コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ねぇ涼太」
「何、翔太」
「キスしよ」
「ぶふっ」
翔太は楽屋で台本を読みながら水を飲む俺に突然声をかけてきた。普段はなんか抜けてて締まりも悪くておつむも足りないこの男、渡辺翔太。なんでか最近やたらめったらこんな冗談ばかり言ってくる、しかも俺だけに。
「おま、カメラ回ってる時にしろよそんな冗談」
危なく吹き出しかけた水を何とか飲み込み、口元をティッシュで拭う。そんなふざけたこと言ってきた相手を見れば奴の目は笑ってない。なんか、気まずいな、なんで。
「俺、お前と二人きりになりたくて、折角早く出てきたんだぞ」
いや知らないし、なんならいつも早く来たら良いじゃないか。まぁ、そういう問題でもないけど。
「キスは駄目だろ、流石に」
「なんで」
はぁ?それこっちの台詞だろ。なんでそんなに必死なんだよ。何だかいたたまれなくなって、台本を閉じて席を立つ。翔太の顔を一度見てから通り過ぎようとしたら、そのまま手を掴まれる。
「…何してんの、離せよ」
掴まれた手を振ればあっという間に奴の手は解けた。そりゃそうだろ、俺の方がコイツより体格良いし身長の差もある。でもなんだろう、翔太は下を向いているのに、圧を感じてしまう。ずっと一緒にいたはずなのに…こんな渡辺翔太を、俺は知らない。
「どうした?なんか変だぞお前」
「涼太はさ…なんで俺とキスしたくないの?」
昏い水でも含んだかのような低い声。ただ淡々と喋るコイツの声に脚先が温度を失っていく。動け、ない。
「なんでしたくないって…」
「嫌いなの?」
「そんな嫌いってことない、けど」
「じゃあ出来るよね?」
そう言われてするりと指を取られたと思ったら、俺よりも軽い男に壁に壁に追いやられる。
「っ……」
「しようよ、俺とキス、うんと気持ち良いやつ」
さっきみたいに振り解いてしまえと頭は訴えているのに、身体が動かない。なんでだよ、どうして、奴の顔が近付いて来て伏せた長い睫毛で視界が覆われそうになる。
「涼太…」
「しょっ……」
コンコンと軽いノックの音が聞こえて、スタッフさんが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。ほんとに僅かに唇が触れた時だった。あ、解放されるそう思ったら、そのまま顔を抑えられてキスされてた、え、なんで。
「んむっ…」
「……続きはまた今度な」
そう俺の耳元で囁いてニヤリと笑った翔太が俺から離れて扉に向かい走って行く。
「すんませーん!今行きまーす!」
は、え、何。ほんとに意味わかんないんだけど。続き?って言ったのアイツ…いや続かないだろ。てかなんだよあの温度差。最後のあの嫌ぁな感じの笑顔…。
「ほんっと、マジふざけてる」
顔が熱いのはきっと夏だから、そう、そう言い聞かせて。俺も楽屋を後にした。思わず拭った唇がやたらヒリヒリしたような気がした。