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ある
28
柘榴とAI

270
花子
セツが皇室騎士団に入団することが決まってすぐに、皇室騎士団全体で剣術大会が開催された。
皇太子が代わり、廃太子の散財に隠れて汚職を働いた貴族達が一斉に粛清されたため、騎士団内では空席の役職が目立っていた。
そのため、皇太子は騎士団内で大規模な剣術大会を開催し、良成績を残した者は身分に関わらず役職決めに考慮されることとなった。
ハント兄弟の兄であるイザークは騎士団には所属していないため不参加だ。
セツはそれでも弟のエドガーとは打ち合えるかもしれない喜びを密かに抱いていた。
当日、大会は武道大会などで使われる闘技場で行われ、観客席は多くの貴族で賑わっていた。
セツは控え室で両手にきっちりと滑り止めの包帯を巻き、グローブをしてコンディションを整えていた。
控え室のざわめきを無視して精神統一していると、不意に肩を叩かれる。
振り返るとハント兄弟が立っていた。
ざわめきはハント兄弟の来訪で起こっていたらしい。
弟のエドガーがセツの包帯に包まれた手を見て話しかけてきた。
「セツの手は昔に比べて柔らかくなっているだろうから、あまり力を込めない方が良い」
柔らかい金髪が頭頂部に近い部分でまとめられているため、男性らしい顔の骨格とそれを強調する髭がよく似合ってる。
エドガーの言う通り、セツは月の雫の影響で長年の稽古による手の硬さが戻ってしまい、手の皮膚が剣の柄の摩擦で破けやすくなっている。手の皮膚が破けると、血が滲んで柄が滑る。
一度屋敷での鍛錬で破いてしまってから、試験や大会に影響がないように力加減を調整してきた。
「ええ、気をつけるつもりです。ありがとうございます」
周りに人がいるためいつもの様に気安い態度は取れない。相手は第二騎士団長、セツは無所属の団員だ。
「入団試験の実技で手を抜いただろ。そのせいで獅子兄弟を誘惑して不正に合格した名ばかりの女騎士って噂されてるぞ」
だから控え室に入ってから多くの視線を感じたのか。
腕を組みながらそう言うイザークは、貴族の当主らしく衣服を着こなしていて、黒いコートがイザークの金髪を目立たせていた。
実技試験で手を抜いたのはあまり本気を出しても悪目立ちすると思ったからだ。結局悪目立ちしたということか。
「今日は手を抜かずに優勝しろ。獅子兄弟を誘惑したのは本当だからな。せめて剣の腕は本物だってことは証明しろ」
誘惑したことなんて一度もない!と言おうとしたが、「英雄の娘だろ」と付け足されると、反論する気にならなくなった。
英雄とは父親のことだろう。セツの父親は英雄なのだ。
セツはお任せください、と微笑んだ。
大会はトーナメントで行われた。
魔法器具の持ち込みが禁止されていたため、対戦前に身体検査があった。
両手を広げて感知器の検査を受けていると、確認が終了しました、と声がかかる。
セツには思惑があったため、少し戸惑いながらもう一度確認して欲しいと要求した。
おかしい…。
セツは左手のグローブを外して、感知器に小指の指輪をかざしたが感知器は反応しなかった。
「あの…対戦相手の方がお待ちなのでもうよろしいでしょうか?」
冷ややかな目で見つめられ、セツは謝罪してグローブをはめ直した。
会場の反対側でセツを眺めていたハント兄弟はその様子をしっかりと見ていた。
「あいつ、指輪をはずそうとしてるな」
「悪い子だ」
セツは何故だか悪寒がした。
最初の対戦相手はセツよりも体格の良い女性騎士だった。
胸が大きくて、剣を奮うのに邪魔になりそうだ。
セツは胸が小さいが、それでも剣を扱う時は邪魔なので晒しでキツく抑えることが多い。
挑戦的な目付きで見つめられている。
審判の合図と共に地面を蹴ったが、対戦相手はまだ踏み込みをする最中だった。
セツは対戦相手の眼前で立ち止まって攻撃するか否か迷ったが、手を抜くなとイザークに言われたことを思い出しそのまま剣を弾いた。
一瞬の静寂の後、審判の声が響いて対戦が終わった。
セツは尻もちをついた女性に手を差し伸べたが、女性はそれを受け取らずに控え室へ下がってしまった。
その後の対戦で、開始前に動いていると難癖を付けられてからは相手がセツの元へ走ってくるまで動かないことにした。
それでもセツはトーナメント終盤まで一度も相手の剣を受け止めずに避けるだけで勝敗をつけた。
途中、セツが別のコートで戦っている最中にエドガーが第一騎士団の団長に敗れたことを知った。
第一騎士団の団長には決勝で会ったが、剣を交わした感覚では7年前のエドガーが負けてもおかしくない程ではあった。
セツより一回り大きい体の団長も、攻撃をいくつかいなした後に首に剣を当てて打ち合いを終えた。
決勝までずっと相手の剣を叩き落として勝敗を決めていたが、団長にはその隙が無く、力も相当だった。
セツは騎士団長と礼儀の握手をしようとした時、自分の右手が血で滲んでいることに気付いた。
「素晴らしい剣技だった。ハント伯爵兄弟の師というのは本当だったのだな。いつかまた再戦願いたい」
セツは右手を引っ込めて左手で握手を要求した。
「恐縮です。そちらこそ、剣を落とす隙がありませんでした。多くの実戦あってこそですね」
通常より長く握手を続けてぽつぽつと言葉を交わしていると、エドガーがコートに降りてきた。
「おめでとうセツ、優勝だ。俺の雪辱を果たしてくれたな」
エドガーの言葉に第一騎士団の団長が首を振った。
「わざと負けた癖に何を言うか」
「バレていましたか」
エドガーはあえて第一騎士団の団長に負けたらしい。
確かに第一騎士団の団長は以前まで第三騎士団に属していたらしいし、謀反の成功で第二騎士の団長になったばかりのエドガーが勝ってしまったら騎士団の士気に関わるかもしれない。
正しい判断をしたとセツは感心した。
このまま待っていれば閉会式が行われるのだろうかと考えていると、エドガーが突然セツを抱き上げて、会場から歓声が上がった。
「エドガー!」
驚いて咄嗟に少し暴れたが、騎士団の歓声の熱気に気圧され抵抗をやめた。
セツはこんなに沢山の人が自分に注目する経験などした事がない。
耳をつんざくような歓声が、何故か不快にならない。
第一騎士団の団長はエドガーがセツを抱き上げたことに唖然としていたが、直ぐに他の騎士達と同じように拍手を送ってくれた。
セツは地面に降ろされた後に額にキスまでされて絶句した。何人が見ていると思っているのか。
騎士達の勇姿を人目見ようと訪れた多くの貴族令嬢たちも絶句した。ハント兄弟が廃太子の元妾に首ったけという噂は本当だった。
そうして熱狂が落ち着いた後、セツは閉会式で皇太子から直々に賞賛の言葉を貰い、今日という日を絶対に忘れないだろうと感激した。
観客の貴族達や騎士団員たちが会場を後にする中、セツはイザークに呼び止められた。
「阿呆、勝手に帰るやつがあるか」
同じ屋敷に住んでいるとはいえ、一緒に帰る約束をした覚えはない。セツは首を傾げた。
イザークは呆れながらも手に持っていた美しい細身の剣をセツに渡した。
「これは?」
「優勝祝いだ」
通常の剣よりも細くて軽いそれは、鞘にシンプルなデザインが施されており、一見普通の細身の剣に見える。
しかし柄には最小限の宝石が組み込まれており、セツには美しく見えた。
興味本位で鞘から抜いてみると、まるで冷気を放っているかのような冷ややかさのある刃が現れた。
セツはひと目で良い剣だと感じた。
「受け取れません…こんな高価な剣」
「お前のために造った剣だ。お前が使わなきゃ捨てるだけだ」
どうするんだ、と無言で片眉を持ち上げて圧を掛けてくるイザークに根負けし、セツは剣を納刀して周りに聞こえない程の小さい声で感謝した。
「ありがとうイザーク」
イザークは満足気に口角を上げた。
「今から使うぞ」
そう言い出すなり突然高そうなコートを脱ぎ、土埃の舞う地面に落とした。
正確に言うと、落ちる直前にセツが拾った。それを見たイザークに「流石だな」と褒められた。
イザークは機嫌が良さそうな顔でシャツの袖を捲り、第一ボタンからいくつか外して首元を自由にしていた。
「師匠の稽古は7年ぶりだ」
イザークの言葉でこれから何が始まるのか悟る。
イザークはセツと今からこの闘技場で打ち合いをする気なのだ。それも真剣で。
元師匠としては、胸当ても何も付けていないイザークに苦言を申すべきだが、セツとしてはハント兄弟とまた打ち合える喜びに水を差したくない。
エドガーはまだ会場に居るだろうか。
セツが当たりを見渡すと、観客席の特等席に皇太子が上がってくるのが見えた。
目が合うと、手を振られる。
「エドガーもすぐに来るぞ。最初から予定していた事だからな」
いつまでも闘技場のど真ん中で去る気配のないセツとハント伯爵に気付いた騎士達も、ざわめきながらコートを囲み出す。
「嬉しい」
セツは微笑んだ。
イザークが満足気に鼻を鳴らし、腕の筋肉を伸ばして運動に備えている。
程なくして騎士団員を解散させたエドガーも駆けつけてきた。
セツが手にした剣を見て、蕩けるような笑みを浮かべた。
「早速使ってくれるんだな」
エドガーは笑うと元々垂れていた目尻が更に下がって凄まじい色気を出す…と、セツは思う。
ハント兄弟を子供としか認識していなかったセツは、二人に犯された三日間で大分頭がおかしくなり、二人を魅力的な男性だと思い込まされている。
二人が剣を抜いて位置に立つのを見て、セツは利き手である左手で剣を抜いた。
開始の合図を聞くため、会場全体が静かになった。
皇太子が片手を上げ、試合開始の声を上げると同時に二人がセツに迫ってきた。
7年前より一段と速くなった。
二人の視線の動き、呼吸、剣を握る力、全てをセツは観察した。
セツの水晶玉のように透き通った空色の瞳は、普通の人間には到達できない動体視力の域に達していた。
目で見れば全てが分かるし、天性の反射神経で動きを合わせられた。
そして視力を失った五年間でその他の神経も研ぎ澄ますことが出来た。
セツは紛れもなく帝国一の剣聖だった。
それでもセツに鍛えられ、元々の才能も十二分にあったハント兄弟の二人を同時に相手するのは簡単なことではなかった。
お互いの汗が土埃と混ざって地面に落ちていく。
セツはなるべく二人の攻撃が同時にならないように剣と剣の混じり合いを意図的にずらしたが、剣撃中合図もなく息を合わせてくる二人がそれに気付いている。
「その手は効かんぞ」
「前は気付いてなかったのに?」
7年前の稽古でも同じことをしていたが、二人がセツの工作に勘づくことはなかった。
どうやら二人はセツの稽古を卒業した後に騎士学校であらゆる経験をし、稽古中セツに踊らされていたことに気付いたらしい。
きっと、その時の二人の顔はたいそう愉快だったはずだ。
セツは汗だくになりながら笑った。
エドガーが剣撃の隙に話しかけてくる。
「相変わらず余裕そうだ」
「そうでもないよ!」
どんどん胸が高まっていき、気分が高揚するのを感じる。
セツの白い肌が熱気で赤く染っていく。
騎士学校時代で多くの騎士見習い達の憧れだったハント兄弟と、謎に包まれた廃太子の元妾の真剣勝負は見ている者全員を巻き込む白熱した戦いだった。
観客は賭事に盛り上がり、セツとハント兄弟の試合に夢中だ。
セツはまるで夢の中にいるみたいだと思った。
セツは子供の頃からあまり夢を見なかった。
しかしこの5年間、視力を失ってからはしばしば夢を見ることがあった。
意外にも、それは父親との夢ではなく若い青年二人に剣を教える夢だ。
セツにとって全てなのは父であるが、セツにとっての日常にはいつも二人がいた。
廃太子とその妃に虐げられ続けた5年間、セツは一度も自分を惨めに思わなかった。
元々セツは父親のような立派な騎士になれないし、母親の代わりとなって父親の心を満たすこともできない出来損ないだ。
出来損ないに出来損ないと言ったところで、それは事実でしかない。それがセツの生き方だった。
それでもセツは、絶対に胸の内から出ることのない自分の欲望は、ハント兄弟との日々を望んでいた。
だから今の状況はまるで夢の中なのだ。
セツは真っ直ぐに、そして何よりも早く剣を奮った。
一瞬、血塗れになったセツの手から剣の柄が滑った。
その刹那を二人は見逃さなかった。
エドガーの剣は重い。今のセツが絶対に受け止めてはいけない一太刀だ。
セツは体のバランスが崩れる覚悟で一太刀を避け、イザークを見た。
イザークの剣は迷いがなく、真っ直ぐに体勢を崩したセツを狙っている。
セツは敢えて無理矢理剣を握って剣を奮う予兆を見せた。
イザークがセツの剣を見ている。
セツは腰のベルトに差していた美しい鞘を素早く右手で抜き取ってイザークの心臓を思い切り突いた。
衝撃で土埃が舞う。
よろめくイザークに隙が出来ているうちに、エドガーが後ろから迫っていた。
セツはイザークに本気を出した余韻でエドガーの首目掛けて剣を突き出した。
エドガーの男らしい喉仏にあと数ミリで刃が届くという所で動きを止める。
静寂の中でエドガーが唾を飲んだ。
会場が再び勝者に歓声を上げる。
セツとエドガーは歓声が聞こえても動かなかったが、セツの背後から呻き声が漏れると二人は我に返った。
振り返ると地面に膝をついたイザークが胸に手を当てている。
不味い。
あまりにも楽しくて、これが遊戯であることを一瞬忘れた。
土埃が舞うほど本気で胸を突いたのだ。
剣ではなかったとはいえ、胸に入れられたのだから間違いなく心臓は一瞬止まっただろう。
エドガーと慌ててイザークに駆け寄ると、額に青筋を浮かべたイザークがゆっくりと口の端を拭った。
「うッ。肋が、確実に逝った…」
「あわわ、ごめん!」
「胸当てを付けないお前が悪い。野次馬に医療班の一人はいるだろう。呼んでくる」
セツは謝罪を繰り返しながら、立ち上がろうとするイザークの右脇にすっぽりと入って歩行を補助した。
「今夜、俺の部屋…に、来いよ」
突拍子もなく呟かれた台詞に目を剥きイザークを見上げたが、既に彼は向かってくる医療班を見ていた。
弟子の肋を折ったのに言うことを聞かない訳にはいかない…。
セツは心の中で肩を落とした。
コメント
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第8話、めっちゃ熱かった!!🔥 剣術大会でセツの実力がどんどん証明されていく展開、胸熱すぎるよ〜😭💕 特にイザークが「お前のために造った剣だ」って渡すシーン、めっちゃ萌えた!!あと優勝後にハント兄弟2人相手に真剣勝負して、めちゃくちゃ楽しそうなセツの表情が目に浮かぶ…。鞘でイザークの心臓突いた後の「あわわ!」もギャップ萌え🤣✨ 最後のイザークの「部屋に来いよ」には思わず「おいおいおい!?」って叫んだわ笑