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窓の外から聞こえる小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む容赦ない朝日。
いつもなら、重たい身体を引きずって会社へ行く準備を始める、憂鬱なはずの朝だ。
だが、今朝の俺を包んでいるのは、かつてないほどの「重み」と「熱」、そして甘い匂いだった。
「……んぅ。ご主人様、おはよー! まだ寝てるの?」
胸元で、プラチナブロンドの髪を派手に乱した白猫が、眩しそうに目を細めて俺を見上げていた。
昨夜のあの、理性をなくしたような艶めかしい表情はどこへやら。今の彼女は、いたずらが成功した子供のような、屈託のない笑顔を浮かべている。
だが、その身体は依然として一糸まとわぬ姿のままだ。健康的な小麦色の肌が朝日に照らされ、彼女が動くたびに、ぴんと立った白い耳がピコピコと愛らしく揺れる。
「お前……。まだその姿、慣れないんだけど……」
「マジ? アタシは超しっくりきてるんだけどな〜? ほら、ご主人様、もっとこっち見てよ!」
白猫は俺の困惑を楽しむように、わざと身体を密着させて頬ずりをしてくる。柔らかな胸の感触がダイレクトに伝わり、俺の心臓は朝から休まる暇がない。
一方で、左腕にはズッシリとした心地よい重みが残っていた。
「⋯⋯うるさい。⋯⋯白、声、大きい。⋯⋯まだ、寝る」
黒猫は一度も目を開けることなく、さらに俺の腕に顔を深く埋め、逃がさないと言わんばかりに脚を絡めてきた。
漆黒の長髪がシーツの上に広がり、雪のように白い肌が月光の代わりに朝日を吸い込んでいる。彼女は無口で厭世的だが、その独占欲は白猫よりもずっと静かで、そして重い。
「⋯⋯ご主人様。⋯⋯こいつ、無視して。⋯⋯アタシと、二度寝⋯⋯しよ?」
「ちょっと! お姉ちゃんズルいし! ご主人様、アタシとお話ししよ!」
左右から引っ張られ、俺は思わず深い溜息をついた。
数日前まで、この部屋には俺一人しかいなかった。静かで、殺風景で、ただ寝るためだけに帰ってくる場所だった。
それがどうだ。今では、正体不明の、けれど最高に可愛い二匹の「家族」が、俺の平穏をこれでもかと掻き乱している。
「……よし、お前ら。とりあえず離れろ。飯にしよう」
俺がそう言うと、二人は一瞬だけ動きを止めた。
「飯」という言葉が、彼女たちの生存本能を刺激したらしい。
「ごはん! やったー! アタシ、お肉がいいな! あ、でも昨日のミルクも超美味しかったし……ねえ、何作ってくれるの!?」
「⋯⋯アタシは、お魚。⋯⋯カリカリは、もう一生、いらない。⋯⋯ご主人様の、手作りがいい」
期待に満ちた四つの瞳に見つめられ、俺は苦笑しながらベッドから這い出した。
だが、キッチンへ向かおうとして、俺は重要なことに気がついた。
「……お前ら、まず服を着ろ。全裸でうろちょろするな」
「えー? だって服なんて持ってないもん。あ、昨日ご主人様が脱がしてくれたやつならあるけど?」
白猫がケラケラと笑いながら、床に散らばった俺のワイシャツを拾い上げる。彼女はそれを無造作に羽織ると、ボタンも留めずに俺の前でくるりと回った。
「どう? 似合うっしょ! 彼シャツってやつ?」
オーバーサイズのシャツから覗く、細い脚と、動くたびに見え隠れする小麦色の肌。……破壊力が強すぎる。
「⋯⋯アタシも。⋯⋯それ、貸して」
黒猫もまた、面倒そうに身体を起こすと、俺が脱ぎ捨てていたTシャツを引っ掴んで頭から被った。膝上まで隠れるダボダボのシャツ姿は、彼女のミステリアスな雰囲気をさらに際立たせ、どことなく背徳的な色香を漂わせている。
「……お前らなぁ」
俺は自分の鼻元を押さえ、天井を仰いだ。
美少女二人に、自分の服を着せて生活する。男の理想を詰め込んだような状況だが、現実はそれ以上に過酷だ。彼女たちは猫の習性を色濃く残しており、隙あらば俺にマーキングするように身体を擦り付けてくるのだから。
キッチンに立ち、冷蔵庫にあるもので簡単な朝食を作り始めると、二人は俺の背後で、まるで雛鳥のように首を長くして待っている。
白猫は「いい匂い! これマジでアタシたちの?」とはしゃぎ、黒猫は俺の腰に後ろからしがみついたまま、じっとフライパンの中身を見つめている。
――賑やかだ。
少し前までの俺なら、こんな騒がしさを疎ましく思ったかもしれない。けれど、昨夜のあの濃密な時間と、今、背中に感じる温かな体温を知ってしまった俺には、この光景が何よりも愛おしく感じられた。
「よし、できたぞ。食べよう」
テーブルに並んだ目玉焼きと焼き魚。
二人は、椅子に座るという人間のマナーを教える間もなく、がっつくように食べ始めた。
「んんっ! 美味しすぎ! ご主人様、マジ天才じゃん!」
「⋯⋯ん、⋯⋯おいしい。⋯⋯ご主人様のごはん、⋯⋯毎日食べたい」
幸せそうに頬張る彼女たちを見ながら、俺は心に誓った。
この二匹を、誰にも渡さない。この穏やかで、少しだけ普通じゃない日常を、俺の手で守り抜いてみせる。
「……よし。食べ終わったら、次は服を買いに行くぞ。流石に俺のシャツだけじゃ、外に出せないからな」
「買い物! デートじゃん! やったー!」
「⋯⋯デート。⋯⋯なら、アタシも行く」
こうして、俺と二匹の猫娘による、波乱万丈な共同生活の第一歩が始まった。
外の世界にはまだ、彼女たちの正体を知る者や、不穏な影が潜んでいるかもしれない。
けれど、今の俺には、守るべき「家族」がいる。
「さあ、まずは着替えだ。……って、おい、黒猫! また寝ようとするな!」
「⋯⋯お腹いっぱいになったら、⋯⋯眠いのは当たり前。⋯⋯ご主人様、抱っこして⋯⋯?」
前途多難。けれど、それ以上に最高な毎日になりそうだ。