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現実では感じることのできない、番人のぬくもり。そして自分を魅了する香りを、心ゆくまで堪能する。
頑張ったご褒美なのか、抱きしめた敦士の腕を振り解くことなく、されるがままでいてくれた優しい番人の姿は、まるで気高く美しい天使のように見えた。
「番人さま……」
「どうした?」
「僕の精は、まだ必要ないですよね。この間、差し上げたばかりですし」
俯かせた顔をそのままに、たどたどしく話しかける敦士の様子を見て、番人は小首を傾げた。
「確かに余裕はある」
「そのことはわかっているのですが……番人さまを抱きたいって言ったら、抱くことは可能でしょうか?」
喋りながら戦慄く躰を隠すように、番人を抱きしめる二の腕に力が入った。
「それは――」
「こんな崖の上で、何を言ってるんだって話ですよね」
「敦士……」
「ここは夢の中だけど、夢じゃないっていう感覚がある中で、番人さまを抱くことができる、唯一無二の場所ですよね。だからこそ番人さまを抱きたいです」
告げながら顔を上げる敦士の眼差しに、番人は息を飲む。あからさまに困惑していることがわかったが、自分の想いを止めることはどうしてもできなかった。
「番人さまが欲しいです。貴方のすべてが欲しい……お願いします。お願ぃ」
好きという想いを込めて告げた、切なげな声を合図にしたように、崖下から吹き上げていた風がピタリと止む。すると辺り一面、濃い霧が漂いはじめ、番人たちの姿を隠すように包み込んだ。
「男の味を知って、欲情にまかせた言葉か」
「違います。そんなものじゃない!」
(鬱蒼と漂う霧が、番人さまの心も一緒に覆い隠すように感じてしまうのは、どこかつらそうな顔をしているせいなのかな)
「それとも創造主の手で作られたこの見た目を、おまえは好きになったんじゃないのか?」
「確かに惹かれました。中性的でとても綺麗なお姿ですので」
敦士の中にある、素直な気持ちを告げた途端に、首をもたげた番人の瞼が伏せられる。
「だけどその見た目よりも、お人柄に僕の心が強く惹かれました」
一旦区切った言葉のあとに告げられたセリフを聞くなり、番人の瞼が大きく見開き、ゆっくりと顔を上げた。信じられないものを見る視線を受けながら、敦士はハッキリと口を開く。
「職場でやる気を失った僕を、番人さまは叱ったり宥めすかしたりしながら、自信を与えてくださいました。お蔭で、どんなことでもやってのける、勇気を持つことができたんです。さっきだってそう。自力で崖を登ってこれたのも、貴方の励ましがあったからです」
「…………」
「僕は番人さまが好きです! 包み込むようなあたたかさをもった、貴方が大好きです」
敦士の視線の先にいる番人の表情は、みるみるうちに悲しげなものに変わった。
「わからない。俺はどうすればいいんだ」
いつも耳にする、自信に満ち溢れたものとは違い、その声は震えて違う人のものに思えるくらいだった。
「番人さま?」
「今までそんなふうに、好意をぶつけられたことはなかった。むしろ、嫌悪する気持ちをぶつけられることのほうが多くてな。だからおまえの気持ちに、どうやって応えたらいいのかわからない」
自身に起こる混乱に、躰を打ち震わせる番人を、敦士はさらに力を入れて抱きしめた。
「番人さまから見て、僕は少しでも魅力的な男に映るでしょうか?」
「……そうだな。頼りないところはあるが、それを補おうと一生懸命に頑張っているところが、そうなのかもしれない」
腕の中で告げられた声は、くぐもって聞こえてきたが、ちょっとだけ笑った感じも伝わった。
「そのお言葉だけで、僕は十分でございます。番人さま……」
敦士は抱きしめていた片手を、番人の顎にに添える。そのまま唇を開かせ、覆いかぶさるように口づけた。