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肩を叩かれ、恐る恐る後ろを振り返ると、右手に懐中電灯を持った笹本先生が不思議そうな表情を浮かべ、座り込んでいる僕を見下ろしていた。
どうやら、見回りをしていた先生の懐中電灯を白い何かに見間違えたようだ。
「どうしてこんな時間に成瀬が居るんだ」
笹本先生は体育教師だ。
とても生徒想いな男性教師で、周りの生徒からも人気が高い。
廊下で見掛ける度に男女関係なく先生を取り囲いよく団子になっていた。
今年は他学年の担当となり、見かける頻度も話題に出ることも減っていた。
好いていたこともあり少し会いたかったというのもある。
「いや、えっと…」
先生の問いに対して言葉が上手く浮かばず、目を泳がせる。
そんな僕の様子を見て何かを察したのか、はたまた呆れたのか、先生は一つ咳払いをし話題を変えた。
「ところで、もう一人居たよな?
あれは誰だ?」
「その……長野くん、です…」
勝手に言ってしまって良いものか少し迷いもしたが、変に誤魔化して後々面倒なことになるのは嫌だった。
「長野…またあいつか。
頼むから大人しくしててくれ…」
先生は頭を抱えた。
それもそのはず、皇牙はこれまで数々の問題を起こしている。
例えば、皇牙ホームラン事件。
休み時間、校庭で野球をしていた皇牙がボールを打ち上げ、廊下の窓ガラスを割ってしまった出来事だ。
他にも他校の生徒とのトラブルなど、様々な問題が絶えず問題児リストに載っているという噂もある。
「で、どうせ成瀬はまた巻き添え食らったんだろ?いい加減断れよぉ?」
「はい、すみません…」
まんまと全てを見透かされ、自身の不甲斐なさを再度痛感する。
「ん。ほら、帰った帰った」
背中を軽く一発叩かれた。
それは少し雑に、でもどこか応援されているような気がした。
先生はニシシという表現がしっくりくる笑顔を浮かべていた。
僕はこの笑顔に何度救われたか分からない。
後日、何事も無かったかのように授業は終わり帰る支度をしていると、一つのメッセージがスマホに映し出された。
内容を確認すると『校舎裏まで来い』と驚く程端的な文章があった。
どうやら皇牙からの呼び出しのようだ。
嗚呼、漫画やアニメでよく見る展開…
無視して帰ろうとも思ったが、もちろん僕にそんな勇気は無く指定された校舎裏へと向かう。
呼び出された場所に着く頃には、既に皇牙の姿があった。
この時点で僕の危機察知能力は頂点に達しているどころか、限界突破をしている。
今更ここで引き返す事も出来ず、不穏な空気を漂わせている皇牙の元へ渋々歩み寄る。
「ど、どうしたの…?」
鋭くこちらを睨みつける目に視線を合わすことができず俯いたまま皇牙に問い掛ける。
次の瞬間、胸ぐらを勢いよく掴まれ、皇牙の方へ引き寄せられる。
「お前!昨日のこと誰に言いやがった!?」
皇牙が発した耳が痛くなる声が校舎裏の狭い空間に響き渡る。
「お陰でこっちは生徒指導室に呼び出し食らったじゃねぇか!!」
「ご、ごめん、先生に聞かれてつい…」
「チッ。お前なんか誘わなきゃよかったわ」
「…ごめん、」
何も返す言葉が無く、謝ることしか出来なかった。
「もう二度と話し掛けて来んな」
乱暴に突き飛ばされ、最後に捨て台詞を吐いて皇牙は背を向け立ち去ってしまった。
僕の高校生活、終わった…
やはり気が乗らない誘いは断るべきだったのだろうか。
しかし相手は皇牙だ。
僕の意見なんか聞かずに連れ出すだろう。
運命は初めから決まっていたのだ。
それからというもの、僕の数少ない…いや、唯一の友人だった皇牙との繋がりは一切無くなり、僕は完全にクラスから孤立してしまった。
皇牙と話さなくなった途端、クラスメイトと大声で談笑する彼の声が嫌という程耳に入ってくる。
「長野、帰りカラオケどうよ」
「お!いいじゃーん 行こうぜー!」
「あ、成瀬も誘う?」
「んぁ?いーよあいつは」
「え…お前らなんかあったん?」
「別に。ほら、昼飯行くぞー」
「ちょ、置いてくなよ!」
大切な物は失ってから大切さを痛感する。
僕は今まさにその状況だ。
皇牙だけが僕の話し相手だった。
「昼どうしようかな…」
昼食を食べる相手が居なくなり、ぼんやりと廊下を歩いていると、気がついた頃には屋上へと繋がる扉の前へと辿り着いていた。
今の季節は秋に近づき、徐々に風は冷たくなっている。
その為、わざわざ屋上に出る生徒など居なく独り身の僕にはピッタリの場所だった。
「ここで時間潰すか」
古くなり金属が所々錆び付いている扉のドアノブに手を掛けた。
ひんやりとした感覚が手の平に伝わる。
「え、」
鈍い音を響かせながら重たい扉を開けた先には、フェンスに寄りかかる男子生徒の姿があった。
今時期ここに来る奴とか居るんだ…と考えながらじっと男子生徒を見詰めていると、僕のことに気付いた彼がこちらに顔を向け目を合わせる。
すると、少しずつこちらへと近付いてくる。
僕が慌てて扉を閉めようとすると、彼が口を開いた。
「あー!待って待って!」
明るい雰囲気を感じさせる、とても優しい声をしている。
どこか元気の出る声だ。
「す、すみません。邪魔しちゃって…」
「いや、ここで昼?」
「ま、まぁ はい、一応…」
「そっか!じゃあ、隣きなよ」
男子生徒は初対面の僕に対してとても眩しい笑顔を向けてくれる。
思わず僕も口元が緩む。
「ほら!こっちこっち」