができたら、どれほど面白いんだろう──
単なる好奇心。されど、人生を彩る立派な絵の具の一つであり、行動の動機となる。
むくりとベッドから起き上がり、テンションのままに拳を天井に向かって突き出す。
「絶ッッ対あの先輩を懐柔してやるからな!!」